セノの工房訪問⑤ セノ、囚わる
工房にある奥の部屋。
セヴァンは机に片肘をついて、それを見つめながら、物思いにふけていた。
――右腕の魔法陣――
長い間、ずっとそのままだった。
それを今日、久しぶりに時間をかけ、描き直した。
準備はできた。
そして、ずいぶん待った。
しかし、キヴァスとシヴはあの子供を連れてこない……。
ふと、隣の部屋から水をかく音がする。
コロミィが部屋に入ったことさえ、気づかなかった。
「たいへん……」
コロミィのつぶやきがスッと耳の奥に入ってきた。
セヴァンは席を立った。
コロミィは水槽に手を浸け、うつむいている。
その首すじには汗が浮きあがっていた。
水槽の中を覗くと、いつも藻から出てくる光の粒が一つも出ていない。
しばらく、二人で水槽の中をじっと見つめる。
「たまにはこういうこともあるだろう。いいから、ゆっくり休め」
そう言うと、水槽の前で試行錯誤するコロミィをそのままにして、セヴァンは部屋を出ていった。
◇◇◇
セヴァンは工房の中を探し回っていた。
キヴァスとシヴがいない。
ようやく見つけたのは、作業場の二階。
乾いた魔法紙の仕分けをしており、二人の両脇には魔法紙の束がいくつも積み上がっている。
セヴァンの気配に気づいたキヴァスが、顔を上げ、話しかける。
「珍しいですね」
セヴァンは辺りを見渡し、キヴァスとシヴそれぞれに目を合わせてから、たずねた。
「まだか」
「これから連れてきます」
「いや、いい。どこにいる?」
「ここだと作業に支障が出るので小屋まで連れて行きました。爺さんが見てると思います」
「わかった」
セヴァンはそう言うと早足で階段を下りて行った。
◇◇◇
セヴァンは引手のいないソリで小屋に向かっていた。
まゆげに力を入れて目をつぶる。
――この感情は絶対に他人にぶつけてはいけない、出してもいけない。
何も考えず、周囲にぶつけ散らしていた過去の自分を思い出し、さらにまゆげに力が入る。
自分が不機嫌な顔をすることで、魔法紙の生産を落とすことがあってはならない。
誰もいない雪原。
ソリが雪の上を滑る音でさえ、すぐにかき消されていく。
セヴァンは目を開けて宙を見上げると、声にならない叫びを二度、吐き出した。
白い息だけがまとわりついて消えていく――
どうにか感情を胸の奥へ押し込め、しっかり目の前を見つめた。
小屋の中では爺さん、元盗賊、元徴税官、元重装兵がだべっていた。
そこにセヴァンが突然入ってきた。
静かでキレのある靴音が室内に響く。後ろにやった手で扉を押さえながら、ゆっくりと閉めた。
元徴税官以外の三人の空気が一瞬で固まる。
元徴税官が小声で爺さんに「誰?」と耳打ちする。
「ここで一番偉い人」と、爺さんは座り直すふりで元徴税官に寄ると、その耳元で答えた。
セヴァンは小屋の中を見渡す。
四人から少し離れ、シカくんの傍らで寝ている子供を視界にとらえた。
――セノの寝顔――
それにまったくためらうことなく、足音を立てず、まっすぐにセノに近づくと、手をかざして、一瞬で銀糸に包んだ。
それを見て、目を大きく開いたシカくん。
すぐさま立ち上がる。
さっきまでセノだった銀糸の包みから目を離さない。
セヴァンは立ち上がったシカくんを見て、一瞬立ち止まるも背を向け、銀糸の包みを片手で抱えた。
小屋から出て行く直前、振り返って、柔らかい表情で少し口角を上げて言った。
「気にしないで、続けてくれ」
小屋の扉が閉まる直前、シカくんが猛ダッシュでその隙間に前足を滑り込ませた。
そして、鼻先で押し開けると、セヴァンのあとを追うように外に出て行った。
残された四人はただ、それを見ていただけだった。
このエピソードを書き終えた後、Webラジオからカーペンターズの「I Need to be in Love」が流れてきました。
コロミィ、セヴァン、シカくん……彼らの張り詰めた心の機微や孤独が、歌声と歌詞とメロディーにシンクロして聞こえ、このエピソードの余韻にぴったりと感じています。




