野外実習のはじまり
その日はあいにくの曇り空だった。
周囲は山。
濃い緑の森がどこまでも続いている。
ジャリッ……
ジャリッ、ジャリッ
ジャリッ
……
次々と靴が降り立っていく。
その中に小さな靴が一組だけあった。
前後に足を揺らすと、ちょこんと両足で地面に降り立った。
~~
地面の少し上。
白く薄い円が浮いている。
その真ん中にスマティルクが一人、座っていた。
目の前では生徒たちが、それぞれ周囲を見渡している。
その一番奥には、一人離れて山をじっと見上げるセノの姿があった。
小さな藍色のリュックを背負い、肩紐に両手の親指をかけている。
空は曇っているのに、その表情はまぶしそうだった。
「山頂付近に小屋がある」
野外実習の試験官――スマティルク。
芯のある声で話し始めた。
ただ、誰もスマティルクを見ていない……。それでも、続ける。
「先に行って待っている。そこの道を外れなければ、たどり着くはずだ」
「一緒に行かないんですか?」
女生徒の一人、エレーラが少し不機嫌そうに質問する。
スマティルクは口角を上げてみせる。
「道中、危険なところはない。が、念のため、気を付けるように」
エレーラの質問には答えない。
スマティルクを見るエレーラの目が少し鋭くなる。
それに気づくことなく、スマティルクは思い出したように付け加えた。
「あと、森の中で火を使うなよ」
その言葉を聞いた男子生徒の一人、ソリードがクルッと振り返る。
明らかに不服そうに突っかかった。
「何のための野外実習なんですか」
「使ったヤツは何があっても絶対に助けん。点数もやらん。使うなら、そのつもりで使え」
そう言うとスマティルクは一人一人を見て、小さく手を振る。
そして、すべての生徒に振り終えると、目の前から忽然と姿を消した。
ソリードは怒りのこもった目で、まばたきもせず、それを見ていた。
~~
「転移できるヤツいないか?」
ソリードは、一人一人の顔を見ていく。
「いないのか……ちっ」
小さくそう吐き捨てると、一人でさっさと山道へと向かった。
セノを追い越すも、少しして振り返る。
「おい、チビ。なんで参加してんだ?」
「……」
しばらく、互いの目を見つめ合う。
ソリードは目線を地面に向け、少し考える。
そして何事もなかったかのように、再び歩を進めた。
セノは少し口を開け、その背中を見つめていた。
~
続いて、セノの横を通ったのは無表情なイケメン・ヘッセルアンテ。
顔色が悪い。
「遅れるなよ」
そう言うとセノの顔を見ることなく、一歩一歩しっかりとした足取りで山道へ足を踏み入れた。
ようやく我に返ったセノ。
不思議そうな表情で、ヘッセルアンテの細長い背中を目で追っていた。
~
続いて、セノのところにやってきたのはがっちりした男ドッテル。
「おんぶしてやろうか?」
そう言って、セノの少し先でしゃがんでみせる。
セノが一歩踏み出す。
ドッテルも一歩踏み出す。
セノが駆け出した。
それに合わせて、腰をかがめたまま、ドッテルも駆ける。
徐々に腰を上げると、普通にダッシュして山道を進んでいった。
~
セノは呆然と立ち尽くしていた。
そこに女二人――ワネットとエレーラがやってきた。
ワネットがセノの肩を押さえると、耳元でささやく。
「ママ、呼んできてあげようか?」
「子持ちと思われたら、どうするの?」
エレーラがすぐさま反応した。続ける。
「いつ何時、どこから運命の人が現れるかわからないの」
「はっ?」
ワネットは開いた口がふさがらない。立ち上がると、エレーラを見つめ、眉をひそめた。
エレーラはそんなワネットにたじろぐことなく、強く言った。
「男が寄ってこなくなるでしょ?」
「こんなところに男なんていないでしょ?」
エレーラは目が点になる。
女二人は笑い合って、進んでいった。
セノを置き去りにしたまま。
~
セノはビクッとなる。
ほとんど足音を立てることなく、メガネをかけた小さな男――ヴァウツが歩いている。
ヴァウツは無言で地面に目線を落としたまま、通り過ぎていった。
~
そして、最後。
二人の男女がセノの小さな背中を見ていた。
セノの横でしゃがんで、話しかける。
「一緒に行こう」
セノに手を差し出す男――フェルン。
その後ろで、ネムがセノの顔をのぞき込んで、優しく微笑んでいた。
セノはその手を見つめると、恐る恐る、自分の手を差し出した。




