ニタニルの中で芽生えたもの
魔法紙工房の近く。
湖のそばに建つ丸太小屋。
その真ん中ではセノと元盗賊と爺さん、元徴税官とシカくん、元重装兵と里芋が吊り下げられた暖炉を囲んでいた。
元徴税官とシカくんは白い球に映る工房の様子を見ている。
元重装兵と里芋は飲み物を片手に暖炉の火をぼーっと見ている。
爺さんが元盗賊に灰色の球を投げた。
「ほれ」
元盗賊がそれを両手で受け取ると、映った景色の角度をいろいろと変えながら見る。
「これが収監所か……」
「見るだけじゃぞ」
爺さんが釘を刺す。しかし、元盗賊は反応しない。
爺さんが元盗賊の手から球を取り上げた。元盗賊はハァと言うような情けない表情で視線で球を追う。
「約束せんか」
「わかった。約束する……」
爺さんは元盗賊に再び球を渡すと、いつもの自分の席に戻ろうとする。
が、シカくんがその席を占有している。仕方ないので、その隣に座った。
元盗賊は灰色の球に映った収監所を見ながら、腕組みをした。
里芋のところまで行くと、左肩をがっしり掴む。
「ここからエレラインのところまでどう行くんだ?」
「教えない」
里芋の左肩をつかむ力が徐々に強くなる。
里芋は元盗賊の手を振り払う。
元盗賊が手にしていた球が落ち、床に転がってしまった。
「てめぇ、何す……」
里芋の隣にいた元重装兵はガシッと元盗賊の首をつかんだ。
「ふご……」
元盗賊は遠い目をしたまま、足元から崩れ落ちると、そのまま床に突っ伏した。
元重装兵は元盗賊の腰の革帯を掴むと、引きずって隅に寄せた。
◇◇◇
朝。
ニタニルはそれに初めて気づいた時、思わず足を止めた。
洞窟の奥に座り込んだ泥まみれの男。
その男が目を開けていなければ、その存在に気づかなかった。
足が悪く、肘を使って移動している。このままでは外に出ることなんて到底できないだろう。
「気にするな。自分の心配でもしてろ」
ニタニルは突然の男の言葉に我に返った。
「うまくやれよ。おまえもオレと同じようになるぞ」
そう言うと男は背を向けた。
ニタニルはその背中をしばらく見つめる――
ふがっ……
唐突に背後から蹴られ、咳き込んだ。
すぐに首元を掴まれると、洞窟の奥へと引きずられる。
ニタニルはその顔を見上げ、にらみ続けた。
~~~
夕方。
一日の仕事が終わった。
ニタニルは満身創痍だった。
肉体労働に慣れていないうえに、食事が足りていない。
一歩一歩意識しないと、歩みを進めることすらままならなかった。
ようやく洞窟の出口が見えてきた。
ふと振り返る。
洞窟の中はもう真っ暗。あの男を見るのをすっかり忘れていた。
一瞬、つまさきを元来た道に向ける。
しかし、すぐに出口へと再び歩みを進めた。
戻ろうと思っても戻れない。不機嫌そうな足音が聞こえてくるから。
ようやく洞窟を出ると、目を細め、天井を見上げる――
わずかだが、天井の岩肌が夕日で赤く染まっている。
しばらくそれを見つめたあと。
ニタニルは急に目に力を宿らせると、力を振り絞って、洞窟の入り口の上に昇った。
そして、そこで横になった。
そこから眼下の食事の列をチラッと視界に入れたあと、上から監視する看守に強い目線を送り続けた。
◇◇◇
里芋は、壁に背を当て魔法陣を描くセノを一瞬視界に入れると、床に転がる灰色の球を拾い上げる。
それに映っているのは収監所。
昨日まで居たのに、すでに妙ななつかしさを感じていた。
入口の所には一人の男が退屈そうに座っていた。
(新人が入ってる……)
入口の部屋の中にはゴボウの姿もあった。
ふと、茄子がどうしているのか気になった。たぶん、そのへんをうろついてるに違いない。
球に映る収監所の入り口。
里芋は球の表面に人差し指と親指を当てるとつまむように指を動かした。
球に映る景色がその場所に寄っていく。
人差し指を球の表面で滑らせるようにして収監所の中を移動する。
1階を見て回ったが、どこにもいない。
2階には人参と大根がいるに決まっている。
茄子は3階の所長室を通って囚人部屋を上から見ているかもしれない。
里芋がセノにたずねる。
「これって、向こうにいる人にも見えてるの?」
「うん」
魔法陣を描くのに夢中なセノ。生返事で答える。
まずは2階の監視室に行ってみる。
そこには寝ている大根しかいなかった。
そこから3階を見てみるが、茄子の姿はない。
2階から囚人たちのエリアを見下ろす。
そこには採掘から戻ってきた囚人たちが食事に列をなす姿があった。
その中に列に並ばず、じっとこちらを見つめる男――ニタニルがいた。




