地獄の茶会
「今、なんて言った?」
ユリアナは耳を疑い、目の前の婚約者をまじまじと見つめた。
「だから、レオハルト王子主催のお茶会に、僕たち二人で参加しないかって言ったんだよ」
シオンは事もなげにそう返す。
「いや、なんで俺なんだよ。お前は侯爵家だからお呼ばれするのはわかるけど、うちは男爵家だぞ? 身分が違いすぎる」
(なにより、このイベントは知っている。アストレア学園入学前に、レオハルト王子が同学年になる仲の良い友人候補を呼んで開く、プライベートな親睦会だ。本来のゲームなら、ただの男爵令嬢であるユリアナは招待すらされないはずだが……)
「それを言うなら、去年のロイヤル・ソワレだって基本的に上級貴族しか呼ばれないよ。いいかい? 今回は『ユリアナ・ローゼンベルク』個人じゃなくて、エンヴァス侯爵家の婚約者としてお呼びがかかっているんだ」
「……これが『未来の夫人の務め』ってやつか」
(そうか。原作と違って、この世界での俺たちは周囲から『将来を誓い合ったおしどり夫婦』として映っている。だから一緒に招待されたのか)
「まぁ、そういうこと。どうしても嫌だったら、僕が適当に理由をつけて断るけど……どうする?」
「いや、行くよ。第一王子殿下からのお誘いを、我が儘で断るなんて失礼だしな」
そうして、お茶会当日がやってきた。
案内されたのは、美しく咲き誇る花壇に囲まれた宮殿の広間だった。
ホストであるレオハルト王子が、にこやかに一同を見渡す。
「今日は皆、集まってくれてありがとう! 来月からアストレア学園で苦楽を共にする仲間たちだ。身分を気にせず、ぜひ親睦を深めてくれ」
英二は、給仕が運んできたお茶を手にしながら、さりげなく周囲を観察した。
(レオハルト、シオン、知らない貴族の少年が一人……。そうか、他の攻略対象たちは王子たちとそこまで親密な年齢じゃなかったから、ここにはいないのか。あとは、イザベラと、見慣れない令嬢たちが数人――)
「もうお一方、参加される予定なのですが……少し遅れていらっしゃるようですわね」
イザベラが首を傾げたその時、ぱたぱたと慌ただしい足音が響いた。
「遅れてしまい申し訳ありません! リリア・シュタインベルクと申しますぅ……。私は皆様のような高貴な家柄ではなく、ただの商家なのですが、父の会社が国王陛下と深い繋がりがあり、レオハルト王子とも幼少より面識がありましたため、本日お招きいただきましたの」
(リリア!? イザベラの取り巻きになるはずの、もう一人のメインキャラだ! 普通の商家なんて言ってるけど、シュタインベルク財団はこの国で一番の資産家だぞ……!)
レオハルトが満足そうに頷く。
「リリアが自己紹介してくれたことだし、全員で順番に名前と能力を明かしていこうか。ちなみにリリア、君の異能力は?」
「私の能力は『アプレイザル(鑑定眼)』です。物の価値や現在の市場レートを一目で判別できます。将来はこの能力を使って、我が財団をさらに発展させたいと考えておりますわ」
「素晴らしい能力だ。では次は私から。第一王子のレオハルト・アルフェンベルクだ。能力は『パイロキネシス(発火能力)』。正直、現段階ではこれを何に活用すればいいのか分からなくてね。アストレア学園で使い道を学びたいと思っている。じゃあ、次はシオン」
シオンが背筋を伸ばし、一歩前に出る。
「シオン・エンヴァスです。能力は最近目覚めたばかりでまだ未熟ですが、『テレポート(空間転移)』です。隣にいるユリアナとは、婚約関係にあります。よろしくお願いいたします。では、次はユリアナ」
「ユリアナ・ローゼンベルクにございます。異能力は『分身』ですわ。どうぞよろしくお願いいたします。次は……イザベラ様、お願いいたします」
ユリアナは完璧なお嬢様スマイルでバトンを渡した。
「イザベラ・ヴァイスローゼですわ。私の能力は『時間停止』です。では次、セシリアさん」
「伯爵家のセシリア・ヒスイです。異能力は『ブラックホール(吸引)』。あちらにいるエリオットは私の双子の片割れですわ」
「同じく、エリオット・ヒスイです。異能力は『ホワイトホール(放出)』。セシリアが吸収したものを、僕が任意の場所から吐き出すことができます」
「皆、実に興味深い能力ばかりだね!」
レオハルトは嬉しそうに手を叩いた。
「さて、それじゃあ男子諸君はあちらへ移動しようか」
レオハルトが歩き出すと、ユリアナは無意識にその後ろをついていこうとしてしまった。中身が「男(英二)」であるため、男子グループに混ざるのがあまりにも自然だったのだ。
「……ユリアナさん? レディーたちの集まりは、あちらの東屋ですわよ?」
イザベラに優しく肩を叩かれ、ユリアナはハッと我に返った。
「あら……! 失礼いたしましたわ。おほほ、うっかりしておりました」
(アブねぇ……! 完全に男のノリでついていくところだった。俺、今はレディーだったわ)
薔薇の花に囲まれた、白亜のモノプテロス。
お茶が注がれると、セシリアが興味深そうに身を乗り出してきた。
「ユリアナ様は、あのシオン様のご婚約者なのですね。ロイヤル・ソワレでもお見かけいたしましたが……」
「ええ、本当に絵に描いたようなおしどり夫婦なんですのよ」
イザベラが嬉しそうに補足する。
「まあ、照れくさいですわ……。そんな、大層なものではございませんのよ」
ユリアナは頬を赤らめて謙遜してみせた。
「いえ、最近のシオン様は、以前の刺々しさが嘘のように丸くなられたと伺っておりますわ。きっと、ユリアナ様が温かく包み込んで差し上げているおかげなのでしょうね」
セシリアが羨ましそうに溜息を吐く。
すると、隣に座るリリアが好奇心に満ちた目をキラキラと輝かせた。
「ユリアナ様! 実際、シオン様とはどこまで進展されておりますの!? やっぱり、お手を繋いだり……その先も……?」
「気になる、気になりますわ!」
令嬢たちが一斉に身を乗り出す。
(げ……。どこまでって言われてもな……。ぶっちゃけ、この間は同じベッドで手を繋いで寝てたけど、それをそのまま言うと余計な誤解(意味深)が生まれる。かといって『指先が触れ合う程度です』なんて言ったら、おしどり夫婦の噂と矛盾して不自然になるし……)
ユリアナが答えに窮していると、イザベラが「ニヤリ」と不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ。ユリアナ様は以前、私に『相当進展している』と教えてくださいましたわよね? ねぇ、ユリアナ様?」
「え!? 相当、ですか!? 詳しく教えてくださいませ、ユリアナ様!」
(おいコラ、イザベラ!! 勝手にハードルを上げるんじゃねぇ!!)
心の中で絶叫しながらも、ユリアナは引きつる笑みを何とか抑え込み、左手をそっと持ち上げた。
「……たとえば、街デート、とかでしょうか? この薬指の指輪は、こっそりお屋敷を抜け出して商店街へ行った際に、シオン様がプレゼントしてくださったものですの」
キラリと光る、シンプルな青い石の指輪。ユリアナにとっては、どんな高級品よりも価値のある宝物だった。
しかし、リリアがその指輪をじっと見つめると、その「鑑定眼」のルーンが淡く光った。
そして、リリアは少し小馬鹿にしたような、哀れむような笑みを浮かべた。
「……あら。ユリアナ様、大変申し上げにくいのですが……その指輪の宝石、ただの安価な『ガラスの模造品』ですわ。市場レートで言えば、銅貨数枚で買える程度のもの。驚くほどの安物ですわね」
リリアの言葉に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
「まあ……。侯爵家のご令息ともあろうお方が、将来の婚約者にそんな安物を贈るなんて……」
イザベラが扇子で口元を覆う。
「まあ、あの『シオン様』ですものね。表向きは優しくなったと言っても、やはり本性は冷酷で、ユリアナ様を侮っていらっしゃるのかしら……」
セシリアもひそひそと囁き合う。
その言葉を聞いた瞬間。
ユリアナの胸の奥で、カチリ、と何かが切れる音がした。
(――安物? それがどうしたってんだよ)
この指輪が本物か偽物かなんて、英二にとっては一ミリもどうでもいいことだった。
シオンが自分のために、不器用ながら一生懸命選んでくれた、初めての贈り物。
盗賊から命がけで守ってくれた、あの時にもらった大切な思い出の証。
それを、ただの「金銭的な価値」だけで計られ、挙句の果てに、シオンの心を踏みにじるような侮辱をされた。
激しい怒りと苛立ちが、ユリアナの胸を支配する。
だが、ここで激昂してしまえば、男爵令嬢としての立場を失い、シオンの泥を塗ることになる。
ユリアナはすっと立ち上がり、感情を殺した完璧なお辞儀をした。
「……少々、お手洗いに失礼いたしますわ」
「あら、ご案内いたしましょうか?」
「いえ、結構です」
冷たい声を残し、ユリアナはモノプテロスを後にした。うつむいたまま歩く背中には、隠しきれない不穏なオーラが漂っていた。
ユリアナが去った後、東屋ではリリアとセシリアが顔を見合わせていた。
「少し、言い過ぎてしまいましたかしら……?」
「いいえ、リリア様は真実をお伝えしただけですわ。それにしても……あの二人の関係、本当に『おしどり夫婦』なのかしら?」
イザベラは、紅茶を一口すすると、楽しそうに笑みを深めた。
「実はね、ユリアナ様は街デートまでしか進展していないとおっしゃっていましたが……本当はもっと、それこそ『大人びたお付き合い』をされているはずですわよ。しかも、十二歳の時点で、ね」
「えっ……!? 十二歳で……!?」
リリアが驚愕してカップを取り落としそうになる。
「確か、二年前の社交会でユリアナ様本人がおっしゃっていましたわ。毎晩のようにお部屋に押し入っては、私から積極的にお誘い(トランプやチェス)して、夜のお遊戯を楽しんでいますの、と……」
「それは……っ!!」
リリアは顔を真っ赤にして絶句した。
セシリアも、引きつった笑みを浮かべてお茶を濁す。
「う、うーん……。しかし、十二歳の時点で毎晩お部屋に押し入るというのは……少し、情熱的が過ぎるというか、その……」
「やはり……男爵家の令嬢ですもの。何としてでも侯爵家のシオン様を繋ぎ止めるために、手段を選ばなかったのかしら……」
「女性の方からそこまでされると、男性側も引いてしまって、あのような『安物の指輪』で茶化すような真似をされたのかもしれませんわね……」
ユリアナのいないモノプテロスで、少女たちの勝手な妄想と憶測は、あらぬ方向へと膨ら




