里芋の魔法紙づくり
展示会に行った翌朝。
コロミィの作業部屋。
里芋が刷毛と木枠を使って、水に漂う繊維を漉いている。
足元で薄い生地に丸まって仰向けに眠るセノ。
顔に水しぶきが掛かる。
穏やかな顔が少しだけゆがむ。
それでも気持ちよさそうにスーッ、スーッと静かに寝息を立てている。
コロミィの作業部屋は扉が開けっぱなし。
里芋が一息を入れ、右へ向くと、セヴァンが机に向かって書きものをしている背中が見える。
視線を感じたのか、セヴァンが急に振り返る。
里芋とセノの位置を目で確認しているようだ。
「離れてないよ」
里芋は思わず、ぼそっとつぶやいた。
「そうか」
そう言って、セヴァンは立ち上がる。
念のため……念のため、見に行く。
改めて、里芋とセノの距離を確認する。
そして、里芋の魔法紙の出来具合もついでに確認した。
「いいんじゃないか……たぶん、使えないけど」
「……そうなの?」
里芋が目を丸くして、セヴァンを見上げる。
「水の中でも形が崩れないのが、いい魔法紙だが……端から崩れているだろ? 繊維がほぐれてる」
「ん?」
里芋は顔を水面に近づける。
「ホントだ」
少しずつ繊維がほぐれ、水中に漂っていっている。
「何度もやれば見なくても形がわかってくる」
「作ってたの?」
「もちろん。ここを作った時、一人で魔法紙を作っていた」
「それ、何年くらい前?」
「二十年くらい前だな」
「もうちょっとやってみる」
セヴァンは里芋の真剣な横顔を見て、だまって自分の机に戻る。
「藻の状態が良くないから、それくらいできれば上出来だぞ」
足元で相変わらず眠っているセノ。
里芋が水を漉くたびに顔に水しぶきが掛かる。
そのたびに眉がぴくぴくと動いていた――
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お昼前。
コロミィがセヴァンの部屋に入ってきた。
そのまま自分の作業部屋に入っていく。
里芋が魔法紙を作っているのを後ろからそっと覗く。
つま先が何かにぶつかった。
ハッとして足元を見ると、セノがスヤスヤと寝ている。
笑みがこぼれる。
しゃがんで、ほっぺをつんつんとしてみる。
眉をぴくぴくするセノ。
つんつん。
ぴくぴく。
コロミィはえくぼを作って、笑いをこらえた。
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それから少しして――
仰向けで目をパチッと開けたセノ。
まっすぐ宙を見つめ、まばたきをする。
「ごはん!」
ムクッと起き上がり、走って部屋を出て行く。
「おい! おい! おい!」
セヴァンが振り返った時にはセノの姿はなかった。
閉まりかける扉。
セヴァンは扉の隙間にあわてて手を入れ、セノを追う。
しかし、もうセノの姿はない。たぶん、あの穴の中に行ったのだろう。
壁伝いに昨夜の展示会で痛めた足を引きずって歩みを進める。
そのあとを心配そうについていくコロミィ。
里芋は魔法紙作りに夢中で気に留めていなかった。
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セヴァンは雪の上にできたセノの足跡を追って、裏手にある穴までやってきた。
その穴の中に声をかけようと息を吸ったところで後ろから声がした。
振り返ると、いつものおっとりとした様子と違う、引き締まった顔をしたコロミィがいた。
「まかせて」と頼もしく声をかける。
そして、身を屈めると、ハイハイして、その穴――セノのアヂトへと入っていった。
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セノのアヂト。
いちばん奥の部屋。
セノはそこから両手に赤い玉がいっぱい入ったバケツを引きずって出てきた。
「少年!」
コロミィが声をかける。
セノは「ぉ」という表情でコロミィを不思議そうに見つめる。
「どうしたの?」
周りに体をぶつけながら、素早いハイハイでセノに詰め寄るコロミィ。
ガタン!!
穴の入り口付近で大きな音がして振り返るコロミィ。入り口を見上げるセノ。
さらに、入り口でカタカタと音がし始めた。
「シカくんだ!」
セノはその音が入口で前足をかいているシカくんだと気づく。
でも、前には狭い通路いっぱいに幅を利かせたコロミィがいて、すぐには行けない。
コロミィが手を差し出す。
セノは赤い玉の入ったバケツをよいちょと両手で一つ手渡した。
コロミィは前を向いたまま、バックしながら、バケツをゆっくりと後ろに引きずる。
入口に近づく頃には、コロミィの口の中は赤い玉でいっぱいになっていた。
穴から出たコロミィとセノ。
赤い玉の入った二つのバケツをシカくんの前に置いた。
シカくんはすかさずバケツの中に頭を入れる。
しばらく、シカくんが食べるのをしゃがんで見ていたセノ。
突然、工房に向かって走り出す。
それを見てコロミィも走って追いかける。
シカくんが頭を上げる。
「セヴァンはあのままでいいの?」という視線をセノとコロミィの背中に送るが、届かない。
セヴァンはシカくんのタックルでふっとばされ、入り口の後ろの方で倒れ、気を失っていた。
それに気づくことなく、セノとコロミィは戯れながら、工房の中へと戻っていった。




