元盗賊、崩れ落ちる
「もう一度言ってみろ……」
魔法紙工房の近くにある湖畔の小屋。
元盗賊が右手で里芋の首を締め上げ、持ち上げてニラんでいた。
里芋は少し口を動かすだけで精いっぱいなのか、目を細めて元盗賊を見つめるだけ。
その時。
元重装兵が後ろから堂々と、かつ颯爽と元盗賊に近づく。
そして、元盗賊の横で一旦しゃがむと、立ち上がる勢いでみぞおちへと容赦ない一発を突き上げた。
「はがっ……」
元盗賊は泡を吹きながら、膝から崩れ落ちた。
元重装兵は元盗賊のお尻を叩いてから、腰の革帯を掴むと、引きずって隅に寄せた。
そして、里芋の首元を荒々しく持つと、暖炉の近くにあった椅子に座らせた。
里芋はゴホッゴホッと咳をして息を整えると、背もたれに寄りかかって目を閉じる。
元徴税官が爺さんに顔を寄せ、上目遣いで尋ねる。
「もしかして、エレラインがいなくなったの、知ってた?」
「ん? ……まあ、そうじゃな」
爺さんは少し気まずいのか、うつむき加減に答えた。
それを見た元重装兵が爺さんに尋ねる。
「なんでいなくなったの?」
「……セヴァンに聞かんとわからんが、おそらくあれが工房にいると生産性が落ちるからだろうよ」
「どういうこと?」
「群れるからな。エレラインの作る魔法紙は使えないし、エレラインの取り巻きの作る魔法紙も使えない」
「使えないって、魔法紙として? わかるの?」
「そうじゃ。見て触れば、なんとなくわかる。作り手の気持ちは伝わるもんじゃ……エレラインの紙からは何も伝わんが」
それを聞いた元徴税官が暖炉の火を眺めながら、つぶやいた。
「気持ちも紙の品質に影響するのか……」
「エレラインの紙が使えないことをわかって工房に入れたのか、爺さん?」
元徴税官が何か気づいたように爺さんに尋ねる。
「ん……おそらくな……エレラインみたいなのを一人入れておかないと少しずつ生産性が落ちて行くんだよ」
元重装兵がそれを聞いて、元盗賊を指さして爺さんに質問する。
「こいつもそういうこと?」
「こいつは素行も頭も悪いが仕事は真面目にやるからな」
元徴税官は元重装兵と爺さんの会話内容を聞いて、少しうつむいて、笑いをこらえた。
セノは暖炉に当たりたがらない。
小屋の窓辺でシカくんと横になりながら、うれしそうに分厚い魔法紙をひざの上に置く。
シカくんはその魔法紙とセノの瞳を、目線だけを動かして交互に見つめている。
「アバロン収監所の看守だよね? なんでここに?」
元重装兵が里芋にたずねる。
「所長に看守は終わりって言われたんだ。しばらく工房で仕事する」
「珍しいのぉ。エレラインの代わりか……」
爺さんは里芋の顔をまじまじと見つめながらつぶやく。
元盗賊はうつ伏せのまま、目を開けた。
目の前にはあの少年がいる。
セノの膝をつかむ。少し上体を起こすと、かすれるような声で話しかけた。
「一生のお願いだ……工房の中が見たい……」
「ぃぃょ」
セノは小さい声で返事をすると、それまで描いていた魔法陣を手のひらの外側で擦って消した。
また最初から魔法陣を描く。
セノの指先が少しだけ黄色い魔法紙に触れると、鮮やかな青に発色する。
元盗賊はその指先が描く模様を上体を起こしたまま、見守る。
しばらくして。
魔法陣から小さな白い球が勢いよく飛び出ると天井に貼りついた。
その白い球はだんだん大きくなっていく。
そこには、水槽で水をかいている女性たちの姿が映っていた。
元盗賊は起き上がると、白い球を見上げ、視線を激しく動かし、エレラインを探す。
「エレライン……エレライン……」
うわ言のようにつぶやきながら、白い球を回転させるが、どこにもエレラインの姿はなかった。
再び里芋に近づこうとする元盗賊の前に元重装兵が立ちはだかる。
元盗賊は仕方なく歩みを止める。
「看守! おまえが連れて行ったのか!」
「ぼくじゃない」
里芋は振り返らずに答えた。
「エレラインはあんなにがんばってたんだぞ……」
そう言うと、元盗賊は再び膝から崩れ落ちた。
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【あトがき】
湖畔の小屋で男たちがダベっている頃。
工房の奥にある自分の部屋で、セヴァンは机で書きものをしていた。
ふぐっ
突然湧き上がった内なる衝動に文字が乱れた。
筆が止まる。
(気のせい…………?)
胸に手を当て、その内側を探る。
しばらく待ったが、あの一瞬の嫌な感覚がやってくることはなかった。




