三角関係レース
「サクラ……なんと可憐な女の子なんだ。ふわふわな髪の毛、甘い香り、ただでさえ小さいユリアナよりもさらに小柄で、小動物的かわいらしさ……」
「おい、そろそろ入学式始まるぞ。ちょっと黙ってろ」
前を向いたまま、シオンが低い声でピシャリと注意してきた。
(……そりゃそうだよな。ユリアナは中身が『錦沢英二』っていうれっきとした男なんだから、可愛い女の子がド真ん中ストライクなのは当然だ。そりゃあ、女の子を好きになるよな……)
シオンは内心で暗い溜息を吐き、隣のユリアナの熱い視線に焦りを募らせていた。
ステージ上では、年老いた校長がマイクの前に立っている。
「えー、新入生の皆様、ご入学……」
(あー、校長の話なげぇ。レオハルトの式辞ならまだ友達だから聞いてられるけど、知らねぇオヤジの言葉なんて知ったこっちゃねぇよ。……っていうか、婚約者の心がどこぞの女に奪われかけてるし、今日は最悪の一日だ)
一方、少し離れた席に座るヒロイン・サクラも、周囲をこっそりと伺っていた。
(何故かユリアナがシオンの隣に座って、しかも何だかいい雰囲気に見える……。けれど、隙を見てシオンに話しかけよう。さっきはちょっとタイミングが悪かっただけで、シオンは原作通りの冷酷俺様系侯爵なんだから!)
そしてユリアナは、ひたすら前方のヒロインを脳内で大絶賛していた。
(あー、サクラちゃん超可愛かったなぁ。あれが本物のヒロインパワーか。隙を見て話しかけてみよう。ぜひお近づきになりたい!)
今日、ここ王立アストレア学園で、誰も本心を噛み合わせない奇妙な三角関係の幕が上がった。
ーーー入学式終了、クラス発表ーーー
(アストレア学園は、異能力の発現年を平均したクラス分けになってるんだよな。俺が転生してきたことでユリアナの能力の出現年が変わってるかもしれないし、俺にもこの結果は分からないぞ)
ユリアナは緊張しながら、掲示板に貼り出されたクラス名簿を見上げた。
【1組】
レオハルト
サクラ
シオン
ユリアナ
リリア
………
【2組】
イザベラ
エリオット
セシリア
アルト
………
(やった! サクラちゃんと同じクラスだ!)
ユリアナは心の中でガッツポーズを決める。
(よっしゃ! ユリアナと同じクラス! ……あぁ、でもあのサクラって女とも同じなのか……)
シオンは複雑な表情で天を仰ぐ。
(よっし! シオンと同じクラス! ……ユリアナも同じだけど、まぁいっか!)
サクラは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
シオン・サクラ(可もあり不可もありなクラスだな……)
『随分と面白いクラスになったねぇ』
(尾形! 最近全然声を聞かないから、存在ごと綺麗さっぱり忘れてたぜ!)
『尾形“先生”な? 僕としては全員の心境が丸見えなわけだから、ここから君たちがどう動いていくのか楽しみで仕方ないよ』
(どう動くって……ここは乙女ゲームの世界だぞ! 俺はあの有名な、悪役令嬢とヒロインがくっつく某百合漫画の展開を目指す!)
『あー、がんばれー(棒)』
最初に動いたのは、やはりヒロインのサクラだった。
入学式後の自由時間、中庭の片隅で、植えられた花を眺めていたシオンに背後から突撃する。
「お花が好きなの?」
不意に声をかけられたシオンは、無意識に本音を漏らした。
「……かわいいから、すき」
(やっぱコイツ、冷酷俺様系侯爵じゃねぇわ! 冷酷の『れ』の字も、俺様の『お』の字もねぇ!)
サクラは内心で激しくツッコミを入れる。
だが、話しかけてきた声の主を確認しようと、シオンが振り返ったその瞬間。
シオンの顔から一瞬で表情が消えた。
そこに立っていたのは、ユリアナの心を一瞬で奪い去ったすべての元凶――サクラだったからである。
「わぁ……。とっても素敵なご趣味ですねぇ……(引きつり笑い)」
立ち上がったシオンは、イライラの限界を突破し、完全に感情に任せてサクラを睨みつけた。
「別に趣味とかじゃねぇし。つうか、気安く話しかけてくんじゃねぇよ、田舎の女がよォ!」
それを見たサクラの脳内に、衝撃の電流が走る。
(わっ……! やっぱり私の勘違いだった! ちゃんとドSで冷酷な俺様系侯爵様だわ、これ!!♥)
サクラの瞳に、ハートマークが浮かび上がる。
「何よ! 私はちょっとお話ししたかっただけじゃない! ぷんぷん!」
サクラはわざとらしく頬を膨らませてみせた。
「……はっ」
シオンは底冷えするような冷笑を浮かべ、鼻で笑った。
「ぷんぷん、だと? おい、お前いくつだよ。頭沸いてんのか?」
ゴミを見るような目を向け、シオンはそのまま大股でその場を去っていった。
(うん、シオンルートだもんね。最初はこれくらい冷たい方が燃えるわよね!)
罵倒されたにもかかわらず、サクラは「大収穫!」とばかりにご満悦だった。
しかしその時、背後の茂みからサササッと複数の人影が現れた。
「……あなた。今、シオン様に酷い暴言を吐かれていたわね? 私たちは『シオン被害者の会(アストレア学園支部)』。あなたも、あの男の被害者かしら?」
怪しげな上級生の令嬢たちに囲まれ、サクラは引きつった声を出す。
「あ、あっ、違います……!」
次に動いたのは、ユリアナだった。
中庭を通りかかった際、被害者の会のメンバーに囲まれて困惑しているサクラの姿を偶然見かけたのだ。
(あれって……サクラちゃんと、噂の『被害者の会』じゃないか!?)
ユリアナは男気(※身体は美少女)を爆発させ、サクラの前に飛び込んで庇うように立ちはだかった。
「ちょっとあなた達! 新入生に寄ってたかって何をしてるの!? 困っていらっしゃるでしょう!!」
「あっ、あなたは……ユリアナ・ローゼンベルク様!?」
被害者の会の令嬢が目を見開く。
「あの、あのシオン様からの理不尽な婚約歴が5年以上も続いている、奇跡のお方よ……!」
「そんな長期間、あの男に耐えられるなんて……相当なドMに違いないわ!」
「失礼ね、違いますわ!」
(サクラちゃんの前で変なイメージを植え付けんじゃねぇよ!)
「違うの!? あ、でも噂では……ユリアナ様はシオン様から『溺愛』されているって……」
「そうよ、あの女を物のように扱うクソ男が『愛』だなんて、あり得ないわ!」
「お前を溺死させるのが俺の愛の形、の略語じゃないの!?」
「溺愛、されてる……?」
サクラが背後からユリアナを見つめ、首を傾げる。
「そんなの嘘よ! ユリアナ様を溺愛するシオン様なんて実在しませんわ! あいつの脳内妄想です!」
「ここに実在しておりますわよ」
ユリアナが堂々と胸を張る。
「いたぁぁぁーーー!!?」
被害者の会が悲鳴を上げて一歩退いた。
「私のことはどうでもいいのです。サクラさんが困っているでしょう。何があったかは知りませんが、これ以上しつこく絡むのはおやめになって」
凛とした態度で言い放ち、ユリアナはサクラを振り返って微笑んだ。
「もう大丈夫ですよ、サクラさん」
「ユリアナ様……!」
「それでは、ごきげんよう」
ユリアナは流れるように踵を返し、その場を後にした。
(ふっ……。ヒーローってのは、いつだってクールに去るものさ!)
次に動いたのは、シオンだった。
中庭から聞こえてきたユリアナの凛々しい声。シオンは植え込みの陰に身を潜め、ユリアナがこちらに歩いてくるのを手ぐすね引いて待っていた。
近づいてきた瞬間、驚かせてやろうと飛び出す。
「ユリアナァァァ!!!」
「うぎゃぁっ!? シオン!?」
シオンは飛びつく勢いでユリアナの細い腰を抱え上げ、その場で嬉しそうにくるくると回った。
「わっ、ちょっと! 降ろして、降ろしなさいって! さすがに学園の中でこんな真似、恥ずかしすぎますわ!(降ろせ馬鹿! サクラちゃんが見てるだろ!)」
「あはは、ごめん。ユリアナが歩いてくるのが見えたから、驚かせようと思ってさ(女の子相手だろうと、お前に浮気は絶対にさせないからな)」
「もう! からかわないでくださいまし! ぷんぷん!(いや、俺男ーーー!)」
ユリアナは真っ赤になって怒る。
「怒っちゃった? ごめんね♥(いや、お前俺の婚約者ーーーー!!)」
シオンはユリアナをしっかりと腕の中に抱きしめ、絶対に離さないと言わんばかりにその肩に顎を乗せた。
それを見ていたサクラは、石のように硬直していた。
(……シオンが、ユリアナを、溺愛?)
さっき自分に向かって「お前いくつだよ、ぷんぷんって何だよ」と吐き捨てた男が、目の前で婚約者に「怒っちゃった? ごめんね♥」と甘ったるい声を出し、全力でじゃれついている。
(数分前に私をゴミのように扱った男の前で、その態度の差は残酷すぎでしょ……。これが本当にあの冷酷俺様系侯爵様なの? 嘘でしょ?)
シオンはユリアナを抱きしめたまま、背後にいるサクラに向けて、まるで縄張りを荒らされた猛獣のような、恐ろしく鋭い眼光を放った。
「ヒッ……!」
サクラは背筋にゾクゾクとした快感を覚え、両手で頬を押さえた。
(……うん。やっぱり、私に向けられるあの冷たい目こそが、本物の冷酷俺様系侯爵様だわ!!♥)
そう、この世界のヒロイン・サクラは、重度のドM転生者だった。




