スイッチが入るセノ
セヴァンの部屋と、コロミィの作業部屋は隣合わせ。
廊下からそれぞれの部屋に入る扉のほか、二つの部屋を隔てる壁にも扉があった。
その扉はいつも開かれている。
コロミィが作業部屋で水槽の中の水をかく。
その音が、セヴァンの部屋にも心地よいリズムで聞こえてくる。
それは静かな旋律のようにさざめいていた――
セヴァンは振り返った、その時。
――ニコッとして固まる子供の姿――
それが窓の向こうにあった。
すぐに正面に顔を戻すと、腕を組んで、目をギュッとつぶり、うつむく。
「まだ、居るか?」
「「居ます……」」
セヴァンは眉毛をピクッと上げた。
目を開けると、もう一度確認した。
「まだ、居るか?」
「「居ます……」」
キヴァスとシヴの声は小さくなった。
セヴァンは覚悟を決め、伏し目がちに窓に近づくと、下から上へとゆっくりと窓を開けた。
そこで初めてセノと目を合わせる。
「何か……用かな?」
「……あっ……」
「……」
「忘れてた……」
「何を……?」
「……」
しばらくの間、セノとセヴァンは無言のまま見つめ合う。
シカくんは残念そうな目でセノの横顔を見上げていた。
◇◇◇
セヴァンは突然現れた窓辺の少年に穏やかな声で提案した。
「入る?」
セノはセヴァン、そして、後ろの二人を順番に見ていく。
「……明日にする」
「そう……」
セヴァンは左手で窓を支えると、顔を窓から少し出して、右手を下ろした。
無数の細い銀糸がモワッとその残像に沿って湧くと、セノたちへと向かう。
しかし、それはセノたちにたどり着くことなく、直前で音もなく跡形もなく消えていく。
それを見たセノ。その目つきが変わった。
おねむで重くなりかけていたまぶたがしっかりと据わる。
「何それ?」
セヴァンはとっておきの技を無効化され、右手の震えを押さえきれなかった。
伏し目がちにセノとシカへ交互に視線を走らせる。
「何それ?」
その言葉にセヴァンは我に返ると、目の前までセノの顔が近づいていた。
手を伸ばせば、確実に届く距離だ。
もう一度、そっと右手を上げ、振り下ろそうとした時。
「できたよー」
コロミィの明るい声が後ろから聞こえてきた。
セヴァンは後ろを振り返ることなく、セノを見つめたまま、噛みしめた唇から小さく息を吐いた。
セノとシカくんは宙に浮いたまま、窓から入っていく。
セヴァンは押しのけられ、何もできず、唖然としてセノを見つめるだけ。
キヴァスとシヴも少し口を開けたまま見つめるだけ。
コロミィは扉の隙間から出した顔を少しだけ傾け、不思議そうにまばたきをくり返すだけ。
セノは床に置かれた銀糸のかたまりに一瞬目を奪われるも、コロミィのところにまっすぐ向かう。
「何ができたの?」
コロミィはセヴァンを見るが、目線が合わない。
セヴァンはセノをじっと見つめたまま。
セノはためらいなく、コロミィの部屋をのぞく。
「何これ?」
そこには濡れたまま、大人の手のひらぐらい分厚い紙が板の上に置かれていた。
セノとシカくんは少しずつ降下していく。
そして最後に、ストンと床に落ちた。
「何これ?」
セノは床に着地すると、銀糸に包まれた物体に近づき、屈んでつつき始めた。
その物体は真ん中あたりがビクンと激しく反応を見せる。
セヴァンは急いで、その間に駆け寄ろうとする。
しかし、セノとシカくんに同時に振り向かれ、その足を止めた。
セヴァンは胸元まで上げた右手の震えが止まらない。
その時、銀糸に包まれた物体が自ら動き出した。
床に両手をついて、腰を上げて、銀糸の中から姿を現した。
目は開けているが床を見つめたままで焦点は合っていない。
しばらくすると、ニタニルはまぶしそうに見渡した。
ひととおり見渡したのち、セノをじっと見つめ、言葉をこぼす。
「おまえは……生意気なクソガキか」
そして、ニタニルが目を細め、セヴァンをニラみつけた瞬間。
セヴァンはドタッと大きな音を立てて、床に倒れ込んだ。




