アバロン収監所
明け方、セヴァンは床の上で目を覚ました。
床に接していて、背中が痛い……。
外がうっすら明るく、部屋の中がなんとなく見える。
頭を少し横に傾ける。
コロミィは頭を椅子にもたれたまま、寝ている。
キヴァスとシヴは仰向けになって寝ていた。
頭を元に戻し、視線を天井に戻した。
しばらく、天井を見つめていた。
その時。
ボサボサ親父の顔がヌッと出てきた。
思わず、セヴァンは力を込めて目をしっかりと閉じた。
そのまま反射的に、ニタニルの顔があった場所の近くで右手を振り抜いた。
「ウグッ」という声がして胸から腹にかけて重たいものがのしかかった。
それをズラして押しのける。
しばらく、寝息以外は無音であることを確認する。
そして、意識的に呼吸を整えると、右腕に刻んだ魔法陣を触りながら、眠りについた。
それはいつもの静かな朝だった。
傍らに銀糸の繭がある以外は……。
部屋を出て、まっすぐキッサの部屋に向かった。
そこにはキヴァスとシヴ、キッサのいつもの光景があった。
キヴァスとシヴは床に足を投げ出し、せわしなく手を動かし、大量の魔法紙の裏表を一枚ずつ見ている。
その奥で背を向けて、キッサが木の枠で静かに繊維を掬っている。
三人とは目が合わないまま、セヴァンは声を掛けた。
「夕方には戻る」
キヴァスとシヴが同時に振り返る。
扉を閉めようとするセヴァンに、あわててキヴァスが言った。
「あの男の子ですが、また遊びに来るって言ってましたよ」
「そうか……」
セヴァンは小さく答えると、すぐに扉を閉めた。
そして、目をつぶり、額に手を当てた。
◇◇◇
茶褐色のむきだしの土がどこまでも広がる。
そこに長方形の岩山が二段ある。
『アバロン収監所』
周囲には道らしい道はない。
初見では人間が住んでいるとは思いもしないだろう。
ましてや、それが凶悪な囚人ばかりとは。
その岩山の最上部。
セヴァンは荒野の砂煙が届かない空間に赴いていた。
黒い天井、黒い土壁、黒い床。
その空間だけ、ひんやりとしており、時折、ムッと漂う熱の塊さえも心地よくすら感じた。
その空間の主――ギルマン所長は、椅子に座って、セヴァンの後ろで看守たちに銀糸をはがされている包みを見ていた。
「なんだ、あれは? わざわざここまで持ってくるな」
「私より明らかに格上でした。運よく拘束できましたが……」
そう言って、セヴァンは振り返り、ニタニルを見つめる。
頭以外の銀糸をはがされ、足輪と腕輪、首輪を次々とつけられていく。
「それほどの使い手か? 魔力反応すらないようだぞ」
ギルマンはそう言うと、ニタニルの足輪を指さした。
「よくわかりません。とにかく警戒は怠らないようにしてください。あと……」
セヴァンが途中で言いにくそうに間を置くと、ギルマンはジトッと見上げた。
「子供が紛れ込んできまして……手も足も出ませんでした」
「何しにきた?」
「わかりません。眠いので帰っていったそうです」
ギルマンはニタニルを指さす。
「まさか、あれと関係しているのか?」
「その子供のことをクソガキって言ってましたね。おそらく知り合いかと……」
「魔力はないようです。銀糸を全部外しますか?」
看守からの問いかけにセヴァンはすぐに答えた。
「あぁ、頼む」
看守の手によってニタニルの顔があらわになる。ボサボサの頭、ヒゲ。目は半開きで疲れ切って生気が感じられない。
セヴァンがニタニルのそばまで歩み寄り、問いかける。
「何者だ?」
「随分と無礼な口だな。まずはそちらこそ、偉そうに尋ねる前に自分の名を名乗ってみたらどうだ? まさかとは思うが……私を知らないのか? 信じがたいな。私のことを知らないなど、虫けらどころか、チリやホコリと同じだろう? それともお前は、自分がどれほど下等な生き物なのかを、自ら証明したいのか? 実に興味深いね」
セヴァンはニタニルが話している途中で看守の肩を叩いた。
そして、少しだけ口角を上げ頷いた。
看守たちはニタニルの頭に目隠し用の袋をかぶせると、さらに何かを言い続けるニタニルを力ずくで連れ出した。
ギルマンは肩ひじを付き、親指と人差し指を擦らせながら、うつむいて考える。
「その子供が何かしたのか? そうではないんだろ?」
「はい」
「工房のことを口外しないように念押ししておけ。おまえが手に負えないのなら、どうしようもない」
「間違っても捕まえて連れてきたりするなよ。子供用の檻なんてないんだからな」
「わかりました……あと……エレラインですが、毒が強すぎるので……毒にやられた者も出てきています」
「魔法紙が減っているのはそういうことなんだろう? すでに代わりは探している」




