工房の匠
スプーンと皿が重なる音と、ひそひそと話す声。
工房の休憩室で女性たちが食事する光景は独特な緊張感が漂っていた。
休憩室入り口の配膳場所。モリサは一番最後にやってきた。
入り口からは休憩室の中は見えない。
振り返って作業場を一通り見渡す。
鍋の底にわずかに残ったスープと鍋にへばりついた具を音を立てずにかき集める。
その場でおたまに集めたスープだけを一気に飲み干し、口に具を強引に詰め込んだ。
パンと紙袋を取り、両頬に詰め込んだ具を少しずつ噛みながら、休憩室の中の人たちに気づかれないよう出て行った。
◇◇◇
「また、あの子はいないの?」
食卓の端、周囲を見渡した後、エレラインがぼそっとつぶやいた。
この場所のボスのひとり。その言葉じりには、隠しきれない不機嫌さが混じっている。
エレラインから最も離れた場所に座っていたキッセが席を立つ。
誰とも目を合わせず、空になった木の器を持って立ち上がった。
エレラインがその背中を一瞬だけニラみつけた。
しかしすぐに、汚い物から目を逸らすように視界を外した。
その横で、もう一人のボス――ティリーが、夢中で具だくさんのスープを時折ズーと音を立てて啜っていた。
◇◇◇
スーーーーーーッ
休憩室で女性たちが食事をしている頃。
工房の出入り口に、オオカミのソリでじいさんがやってきた。
手綱を杭に結ぶと、オオカミ二頭の頭からアゴを順番に手でゴシゴシ撫でる。
もっと撫でろと言わんばかりに期待のまなざしでみつめるが、表情を引き締め、じいさんは工房の入口へ向かった。
じいさんは工房の中に入ると、すぐ近くの階段を上って、まっすぐ魔法紙を乾燥している場所に向かう。
もわっとしているが、藻の香ばしい、いい匂いで満たされていた。
すぐそばに乾いた魔法紙が積み上げられている。
指先で紙の張りを確かめ、横から均一さを目と手で一枚ずつチェックしていく。
ふと手を止める。
魔法紙の隅にある数字21という凹凸。
それを指先で何度も確認しながら、考える――
もう一枚、21の数字がある魔法紙を手に取った。
じいさんは軽く頷くと、21の数字がある魔法紙だけは目を閉じて時間をかけてチェックした。
そして、一通り、チェックを終えると、その日の魔法紙の枚数を手の甲に書き、すぐに外へ出た。
◇◇◇
外の冷気の中、キッセが両肘を手でさすりながら、蒸気タバコを燻らせ、ウロウロしている。
じいさんがうしろから声をかけた。
「おい」
キッセは両肩を上げ、「なんだ、じじい」と言いたげな、冷たい視線で振り返った。
じいさんが近づいてくるので、思わず後ずさりしてしまう。
じいさんが手招きするので、警戒しながら耳だけ近づけた。
じいさんはキッセの耳元でボソリと囁く。
「ごにょごにょごにょごにょ……」
それを聞いたキッセはまばたきをせず、しばらく時が止まったように動かない。
じいさんはソリを出す準備をしてから、もう一度、キッセを見るが先ほどと変わりない。
「昼からはもういい。魔法紙が作れるよう、個室の準備しておきなさい」
「本当か!?」
「大きな声を出すな」
じいさんはまぶしそうな笑顔でそう言うと、オオカミの手綱を引いた。
キッセの普段の澄ました顔はもうそこにはない。
キッセは落ち着かない様子で、慌ててタバコを片づけると、早足で戻っていった。
◇◇◇
視界の端から端まで、すべてが白。
山々も、湖面も、森も、あたり一面がまっ白。
日が落ちかけた夕闇の中、それらの白たちが少しずつ赤く染められていた。
湖のほとり。セノとスマちゃんはその時を待っていた。
セノは白いハニワのようなスマちゃんの右肩を後ろから右手で抱いている。
突然、湖面がポーッと黄色く明るくなった。
次の瞬間、湖面を突き抜けて、まばゆい光の柱が空へと昇っていく。
一本だけでない。あちらでも、こちらでも昇る。
時折、光が夕焼けの空を突き抜け、幻想的な空間を作り上げていた。
「なにこれ……なにこれ……」
セノは息を呑んで、まばたきもせず、その光景を見上げる。
その瞳は、次々と空へと吸い込まれていく光の柱しか見ていない。
そして、その真っ直ぐな眼差しも、光の柱に吸い込まれていた。
「藻草があり余った力をああやって逃がすんだ」
スマちゃんは静かにやさしい声で言った。
「収穫の頃合いだな。魔法紙のいい原料になりそうだ」
「魔法紙……」
セノは空を見上げたまま、小さく呟いた。
「セヴァンはいいや……もう少し見てたい」
セノは白い息をこぼしながら、次々と打ち上がる光の柱をただ見つめていた。




