会いたいあの子
『王立アストレア学園』――。
そこは、異能力を手にした者だけが入学を許される特別な学び舎である。異能力は主に貴族や王族に発現することが多く、学園では一般教養に加え、強大すぎる力を扱うためのモラルや法律、そして実践的なコントロール方法を学ぶ。
それからさらに一年が過ぎた。
いよいよ学園への入学が現実味を帯びてくる年齢になり、二人の焦りはピークに達しようとしていた。
「くそっ……! 俺ももう十四になるっていうのに、全然異能力が発現しねぇ!」
シオンはユリアナの部屋のソファに突っ伏し、拳を握りしめて悔しそうに声を上げた。
「そう焦るなって。まだ誕生日を迎えてからそんなに経ってないだろ?」
「いや、焦るよ! 早く能力が発現しないと、来年お前と同じ学園に行けないかもしれないんだから……!」
そんなシオンを、英二は複雑な思いで見つめていた。
(ゲームのシナリオ通りなら、シオンは絶対に『アストレア学園』に入学する特別な素質を持っているはずだ。ただ、十四歳での発現は周りと比べても少し遅い。何かきっかけがあれば、絶対に何らかの能力に目覚めるはずなんだが……)
「大丈夫だ。お前には絶対に、何らかの素晴らしい能力が眠っているよ」
ユリアナは優しく微笑み、自身の覚醒したときのことを思い出した。
(そういえば、俺が分身の能力に目覚めたときって、あの誘拐されたときの激しい怒りと、絶対にシオンを助けるっていう感情の高ぶりがあったよな……)
「そうだ。俺が能力に目覚めたときも、すごく感情がたかぶった瞬間だった。心を動かすような刺激を与えてみよう!」
そう言うと、ユリアナは部屋のクローゼットの奥をゴソゴソと漁り始めた。
「これだ!」
ユリアナが引っ張り出してきたのは、大きなクマのぬいぐるみだった。
「かっ……、かわいい……」
シオンの目が一瞬できらきらと輝く。やはり根っからのぬいぐるみ好きは変わっていないらしい。
「お前、こういうの大好きだろ? ほら、胸の奥が『うわぁっ』と熱くなるような、そういう感情を大切にしてみてくれ!」
「ぎゅっとしたい……」
「よし、その熱いパッションをもっと膨らませてみろ!」
「ぐぬぬ……!」
シオンは真剣な顔でソロリソロリと歩み寄ると、ぬいぐるみ、そしてそれを抱えていたユリアナごと、力いっぱいぎゅっと抱きしめた。
「うおっ!? いや、ぬいぐるみだけじゃなくて本体ごと抱きしめたら意味ないだろ!」
腕の中でじたばたするユリアナ。やはり、この温和な様子では原作のような「冷徹な氷の能力」は目覚めそうにない。
「よし、次だ!」
ユリアナはサッとウィッグを外し、男装姿に着替えると、部屋の隠し通路を開けた。
「うちの近くは結構な都会だからな。感情を大きく揺さぶられるような場所に繰り出すぞ!」
不敵に笑うユリアナに連れられて、二人は賑やかな商業施設へとやってきた。
まず最初に訪れたのは、絶叫必至のお化け屋敷。
「えっ……ここに入るの!?」と顔を引きつらせるシオンの手を、ユリアナは強引に引いて暗闇の中へと突き進む。
数分後、館内にはシオンの情けない悲鳴が響き渡った。
「お前、本当に度胸がないなぁ」
「こ、怖すぎたって……心臓が止まるかと思った……」
涙目のシオン。恐怖の感情では覚醒しなかった。
次に試したのは、バラエティショップで見つけた電気マッサージ器。
「ギャァァァッ!!」
ビリビリとした刺激に跳ね上がるシオンだったが、ただただ痛いだけで不発。
さらに、若者の間で有名な商業施設内の告白スポット。
「ここ、このエリアでも有名な告白広場なんだ。ほら、言え!」
「えっ、こんな大衆の面前で!?」
ギャラリーが集まる中、ユリアナに背中を押されたシオンは、真っ赤な顔をして叫んだ。
「ユリアナ!!! 大好きだぁぁぁ!」
周囲から「おおおー!」と大きな歓声と拍手が沸き起こる。
「うぅ、恥ずかし死にする……!」
頭を抱えてしゃがみ込むシオン。だが、羞恥心でもダメだった。
今度はトルコアイスの屋台。
店主の巧妙なパフォーマンスに翻弄され、どうしてもアイスを受け取れない。
「うわぁ、なんか無性にムカつくなこれ!」
シオンはイライラしているが、怒りの感情でも覚醒の兆しは見えない。
「うーん、仕方ない。最終手段だ」
薄暗い路地裏に入ったところで、ユリアナは意を決してシオンの正面に立った。
そして、シオンの肩に手を置いてぐっと引き寄せ、背伸びをしてゆっくりと顔を近づけ、目を閉じて唇を突き出してみせた。
「ひゃっ……!? そ、そういうのは、ちゃんと結婚してからなんじゃ……!」
心臓の音が聞こえそうなほどシオンがパニックに陥る。
だが、ユリアナはふと我に返って目を開けた。
「あっ、やべ。今、俺男装中じゃん。男同士で何やってんだろ」
スンッと真顔に戻り、一歩引く。
「よし、そろそろ帰ろっか!」
「情緒のジェットコースターが激しすぎるよ……!」
結局、何の手応えもないまま二人は裏口からユリアナの部屋へと戻ってきた。
「今日は空振りだったかぁ~」
ベッドに寝転ぶユリアナの傍らで、シオンはなぜか床で腕立て伏せを始めた。
「……何やってんの?」
「筋トレして身体を極限まで追い込んだら、潜在能力が目覚めるかなって……ふんっ、ぬんっ!」
「いやいや、そんな脳筋みたいな方法で目覚めるわけないだろ」
その時、ドアが軽くノックされた。
「シオン様、お迎えの馬車が到着いたしました」
付き添いの侍女の声だった。
「ああ、分かった。すぐに行くよ」
シオンは立ち上がり、服を整えてカバンを手にする。
「じゃあ、ユリアナ。来週また来るから」
「おう、今日は駄目だったけど、明日にでもひょっこり出現するって! 気楽にいこうぜ!」
ユリアナが手を振ると、扉の前にいた侍女が怪訝な顔をした。
「お、お嬢様……? 言葉遣いが少々、お上品さに欠けるような……」
(やべっ、素の男口調が出てた……!)
「……コホン。失礼いたしましたわ。お気をつけてお帰りになってね、シオン様♥」
何とかごまかすユリアナに見送られ、シオンは苦笑しながら部屋を後にした。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、シオンは一人、窓の外を流れる景色を眺めていた。
(明日にでも出現する、か……)
本当にそうだろうか。異能力はとても希少で選ばれた者だけの特権だ。自分にはそんな力は宿っていないのではないかという不安が、暗い影を落とす。
来年になれば、ユリアナはアストレア学園に入学してしまう。あの学園は全寮制だ。一度入学してしまえば、今のように頻繁に会うことなどできなくなる。
もし自分に能力が発現しなければ、自分だけが別の学校に行くことになり、ユリアナの隣に立つ資格すら失ってしまうかもしれない。
(……ユリアナ、昔は同じくらいの身長だったのに、今はすっかり小さくなって……)
さっき路地裏で抱き寄せた時の、驚くほどの柔らかさ、女の子らしい甘い香りが脳裏に蘇る。
もし、自分が学園に行けず、ユリアナが全寮制の学園で他の男と出会ってしまったら?
「……嫌だ」
もし、無能力者の自分に、ユリアナが呆れて離れていってしまったら?
「……嫌だ」
「ユリアナに会いたい」
「今すぐ、あいつのところへ行きたい」
「会いたい。会いたい。会いたい――」
ユリアナへの強い執着と、離れたくないという切実な願いが、シオンの心の中で限界を超えて弾けた。
頭の中に浮かぶのは、先ほどまで一緒にいたユリアナの部屋。あたたかな灯り。
その瞬間、世界がぐにゃりと歪み、全身が引き剥がされるような未知の衝撃がシオンを襲った。
ドシャァァァァンッ!!!
「ぶはっ!?」「うわぁっ!?」
ユリアナの部屋のベッドの上、豪華な天蓋が凄まじい音を立ててきしみ、そこから何かが降ってきた。
重力に従ってベッドに転げ落ちてきた「物体」を見て、ユリアナは飛び起きた。
「は、はあぁ!? シオン!? お前、なんでここに!? っていうか天井から降ってきたぞ、大丈夫かお前!!?」
ベッドに激突して腰をさすりながら、シオンはボロボロになりつつも、信じられないものを見るように自分の両手を見つめた。
「できた……。俺、できたよ……!」
「誰かーーー!! 来てください、天井が抜けましたーーー!!」
パニックになりながら叫ぶユリアナの肩を、シオンはがっしりと掴んだ。その瞳は、興奮と喜びでこれ以上ないほど輝いている。
「ユリアナ! 俺、異能力が使えたよ!」
「えっ、マジで!? でも、氷の気配なんて全然……一体、どんな能力なんだ?」
シオンは誇らしげに、満面の笑みを浮かべて宣言した。
「俺の異能力は――『テレポート(空間転移)』だ!」




