婚約者は親友!?
〝鯉・カンパニー〟――そこは、恋愛ロールプレイゲームを中心にスマッシュヒットを連発している、今もっとも勢いのあるゲーム会社だ。
その会社の次期跡取りである錦沢英二は、新作恋愛ノベルゲーム『ロマンスメモリアル』の制作チームに所属していた。
「ユリアナ・ローゼンベルク……いくらなんでも、なんて不憫なキャラなんだ
」
マスターアップを控えた深夜、英二は開発画面を見ながら頭を抱えていた。そんな彼に、メインシナリオライターの尾形先生がのんびりとした声をかける。
「仕方ないじゃないかぁ。このゲームの舞台は男尊女卑の激しい縦社会。その中で、現代の女の子のように強い意志を持った主人公に惹かれていく攻略対象たちの魅力を引き立てるには、古き悪習の象徴であるユリアナみたいな存在が必要不可欠なんだよ」
「だとしてもなぁ、これは酷くないか!?
レオハルトルートだと、サクラをイジメた一員として流刑。
シオンルートだと、婚約破棄されて家から追放。
アルトルートだと、アルトに直接斬り殺され……、
ノエルルートに至っては、召喚魔法の生贄だぞ!?
もう最後の2つに関しては意味がわからないだろ! 頼むから全員が幸せになる救いのあるルートを作ってくれよ」
「えぇ~、めんどくさいなぁ……。そうだ! 君が……手伝ってくれるなら、考えてあげてもいいよ?」
ニヤリと笑う尾形先生の顔を最後に、英二の意識は深い闇へと落ちていった。
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「あれ……。知らない天井だ。俺、いつの間に寝てたんだっけ?」
体を起こそうとした瞬間、聞き覚えのない高い声が部屋に響いた。
「はっ! ユリアナお嬢様が目を覚まされました!」
「ゆっ、ユリアナ……!?」
慌てて飛び起き、夜の窓ガラスに目をやる。そこに反射していたのは――見事な赤毛をなびかせた、信じられないほど可憐な少女の姿だった。
そして、その聞き覚えのある名前。間違いない。ここは『ロマンスメモリアル』の世界で、目の前の姿は作中屈指の不遇キャラ、ユリアナ・ローゼンベルクその人だった。
「お嬢様、廊下で行き倒れていらしたのですよ。それから3時間ほど目を覚まされなかったので、本当に心配いたしましたわ」
「そっ……そうなのか……。ってか、マジかよ……」
「え? お嬢様、今なんと?」
怪訝な顔をする侍女を見て、英二は冷や汗を流した。
(ヤベっ……! そうだ、ユリアナはお淑やかなお嬢様言葉で話すキャラクターだった……!)
「あっ……あら? おほほ……昨夜は少々寝不足で、疲れが溜まっていましたの。気になさらないで頂戴?」
「あら、そうでいらっしゃいましたか。では、本日はお早めにお休みくださいませ。特に明日は、とても大切な日ですからね」
「大切な日……?」
「お忘れになられたのですか? 明日はシオン様との初顔合わせの日にございます!」
「そっ! そうだったわよね! うっかり失念しておりましたわ! もう下がってよくってよ!」
「では、失礼いたします」
侍女がパタンと部屋の扉を閉めると同時に、英二はベッドに倒れ込んだ。
(……どう考えても、あのタヌキ親父のせいだよな……!)
怒りに震える英二の脳裏に、うっすらと尾形先生のニヤケ面が浮かんできた。
『君がユリアナのハッピーエンドを望んだんじゃん。ユリアナの代わりに、君が彼女のハッピーエンドを作るんだよ。そうしたら、現実の世界に返してあげる。明日、シオン君と初顔合わせでしょ? そこから勝負は始まってるんだよ』
(そうだった……! 明日シオンと顔合わせだって!? この世界のことなんて何も……いや、知っている。俺が作った世界だからな。よし、まずは思い出せる設定を書き出そう)
■ユリアナ・ローゼンベルク
ローゼンベルク家の一人娘。両親は多忙で滅多に屋敷に帰らず、愛されない幼少期を過ごす。「女は男に尽くすもの」と厳格に育てられ、シオン・エンヴァスと婚約を結ぶものの、シオンからは虐げられ、最後まで愛されることはない。性格は内気で、吃りながら上品な言葉を話す。
■シオン・エンヴァス
ユリアナの婚約者であり、攻略対象の1人。エンヴァス侯爵家の三男。作中では尊大な「俺様キャラ」として君臨。主人公のサクラに惚れた途端、ユリアナを容赦なく婚約破棄にする冷酷な男。
(明日が初顔合わせってことは、現在のユリアナは大体10歳くらいか。……待てよ。ユリアナの幸せを考えるなら、ぶっちゃけあのクズ男と婚約しない方がマシなんじゃないか? シナリオを根本からぶっ壊すことになるが……俺が早く現実に帰るためだ! 背に腹は代えられねぇ!)
――そして迎えた、シオン・エンヴァスとの初顔合わせ当日。
「うっ……ドレスが重くて動きづらい……。ヒールもクソ痛いし……。10歳の子どもにこんなもん履かせるんじゃねぇよ、まったく……」
ブツブツと文句を溢していると、ローゼンベルク家の敷地内に、美しい青色の馬車が滑り込んできた。シオンの乗る馬車だ。
玄関前に停車し、扉が開く。中から降りてきたのは、澄んだ青髪を眉のあたりで切り揃えた、息を呑むような美少年だった。
(これが……シオン・エンヴァス。生で見ると、とんでもねぇ美形だな。だけど、ハナから眉間にシワを寄せやがって。そんな不機嫌そうな顔してっと、女の子に嫌われるぞー?)
シオンは値踏みするような視線をこちらに向けると、尊大に言い放った。
「お前が、ユリアナ・ローゼンベルク嬢か?」
「左様にございます。ローゼンベルク家の一人娘、ユリアナにございますわ。本日はお会いできて、大変光栄に存じます、シオン様」
完璧なお嬢様仕草で一礼するユリアナ。その姿を見て、後ろに控えていた侍女が小さく声を漏らした。
「(ユリアナ様が……一度も吃らずに、スラスラとお話しされている!?)」
(しっ、しまった! ユリアナは極度の人見知りで吃る設定だったの忘れてたぜ!)
執事が慌てて間に入り、場を繋ぐ。
「ささ、中に茶菓子のご用意が御座います。どうぞお入りください」
「ふん、お気遣い感謝する」
応接間に通された二人は、しばらく他愛のない世間話を交わした。今日のお天気や、出された茶菓子の味について。だが、お互いに心の距離は完全に閉ざされたままだ。
(あー、限界。ちょっとタイム)
ユリアナは上品に微笑み、席を立った。
「シオン様、少々お手洗い席を外してもよろしいかしら?」
「お構いなく。長引かせないでくれよ」
「ええ、すぐに」
廊下に出て角を曲がり、周りに誰もいないことを完全に確認した瞬間、ユリアナは壁に寄りかかって盛大なため息を吐いた。
「っあ゛ーーーー、クソ疲れる!! お嬢様営業ぶっちゃけ限界だぜ……。婚約話を破談にさせたいけどよぉ、どう動けばいいのかさっぱり分からねぇ。こういう貴族社会の結婚って、恋愛じゃなくて家の利益のためのもんだからな。やっぱり破談なんて無理なのか? 他の異世界転生モノの主人公と違って、俺はそんなに頭回んねぇし……」
ユリアナはガサツに足を大きく開くと、今朝こっそり調理場からくすねておいた「スルメイカ」をポケットの袋から取り出し、豪快に口へ放り込んだ。
その時だった。
「――ユリアナ嬢、お前、何をやっているんだ?」
背後からかけられた声に、心臓が跳ね上がった。振り返ると、そこには信じられないものを見る目でこちらを凝視するシオンが立っていた。
空気は一瞬で凍りつく。
(ヤバい、完全にバレた。終わった……)
(……いや、待てよ? これで幻滅されて婚約破棄になれば万々歳じゃね? 政治的な婚姻だから感情論だけじゃ無理かもしれない。だとしても、ここで思いっきり〝俺(英二)〟を出せば、あっちから嫌がって破談にしてくれる可能性はある!)
覚悟を決めたユリアナは、スルメを噛みちぎりながら、シオンを鋭く睨みつけた。
「あぁん!? 何見てんだよ! 朝からキッツいコルセットで締め上げられて、痛てぇ靴履かされてよぉ! おまけに出された菓子も甘ってるいモンばっかで食ってられっかってんだ!」
完全にヤケクソの男口調。シオンは呆然と固まっていたが――。
「……ぶっ、ははははは!」
お腹を抱えて爆笑し始めた。一瞬でその鋭い表情が緩み、年相応の少年らしい笑顔になる。
(……あれ? こいつ、笑うと結構親しみやすい顔してんだな)
「何がおかしいんだよ」
「いや、悪い悪い。お前、面白いな! 一丁前なお嬢様かと思ったら、中身はとんだじゃじゃ馬だ。……なぁ、そのスルメ、俺にも一枚くれよ。俺も甘い物ばかりで、口の中が砂糖の塊になりそうだったんだ」
シオンはユリアナの隣に並び、壁に背を預けた。ユリアナが差し出したスルメを、彼は躊躇なく口に放り込んで美味そうに噛み締める。その口調は、先ほどまでの高慢な貴族のものとは打って変わり、まるで同い年の友人と話すかのようにラフなものだった。
「いやー、助かった。俺さ、親から敷かれたレールに沿った人生なんてクソ喰らえって思っててさ。兄貴たちの方が家督を継ぐから大変なのは分かってるけど、俺だってエンヴァス家の人間だからって、常に『家のため』を強要される。俺の親父は典型的な男尊女卑の塊でさ、ローゼンベルク家のユリアナ嬢は大人しくて従順な良い娘だって聞きつけて、この婚約を持ってきたんだ。……でも実際は、こんなオヤジ臭い奴だったとはな(笑)」
「悪かったな、オヤジ臭くて。……でも、本物のユリアナは、両親から『女は男を立てろ』って育てられてきたんだ。だから、今話している俺は本当のユリアナじゃない。本物は、もっと大人しくて、気弱で、喋るのも上手くなくて……」
「そうなのか? だけど、俺からしたら、今のお前の方が何倍も自然に見えるけどな。……よし、俺、今回の婚約話受けるわ」
「はぁ!? 今、俺は本物のユリアナじゃないって言っただろ! いいのかよ!?」
ユリアナが目を見開くと、シオンは不敵に笑った。
「本物とか偽物とか、俺にはよく分からない。けど、俺は『今のお前』が気に入った。別に恋愛的な意味じゃなくて、友達としてな。どうせ政略結婚するなら、全く話の合わないお淑やかな人形より、ある程度本音で話せる奴の方がマシだろ? 何よりお前、俺にそんな無防備な姿を見せてるんだから、今さらお嬢様ぶっても遅いって」
シオンがニヤニヤしながらユリアナの足元を指差した。
見ると、足を大開きにしていたせいで、ドレスのスカートが盛大にめくれて足が丸見えになっていた。
「っチ……! あー、クソッ、女の服って本当にめんどくせぇ!!」
大慌てでスカートを叩き直すユリアナを見て、シオンはまた声を上げて笑った。
(シオン・エンヴァス――ゲームの正規ルートでは、ユリアナを最も冷酷に追い詰め、苦しめた男。だが、俺がシナリオを捻じ曲げたこの世界では……どうやら彼は、ユリアナの『最初の友人』になったらしい)




