盗賊と能力!?
周囲の茂みから、さらに数人の男たちがニヤニヤと這い出てくる。
完全に包囲されていた。どこを見渡しても退路はない。
「シオン……どうする?」
ユリアナは声を潜め、隣の少年の横顔を見上げた。
「ちっ……強行突破だ!」
シオンは短く吐き捨てると、ユリアナの手を強く引き、ローゼンベルク邸の方角へと弾かれたように走り出した。
驚異的な反射神経で盗賊の足元をすり抜け、二人は全速力で薄暗い森を駆け抜ける。
木々の隙間から、見慣れた屋敷の明かりが見えてきた――その時だった。
「がはっ!?」
背後から強烈な衝撃を受け、いきなり視界が反転する。
ガサツな男たちの腕に力任せに抱きかかえられる感覚を最後に、ユリアナの意識は暗転した。
……………………………………………………
次にシオンが目を覚ました時、そこはカビ臭い埃の舞う、小汚い小屋の中だった。
「……う、く……」
痛む頭を押さえながら横を見ると、まだ意識を失ったままのユリアナが倒れている。周囲の状況からして、ここは間違いなく盗賊たちのアジトだ。
その時、一人の盗賊が床に伏せるユリアナに近づき、あろうことかその胸元に品性のない手を伸ばした。
「おい、見ろよ。こいつ、よく見たら女だぞ!」
「こいつに触るなっ!!」
シオンは本能的に飛び起き、体当たりの勢いでその盗賊を突き飛ばした。ユリアナの前に立ち塞がり、小さな体を必死にかばう。
「オイオイ、お前らガキのくせにデキてんのか? ませてんねぇ、最近の坊ちゃん嬢ちゃんはよ」
突き飛ばされた盗賊が、へらへらと下品な笑い声をあげる。
シオンは言葉を返さず、まるで飢えた猛獣のような鋭い眼光で男たちを睨みつけた。
「あぁん? なんだその生意気な目はッ!」
苛立った盗賊が、容赦なくシオンの腹部を蹴り上げる。
「ぐはっ……!?」
鈍い音とともにシオンの身体が床を転がった。しかし、彼は激痛に顔を歪めながらも、すぐに這うようにしてユリアナを庇う位置へと戻り、身構えた。
その荒い呼吸と物音で、ようやくユリアナの目が開く。
「シオン……?」
「大丈夫……大丈夫だからね、ユリアナ……っ」
息も絶え絶えになりながら、それでも自分を安心させようと微笑むシオン。だが、彼の服は汚れ、口元からは一筋の血が流れていた。
ユリアナはゆっくりと視線を上げ、目の前で楽しそうにニヤついている盗賊たちを捉えた。
「――お前らが、やったのか」
低い、地を這うような男の口調。
英二の心が、激しい怒りで燃え上がっていた。
(こんな小さな子供を寄ってたかって殴りやがって、何が楽しいんだよ……! こいつは、この世界で唯一、俺の本当の姿を受け入れてくれた大切な相棒なんだぞ……!!)
コイツらを心の底から激しく憎悪した、その瞬間。
身体の奥底から、これまでに感じたことのない、どす黒くも強大な熱量が爆発的に湧き上がってくるのを感じた。
「……っ? ユリアナ! おっかしいな、ユリアナが二人……? 頭を打って目が霞んでるのか……?」
シオンが困惑の声をあげる。
ユリアナの身体がブレたかと思うと、その輪郭が分かれ、全く同じ姿をした少女が隣に並び立っていた。それだけではない。ユリアナの姿はさらに増え、またたく間に三人へと分身していく。
「違う、これは――ッ!」
シオンは目を見開いた。
(そうだ、乙女ゲーム『ロマンスメモリアル』の設定だ……!)
英二としての記憶が、目まぐるしく脳内を駆け巡る。
(ゲーム性を高めるために、主要キャラクターには一つずつ特別な力が与えられていた。その異能力を持つ者だけが入学を許されるのが、本編の舞台となる『王立レガリア学園』。能力はその人間の本質を映す。……本来、原作のユリアナの能力は『透明化』だったはず。だけど、俺の強い自己防衛と怒りの感情が、この能力を変異させたのか!?)
「すっげぇ……異能力だ……!」
「な、なんだぁ!? ガキが増えやがったぞ!?」
突然の怪奇現象に、盗賊たちが一斉に大混乱に陥る。
「オラァッ!!」
一人目のユリアナが怒りのままに咆哮し、目の前の盗賊へ突撃して容赦のないタコ殴りを見舞う。
二人目のユリアナはすぐさま反転し、脱出口を確保するために部屋のドアへと走り出す。
そして、本体である三人目のユリアナが、負傷したシオンの身体をがっしりと抱きかかえた。
「ゆ、ユリアナ……?」
「今助けてやるからな!」
しかし、非力な子供の身体での分身には限界があった。
「調子に乗るなよ、クソガキが!」
ドアへ向かった二人目が力負けして盗賊に捕まり、殴り飛ばされる。男たちを殴りつけていた一人目も、体格差で押し切られてあっけなくぶちのめされてしまった。
バサリと分身たちが煙のように消え去り、本体のユリアナの前に一際大柄な盗賊が迫る。
「か弱いガキの数がいくら増えたところで、元がクソ雑魚じゃ意味ねぇんだよ!」
振り上げられる拳。
――万事休す。すべてが終わった、そう思ったその時だった。
ドンッ!!!
凄まじい衝撃音とともに、小屋の頑丈な木扉が文字通り「吹き飛んだ」。
砂煙の向こうから現れたのは、仕立ての良いメイド服に身を包んだ、いかにも屈強で強そうな一人の女性だった。
「おらぁぁぁ! クソ泥棒ども! 子供を誘拐しとんのはお前らかえぇ!?」
室内に一歩踏み込んだその女性は、床に倒れるユリアナと、怪我を負ったシオンの姿を鋭く見咎めた。その瞬間に、彼女の纏う空気が一変する。
「……あァ? 何子供相手に暴力振るっとんじゃ、このドクズどもがァ!!」
地鳴りのような怒号が響いた直後、凄まじい肉弾戦が始まった。女性メイドの豪快な拳と蹴りが炸裂するたびに、盗賊たちが悲鳴を上げて壁や天井へと吹き飛んでいく。ほんの数十秒で、アジトは静寂に包まれた。
女性はフゥと息を吐くと、呆然とするユリアナたちの元へ歩み寄り、軽々と二人を両脇に担ぎ上げた。
「てめーら、大事ないか?」
「シ、シオンが……アイツらに殴られて……」
ユリアナが訴えると、担がれたシオンが弱々しく首を振る。
「俺は……もう大丈夫だから……」
「ん? お前、よく見ると……エンヴァス侯爵家の三男坊じゃねぇか」
「えっ……俺を知っているのか?」
シオンの言葉を聞いた途端、女性はそれまでの荒々しい態度をピタリと改め、二人を優しく地面に下ろして一礼した。
「これまでの大変見苦しい言葉遣い、失礼いたしました。アタシはエマと申します。エンヴァス家に仕えるメイドですが、今回、坊っちゃんがローゼンベルク家に滞在されるにあたり、『坊っちゃんの忘れ物』を届けるよう命じられまして。その道中で、怪しい男たちに連れ去られる子供の影を見つけ、追ってきた次第にございます」
「俺の……忘れ物?」
シオンが首を傾げると、エマはメイド服のポケットから、何とも可愛らしい小さなクマのぬいぐるみを取り出した。
「こちらにございます」
「あ、くまちゃん……!」
シオンは目を輝かせ、吸い寄せられるようにぬいぐるみを受け取って抱きしめた。
「坊っちゃんは、この子がいないと夜眠れないのでしょう?」
エマがクスリと笑うと、シオンは自分が置かれた状況を思い出したのか、一瞬で顔を真っ赤にしてぬいぐるみを後ろに隠した。
「な、なな、何言ってるんだエマ! そんなことないっ……!」
「ぷっ……くくく……っ!」
あまりのギャップに、ユリアナは堪えきれずに吹き出してしまった。
「あ、あら……? もしや、そちらの男勝りな坊っちゃんは……ユリアナお嬢様ですか?」
エマが不思議そうにユリアナを見つめる。
「……よく分かったな。変装してるつもりだったんだが」
「雰囲気は全然違いますが、その可愛らしいお顔立ちはお写真と同じですので」
エマは優しく微笑むと、二人の頭をぽんぽんと叩いた。
「さあ、二人ともお屋敷に帰りましょう。なぜこんな所にいらしたのかは不問にいたしますが、屋敷の者たちが血眼になって心配しておりますよ」
「あ、待ってくれ!」
ユリアナはすかさず、先ほど目覚めた異能力を使って、もう一人の自分(分身)を作り出した。
「おい、ちょっと行って取ってきてくれ!」
分身は音もなく駆け出し、ものの数分で、商店街に置いてきてしまっていたユリアナのドレスと赤毛のウィッグを回収して戻ってきた。
分身を消滅させ、荷物を受け取ったユリアナは不敵に微笑む。
「これでオッケー。……エマさん、どうかさっきの俺の姿や言葉遣いは、他言無用でお願いしますね?」
「まあ、お嬢様にも色々事情があるのでしょう。アタシの口は堅いですよ。いいでしょう」
エマは快くウィンクしてみせた。
こうして、秘密の逃避行は大騒動の末に幕を閉じ、三人は夕闇の中、静かにローゼンベルク邸へと戻っていったのだった。




