夜中の捜索
[キヴァス視点]
夜が更けたころ。
キヴァスは寝床でようやく目を閉じ、少しした時だった。
突然、枕元の魔法紙からボワッと炎が上がる音。
そのあと、魔法紙の上にオレンジの炎がとうとうと灯り続けた。
「おい。起きろ……。シヴ」
シヴは動かない。いつものことだ。一度寝たら、絶対動こうとしない。
キヴァスはシヴとつながった腕に力を入れて、シヴを自分に引き寄せるように立ち上がった。
それでもシヴは目を覚ます気配はない。
肩を揺さぶってみるもまだ寝たままだ。
キヴァスは息をスーッと吐いてから、右肘をゆっくり引くと、シヴの下腹部に鋭く深く拳を入れた。
「ゴホッ……コホコホ」
「いい加減にしろ。出かけるぞ」
小声でせかす。
壁の魔法紙に目をやると、そこには走り書きの文字が浮かび上がっていた。
『モリサがいなくなった』
キヴァスはその文字をなぞって消すと、指先に少しだけ魔力を込めて返事を書いた。
『工房から出ないように』
キヴァスはさらに「決して」と頭に付け加えると、シヴの方に視線を向けた。
「着替える準備はできたか?」
シヴが頷くのと同時にキヴァスはシヴと手のひらを合わせる。
すると、それまでつながっていた腕がはずれた。
その瞬間から、胸の中いっぱいに、モヤモヤしたものが薄く広がり始める。
急いで寝間着を脱いで、ローブを着る。
シヴもようやく目に力が戻り、急いで寝間着の上からローブを着る。
二人は着替えを済ませると、再び腕を密着させ、キヴァスの左手とシヴの右手でしっかり握り合った。
その瞬間、胸の中でまだ小さかったモヤモヤがスッと消えた。
外は雪があるせいか、薄暗い。
キヴァスと、ようやく目が覚めたシヴは、ソリにオオカミをつなぐと、工房へと向かった。
◇◇◇
表と裏、二つある出入り口のどちらからモリサが出て行ったのか、わからなかった。
念のため、表の出入り口の手前でソリから降りて足跡を探しながら工房に向かう。
「足跡を見落とすなよ」
「うん……」
足跡がないか、手灯で足元を照らしながら、工房へと歩みを進める。
オオカミたちも地面を見ながら、白い息を吐いてゆっくりと歩を進める。
表の出入り口まで来たが、足跡らしいものはなかった。
オオカミたちをつなぐと裏の出入り口へと向かう。
キヴァスのあとをシヴはあくびをしながらトボトボと歩く。
裏の出入り口。
そこにはいくつもの蹄の跡がしっかりと刻まれていた。
モリサの足跡らしい場所には蹄の跡がたくさん残っている。
また、地面がめくれた跡もあった。
一歩一歩、慎重にその足跡を追う。
振り返ると、シヴがニコッと笑って見せる。
だまってキヴァスの後ろをついてきたのがバレたと思ったのか、きまりが悪そうに一度目をそらすと、前を歩きだした。
周りの景色を見ながら歩いていると、向かう先に大木の切り株のようなものが見えてきた。
どうもそこまで足跡が続いている――そんな気がした。
シヴの手を握りしめ、足を止める。
口元に人差し指を横にして伸ばし、音を出さないようにと注意する。
そっと。そーっと。
足を上げずにゆっくり滑らせるように歩く――
大木の切り株の中。
そこにはぐったりと横たわるモリサの姿。
そして、それをお腹で大事に抱えるように一頭の鹿が横たわっていた。
「鹿って、人間食べないよな?」
「……魚を食べるの見たことあるよ」
「……」
「「どうする?」」
キヴァスとシヴが同時に顔を見合わせる。
二回のまばたきも同じタイミング。
「わかった」
シヴが名案を思い付いたように目を大きくした。
キヴァスはイヤな予感しかしなかったが……他に案もないので見守ることにした。
シヴはまず鹿の首元を揺すった。鹿がパチパチッと目を開けて、シュッと立ち上がる。
鹿は耳をピクピクと動かしている。
シヴがボソッとつぶやく。
「正直な気持ちでやさしく正面突破……」
シヴは鹿に視線を送ったまま、モリサをそっと引っ張って抱き寄せる。
鹿はじっと、それを見ている。
「連れて帰るね」
シヴは軽く笑顔で鹿に告げると、普通に歩きだした。
「ついてきてるぞ。ダメだろ……」
「ダメかな……」
「オレたち、背中向けてて大丈夫か?」
「今のところ大丈夫」
「何も安心できない」
「早足にならないで……」
「わかった。悪い」
シヴがモリサを抱えたまま、工房へと歩く。
そのあとを、あの鹿がつかず離れずついてくる。
その目は敵意に満ちてはなさそうだ。
ただ、シヴの腕の中にいるモリサを、後ろからまっすぐ、見つめ続けている。
工房に戻り、モリサを毛布で包んで寝かせた後。
キヴァスとシヴは工房の作業員であるエレラインとティリーを外に呼び出した。
そこにはまだ鹿が凛と立っている。
「説明してもらおうか?」
キヴァスは静かに、まっすぐな声をエレラインに投げつけた。
しかし、エレラインは気まずそうに視線を下ろしたままで受け取ろうとしない。
ティリーがしびれを切らし、エレラインの脇腹を小突く。
エレラインはビクッとして、「あっ」と思わず声を上げた。
「あんた、ちゃんと言うんだよ」
エレラインはしばらく唇を噛みしめ黙り込んでいたが、やがて絞り出すような声で話し始めた。
「……私が、あの子が……入れないように、ふさぎました……」
その言葉を聞いた瞬間、キヴァスはエレラインから一度視線をそらした。
そして、エレラインへ一歩踏み込むと、今度は瞳をしっかり捉え、凍りつく声で告げる。
「次は刑務所に戻ってもらう」
そう言うと、キヴァスはシヴを引っ張るようにして、すぐに立ち去る。
シヴは「じゃあね~おやすみ~」と顔の近くで指を小刻みに動かし、彼女二人と、さらに鹿にまで爽やかな笑顔を振りまく。
キヴァスはそんなシヴを半ば強引に引っ張り、ソリへと歩き出した。




