セノの工房訪問③ セノ、少し興奮する・元盗賊、すごく興奮する
キヴァスが扉を開け、シヴはセノが来るまでその扉を押さえて待つ。
セノが廊下へ入ると、三人はキッサの作業部屋へと向かった。
キヴァスとシヴは時折後ろを振り返りながら、セノの前を歩く。
セノはキヴァスとシヴを見上げる。
「セヴァンはどこにいるの?」
シヴが振り返って答える。
「夕方、帰ってくるよ」
キヴァスがキッサの作業部屋の扉を開ける。
シヴが扉を押さえ、セノが入ってくるのを待った。
セノは真っ先に水槽へと駆け寄った。
そして、水槽の縁に手をかける。
背伸びしても中が見えない。
キヴァスとシヴが同時に屈んで、シヴがセノの腰を抱えて立ち上がった。
セノが水槽の中を指さす。
「あの黒いの何?」
「藻」
「も?」
セノは「も」という口をしたまま、触ろうと左手を伸ばす。
「魔法紙」
シヴはそう答えるとセノを抱きかかえ、一歩下がった。
ふん、ふーん、ふん……
セノの鼻息が荒くなった。
◇◇◇
湖畔の小屋。
セノはそこにキヴァスとシヴに連れて来られた。
もちろん、シカくんもいる。
セヴァンが帰ってくるまで、ここで過ごすことになった。
暖炉のまわりにはいつものメンバーである爺さん、元盗賊、元徴税官、元重装兵がいる。
四人ともセノの扱いに困っていた。
どう話しかけていいか、言葉が見つからないようだ。
そんな中、セノはポケットから小さな魔法紙を一枚取り出した。
指先で小さい魔法陣を描き始める。
四人は黙って、その姿を横目で見ていた。
小さな白い球が魔法陣から出ると宙に浮かび上がった。
その白い球はだんだん大きくなり、バランスボールくらいの大きさになった。
そこには、水槽で水をかいている女性たちの姿が映っている。
元重装兵がその球を見上げて、つぶやく。
「もしかして、工房の中?」
「そうだよぉ。これでセヴァンが来ないか見張る」
「奥の部屋でこもってるんじゃない?」
「そうなの?」
セノは元重装兵を見上げる。
元盗賊が神妙な面持ちでセノの後ろに立ち、耳元に屈んでささやくように話しかけた。
「少年。一生のお願いがある……エレラインを見たい」
「どの人がエレライン?」
セノが紙に描かれた魔法陣の中で指を動かすと、球に映る人がゆっくりと変わっていく。
元盗賊は表情を緩ませ、期待のまなざしで球を見上げる。
――
一通りの人を見たが、顔が見えず、どの人がエレラインかわからない。
「爺さん。どの人か、わからないか?」
「うーん……顔を見ないとわからないな……」
元盗賊が再び神妙な面持ちでセノの肩をつかむ。
「少年。一生のお願いがある……エレラインの顔を見たい」
「……んー……ちょっと待って……」
「できるのか……」
元盗賊はさらなる期待のまなざしで白い球を見つめる。
セノはポケットから小さな魔法紙をもう一枚取り出した。
指先で小さい魔法陣を描くと、目の前の床に魔法陣を展開した。
セノは白い球と元盗賊を見上げてから、言った。
「下から順番に行くね!」
「わかった」
床の上の魔法陣の周りに円筒状の空気の層が一気に立ち上がり、すぐに下りた。
そこには屈んだ状態のモリサが現れた。
「この人?」
「……違う」
元盗賊は白い球から床の上の魔法陣へと視線を移すと、顔を覗き込むことなく、答えた。
モリサが顔を上げる前に、床の上の魔法陣の周りに円筒状の空気の層が一気に立ち上がり、すぐに下りた。
そこにはモリサに代わって、腰に手を当てた別の女性が現れた。
「この人?」
「違う」
元盗賊は床の上の魔法陣の前に移動すると、顔を見て答えた。
そうして、何人もの女性を順番に召喚しては、すぐに逆召喚していく。
そして……。
「この人?」
「……」
元盗賊は何も答えない。
セノは元盗賊の顔を見上げる。
召喚された女性の眉間に徐々にシワが寄っていく。
周りを見渡し、セノを見ると表情が変わった。
セノをキツくニラんで怒鳴った。
「誰! こんなことしたの!」
元盗賊が恍惚の表情を浮かべたまま、手を挙げようとする。
手が挙がるのを察知したのか、エレラインが目の前の元盗賊をキツくニラむ。
そして、元盗賊の手が上がりきるより早く、エレラインの容赦のないグーパンチが顔の真ん中にめり込んだ。
エレラインの手が顔面から離れ、元盗賊の目が開きそうになる。
それをふさぐように、もう一度グーパンチが右頬から左へ突き抜けるように入った。
元盗賊の頭が左右に揺れ、空いた口から「ほごっ」と声を漏らす。
元盗賊は放心状態のまま、まばたきもせず、微動だにしない。
「仕事中なの! 邪魔しないで!!」
爺さんはエレラインを見て、うんうんと頷きながら見つめている。
元徴税官は元盗賊を見て、必死に笑いをこらえている。
元重装兵は元盗賊を見て、お腹を抱え、涙を流しながら爆笑している。
シカくんは退屈そうに空を見上げている。
エレラインは怒りの目で元盗賊に怒鳴りつける。
「戻しなさい!」
セノはあわてて床の魔法陣をエレラインの足元に移動させると指先に魔力を込めた。
すると、エレラインの周囲に円筒状の空気の層がシュワーっと一気に立ち上がり、すぐに下りた。
そこにはもうエレラインの姿はなかった。
元盗賊は茫然と固まっていた。
しばらくして、目に力を取り戻すと、もう一度、セノの肩を掴んだ。
「仕事が終わったら、もう一度頼む……」
「わかった」
「絶対、ぶん殴られるでしょ」
元重装兵は笑い涙を流しながら、聞こえるか聞こえないかの独り言をつぶやいた。




