王立アストレア学園
「どう? ユリアナ、緊張してる?」
行きの馬車の中で、シオンが少し心配そうにユリアナの顔を覗き込んできた。
「もちろんだ。これから乙女ゲームの本編が始まるんだからな」
「そこで俺は主人公ってやつと出会って、世紀の大恋愛をすると」
「……そうさ。どうせ俺なんか捨てて、ヒロインの元にいっちまうんだろ……」
自虐的に肩をすくめるユリアナの言葉に、シオンはカチンときたように眉をひそめた。
「誰が来ようと、俺はユリアナと婚約破棄なんかしない。絶対に不可能な話だね」
「さて、どーだか。本当にヒロインは人を魅了する能力があるんだ。そんな軽口を叩けるのも今のうちだぞ」
ムッとしたシオンがユリアナに顔を近づけて威嚇しようとしたが、ユリアナはすかさずその額に人差し指をあてて制止した。
「それは結婚後」
「……ちぇっ」
シオンは少し不機嫌そうにそっぽを向いた。
(シオンのやつ、なんだかんだ言って入学式に緊張してんのかな)
ユリアナがそっとその手を握ると、シオンは待ってましたとばかりに恋人繋ぎに握り直し、瞬時に機嫌を直したのだった。
やがて馬車が止まり、執事の声が響く。
「王立アストレア学園に到着されましたよ。お荷物は私どもが寮へお運びするので、お嬢様と坊ちゃまは校舎へお向かい下さい」
門へと歩きながら、英二は脳内でゲームの各ルートのあらすじをおさらいしていた。
■『ロマンスメモリアル』ルート概要
レオハルトルート
最初の出会いは中庭の花壇。生命を与える能力のあるヒロインがレオハルトに見初められ、イザベラのイジメを乗り切りゴールイン。
シオンルート
冷酷俺様系侯爵のシオンをヒロインがこっぴどく叱るところから始まる犬猿の仲ルート。ユリアナの陰湿な策を乗り越えゴールイン。
アルトルート
剣術の授業で好成績を収め、アルトから目をつけられる。一緒に剣の特訓をし、不器用で非積極的なアルトに根気強くアタックし続けゴールイン。
ノエルルート
異能力の授業で好成績を収めて魔術研究部に入部してからスタート。二人で数々の実験をし、最後にノエルから告白されてゴールイン。一番簡単だが、始まるまでが難しいルートだ。
(正直、シオンルートでなければ最悪の事態の回避は容易だ。しかし、シオンが冷酷俺様系じゃなくなった今、どうなるか分からない。とにかくシオンルートじゃないことだけを願うばかりだ)
「いいか、本当の本当に俺はユリアナと婚約破棄するつもりはない! ユリアナも他の男に惚れるなよ??」
「惚れねぇよ!」
二人は手を繋いだまま、ついに学園の門をくぐった。そこには、すでに到着していたレオハルト王子とイザベラ嬢の姿があった。
「今日も朝からお熱いね」
レオハルトにからかわれ、二人はまだずっと手を繋いでいたことに気づいて慌ててパッと手を離した。
「君たちはおそらくそこのドアから入場だと思う。私は代表の挨拶があるため失礼するよ」
「王子様は大変だなぁ」
「そうだなぁ」
「あの……入学式の会場は、どちらから入ればよろしいのでしょうか?」
後ろから、小鳥のように高くて美しい声が聞こえた。
振り返り、その子の姿を見た瞬間にユリアナは一目惚れした。
(あ、甘い香り……高い声、綺麗な大きい目……! これ、好きにならない男はいないだろ……! この子こそ、乙女ゲームのヒロイン――サクラだ!)
サクラは地方の農村出身の一般人だが、幼少期から生命を与える能力を使って村の農業を支えてきた。そのため、入学時点での異能力の扱いは学園一のエリート……という設定である。
「ああ、入場ゲートはそこの大きいドアですよ」
シオンが至って冷静に指し示す。サクラはシオンが自分を見ても一切動揺しないことに少し違和感を覚えた様子だったが、「ありがとうございました!」とだけ言い残し、足早に門の中に入っていった。
「もしかして、あれがヒロインか? 大したこと――」
シオンがユリアナの方を見たとき、ユリアナは信じられないような表情をしていた。まるで、今まさに一瞬で心を奪われたかのような、熱い眼差しでサクラの背中を見送っていたのだ。
「えっ……マジ、で……?」
シオンの顔からみるみる血の気が引いていく。
一方その頃、足早に校舎へ向かっていたヒロイン・サクラは、パニック状態で頭を抱えていた。
(な、何よアレ!? シオンって原作だと超冷酷な俺様系侯爵じゃないの!? ただのモブみたいな優男になってるじゃない! それに、なんでユリアナが隣であんなに仲良さそうにしてるのよ……!? あの二人って、本来はお互いを嫌い合ってるはずじゃ……!)
そう、サクラもまた、この乙女ゲーム『ロマンスメモリアル』の設定を知る**「転生者」**だったのである。




