ニタニルとセヴァン
ニタニルは遥か高みに昇っていた。
雲の上、そのさらに上。
日差しが直接肌を照り付ける。
ここからノノアの魂を感じようとする。
出てこようとする本来の宿主を意識の隅に追いやりながら、一つ一つの方向を丁寧に探っていく。
神経を研ぎ澄ます。
時折、顔に当たる風が邪魔をする。
風が落ち着くまで待つ――
そうして、体の方向を時計回りに少しずつ変えていった。
――ようやく、微かに感じるものがあった。
その方向に急加速した。
白い雲が灰色の雲へ一瞬で様変わりし、眼下の一面に広がっている。
雲を突き抜け、光の柱が打ち上がる。
その場所からはっきりとノノアの魂を感じた。
ニタニルはゆっくりと下降した。
◇◇◇
引き手の居ないソリが工房の前でスーゥッと止まった。
セヴァンはその静かな止まり方に満足そうに頷くと、真新しい雪の地面に降りる。
雪が軋む音を短く刻んで工房の扉に進む。
そして、扉に手を掛けた時にふと振り返った。
見上げて、じっと見つめる。
そこには不自然に空に浮かぶ影があった。
それは微動だにせず、静止しているように見えた。
ソリに戻り、座席の下から魔法陣の描かれた魔法紙をサッと一枚取り出した。
その瞬間、魔法紙は風もないのに、空を飛んで行く。
二枚目、三枚目も同じだった。
四枚目。魔法紙が宙を舞った瞬間、さすがに偶然ではないことに気づいた。
セヴァンは面倒そうに魔術を展開しようと試みた。
目をつぶる。
体中の魔力を目の前の一ヵ所に集める。
そして、それをゆっくりと練り始めた。
しかし、その魔力が最初からなかったかのようにスッと消え去った。
その不可解で不気味な現象に驚いて、目を開けた瞬間、ボサボサ長髪のヒゲ親父の顔がすぐ目の前にあった。
ヒゲ親父は目を見開いたまま、まばたきもせず、舐める様にセヴァンを見つめている。
「何をしようと、ムダだからな」
ヒゲ親父がまとうのは薄い布切れ一枚。しかも裸足だ。
場違いな身なりをしているが、どう見ても、ただの親父。めまいがしてきた。
しかも、自分のいつもの選択肢が見事に封じられた。
何もできないなんて、こんなことは初めてだった。
「あの光はなんだ?」
ヒゲ親父が目をギラつかせながらセヴァンの後ろを見て、言葉を発した。
セヴァンも振り返って、その先を見つめる。
それは湖の方で起こる、夕方のいつもの光景だった。
観念したフリをして、しっかりと光の方向へ視線を据えて、目を細める。
ヒゲ親父が近づいてくるまで待つ。
「あれは、湖の中の藻が放つ光です」
光の柱を指差してから、すぐに腕を振り下ろした。
振り下ろした軌道から細い銀の糸が次々と出てくる。
ヒゲ親父は抵抗する暇もなく、光の柱を見つめたまま、一瞬で銀糸に包まれた。
◇◇◇
時折、夕焼けで赤く染まる雪に覆われた湖面から白い光の柱が昇っていく。
そのそばには、子供一人がちょうど収まるくらいの小さな木製の家が二つ。
セノとノノアはその特等席で釘付けになっていた。
そのとき、セノの家に向かって猛スピードで近づく者がいた。
それはスピードを落とすことなく、そのままセノの家を「バン!」となぎ倒し、突き抜けていく。
その衝撃音とともに家はバラバラになり、セノは光の柱を見つめたまま、宙を舞った。
そして、雪の積もった地面を滑った。
ノノアが急いで家から飛び出し、セノのもとへ走る。
「大丈夫?」
セノは仰向けになったまま、微動だにしない――
相変わらず、光の柱は音もなく昇っている。
それ以外は時が止まったように静まり返っていた。
しばらくして。
セノの目がハッと見開かれた。
「ごめん、ごはん忘れてた……」
その言葉を待っていたかのように、走り去った方向から一頭のシカがゆっくりと現れ、前足を何度もかいた。




