セノの工房訪問② セノ、タネをまく
男の子が滑り込むようにして、工房の中に入ってきた。
その勢いが止まると、すぐに立ち上がる。
長靴が床でこすれる音がキュッキュッと廊下に響く。
一番奥の部屋まで辿り着くと、セノは背伸びをしてドアノブを両手でつかみ、右に左にと回そうとする。
壁に背をもたれさせて座り込んでいたキヴァスとシヴは、その様子を見て同時に息を吐いた。
セノはドアを叩き、ノブをガチャガチャしながら叫んだ。
「セヴァン!」
シヴはいつもとは違う大きな声で「夕方までは帰らないよ」と教えてあげた。
セノはシヴの方を向いて、動きを止める。
「そうなの?」
セノの声は小さくて届かなかったが、口の動きからそう言ったような気がした。
シヴとキヴァスは同時に立ち上がる。
もう一度、目線を男の子に戻すと、その姿がすっかり消えていた。
二人の視線が、セノがさっきまでいた場所で交わる。
一瞬の静寂のあと、二人はあわてて床を蹴った。
◇◇◇
「どれが好き?」
寝ぼけ眼のコロミィ。
視界がぼんやりしていて、よく見えない。
いきなり現れた少年の声に戸惑いつつも、目の前に出されたものの好奇心には勝てない。
白くて艶やかな指先で、赤くて小さい玉を一つ摘まんだ。
「ほんとに食べられるの?」
「黄色いのが好きかな……」
セノはそう言うと、一粒摘まんで口に入れて見せた。
それを見て、コロミィも口に入れる。
「甘いね。何の果物?」
ドンドンドン!
突然、ドアが強く叩かれる。
「ん? 何?」
口の中で玉を転がしながら、コロミィはドアへと歩き出した。
鍵を開けて、ドアをゆっくり開けると、外からグイッとドアが開けられた。
「何?」
「あっ……」
キヴァスがコロミィの口の動きを見て、思わず声を漏らした。
コロミィは言い訳でもするように低いテンションのまま呟いた。
「この少年あなどれない……ちょっと待って……」
キヴァスとシヴは顔を見合わせると、同時に眉間にシワを寄せた。
その隙を見逃さない。
コロミィはセノのもとに戻って、残りすべての物を味見しようと手を伸ばした。
それを見たキヴァスとシヴ。
コロミィを押さえにかかる。
コロミィの手先は素早い。
カラフルな玉の中から、食べたことのない色を選んで次々と口に入れていく。
キヴァスとシヴはコロミィの手首を掴んで立ち上がらせると、その背中を叩きながら、部屋の外へと引っ張っていった。
コロミィはゴクリと飲み込んでから、声を絞り出す。
「少年!……全部好き!」
キヴァスとシヴの頭に挟まれたコロミィは、振り返ることができない。
カクッカクッと抵抗する足取りで部屋を連れ出されていった。
◇◇◇
「ごめん。コロミィのこと見てて」
「あと、あの少年から何かもらっても口に入れないように!」
シヴは珍しくキレのある言葉をキッサとモリサに投げかけた。
キッサとモリサの口の動きが止まり、互いに顔を見合わせる。
シヴは、香箱座りしているシカくんにコロミィを腰掛けさせようとした。
だが、それを見たキヴァスが遮り、コロミィをキッサの膝に座らせ、その肩をしっかりと持たせる。
キヴァスがシヴの右肩を押さえて見つめる。
シヴがうなずくと、二人は建物の中へと早足で戻っていった。
さっきまでコロミィがいた部屋。
やっぱり、あの少年はいなかった――
(まさか……)
二人は作業場へと向かった。
◇◇◇
作業場ではティリーが一人でセノの話し相手になっていた。
休憩室からは女性たちがこっそりと様子を見ている。
「あらー」
ティリーが後ろからセノに近づき、問いかける。
「ぼくちゃん、いくつ?」
セノは振り返りもせず、耳の横でパッと両手を広げて見せた。
「10才? ほんと?」
ティリーは頭をなでようと手を伸ばす。
セノは水槽の縁にあごを乗せて手をかけ、あごをカクカクさせながら、中の黒い物体に夢中になっていた。
その時。
ドアが勢いよく開き、キヴァスとシヴが入ってきた。
ティリーはセノの頭を見たまま、キヴァスとシヴにたずねる。
「この子……もしかして、新しく入る子?」
「違うんだ。さぁ、戻ろう」
キヴァスはそう答えると、セノの前にスッと手を出す。
しかし、セノはその手を握ろうとせず、水槽の中を指さす。
「これ何?」
「あっちで説明するよ。あっちにも同じのがあるよ」
シヴが少しだけ引きつった笑顔を浮かべ、なんとか説得しようとする。
「うん……。わかった」
セノはそう言うと水槽から離れた。
その反応を見て、キヴァスとシヴは同時に肩を落とす。そして、元来た方向へと引き返す。
この時。
セノは無言でティリーに、色とりどりの小さな玉が入った透明なボールを握らせた。
ティリーはそれを受け取り、珍しそうに眺めている。
その間に、セノはもう一つ透明なボールを取り出すと、天井へぽんっと投げた。
それが天井に貼りつくのを見届けると、何事もなかったかのように、セノはキヴァスとシヴの背中を追って歩き出した。




