ナツメとの攻防
「セノ!」
ナツメは地下道で裏門の方に向かって叫んだ。
その方向に歩みを進めようとした時、背後からどんどん遠ざかっていく蹄の音が聞こえる。
それが消える前にとナツメは振り返って地面を蹴った。
シカの足はあまりにも速い。すでに二人の姿はない。
本当は魔術を使って追いかけたいが、地下道から出ると人の目がある。
セノがこのまま遠くに行って戻ってこないのではないか――。そんな不安を胸に抱えたまま、ナツメは髪を揺らしながら、がむしゃらに走った。
◇◇◇
校内の片隅。
新緑の若々しい葉があちこちでしなやかに揺らめいている。
その中、ある木のてっぺんにある二枚の葉が小刻みに踊っているようだった。
その木の陰に、明らかに場違いなシカがいた。
あくびをしながら、のんびりと寝そべっていた。
セノが近くに居ると確信し、ナツメは足音を立てずに早足で歩み寄る。
すると、そこにはセノ以外にもう一人居た。
新学長、リンモルト。
威厳の塊のような彼が、今は木に背中をもたれ、足を投げ出し、心地よさそうにまどろんでいる。
その腹の前には、当たり前のような顔をしてセノが収まっていた。
ナツメはセノの腕を掴む。
「セノ」
セノはナツメの方を見ようともしない。
リンモルトのローブをぎゅっと掴んで動こうとしない。
主の気配を察してか、寝そべっていたシカくんがスッと起き上がった。
セノを見守るようにナツメをじっと見据え、警戒態勢に入る。
「まあまあ、ナツメ先生。そう急ぐな……」
不意に、リンモルトが薄目を開けた。
かろうじて聞き取れるくらいのムニャムニャとした声。
そこには以前はあった威厳など全く無かった。
ナツメは拍子抜けしながらも、辺りをゆっくりと見回してから、セノに問いかけた。
「セノ? 説明してもらえるかな?」
「まず、そのシカ。どうしたの?」
「シカくんは、召喚獣です」
セノは眩しそうに正面を見つめたまま、即答した。
「……召喚魔法は高等科の、しかも難関の集中選択科目なんだけど?」
「ナツメ、詳しいね。一人で寂しいから召喚してみました」
「……」
強気な口調とは裏腹に、セノは時折、まぶたを閉じては、片目だけを開けてナツメの顔色を伺おうとしている。
たしかに最近、セノを放置していたのでそれを言われると何も言えなくなる……。
ダメだ……この感じで全部乗り切ろうとするつもりだ。
ここで一番重要なことを確認する。
「セノ、さっき、転移したよね?」
「転移じゃないよ。シカくんが、頑張りました」
セノの言葉に合わせるように、シカくんが「その通り」と言わんばかりに、胸を張ったように見える。
ナツメは右手を額に当て、目を閉じた。
片方のこめかみの奥がズキッとした気がする。
「転移を使いすぎると、大きくなれないよ」
「ん……? そういうこと?」
ポカンとするセノに、ナツメは独り言のようにつぶやいた。
「あと、シカくん。座ってオシッコしてるから、『シカちゃん』ね」
その言葉を聞いた瞬間、セノは勢いよく振り返った。
シカくんの目をじーーっと見つめる。
「シカくんだよ」
セノはシカくんの目の動きで了承を得たかのように自信満々に答えた。




