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魔術師セノ  作者: 森山すぱこ。
セノの夏休み
38/55

雪の中の工房


一面の銀世界の中、注意深く目を凝らすと、不自然に盛り上がった場所がある。

そこは、魔術の要となる魔法紙を作る工房。


工房内では、四十人ほどの大人たちが忙しなく働いている。

その活気あふれる空間の、出入り口に近い隅っこ。

そこに混じって、一人の少女が手を動かしていた。


モリサ、十歳。

この工房へやってきて、二ヶ月が経つ。



工房では、絶えず水と木の音が響いている。


バシャー、バシャー。

藻がゆらゆらと漂う水槽の水を、勢いよく掻き上げる音。


ザッ、ザッ。

葦のスダレを振り、手際よく水を切る音。


大人たちに混じり、モリサだけは足元の盛り土に乗って作業をしていた。

小さな手でスダレを操り、水の中の繊維を均一な厚さへと慎重に整えていく。

最後に、自分の目線の高さまで持ち上げて、ムラがないかを確認する。


確認が終わったスダレを背後に積み上げていった。




積み上がったスダレが背丈と同じくらいになると、次の作業に入る。

モリサはスダレが積まれた台車を押して、隣にある乾燥室へと向かった。


そこは指先が一瞬で凍えてしまいそうになるくらい寒い。

かじかみそうになる指先に息を吹きかけ、モリサは作業を急ぐ。

斜めに立てかけられた大板に、藻がついた面を伏せて、スダレを一枚ずつ置いていく。

すべてを並べ終えてから、今度は藻の角を指先で押さえ、ゆっくりスダレだけをはがしていく。


そして再び、スダレを抱えて、あの水槽へと戻る。


水に漂う藻をすくって、板に貼る。

ただそれだけの繰り返し。

モリサは今日も黙々と白い息を吐きながら、魔法紙を紡ぎ続けている。



◇◇◇



魔法紙工房の小山のてっぺん。

雪が小刻みに震える。


パカッ


フタが開いて、パンを咥えたモリサがひょこっと顔を出した。

モリサはフタの上の雪を手で払うと、フタを元に戻して、その上に座った。


鉛色の雲のせいで昼なのに暗い。おまけに雪もちらついている。

目を細めて、恨めしそうに空を見つめる。

咥えていたパンを半分にちぎって、口の中に頬張った。

不貞腐れたように乱雑に咀嚼する。


肩が冷たくなってきた。

そろそろ中に戻ろうと立ち上がると、横を向いた時に影が駆け抜けていくのが見えた。


急いで残りのパンを頬張る。

さらに上着の前ポケットから紙に包まれた魚のフライを取り出した。


その動く影が自分を探しにやってきたペゴだと思って両手で手を振ってみた。

もちろん、何の反応もない。


おなかに野菜がいっぱい詰まった魚のフライを一度に口に入れようとしたが、大きすぎて入らない。

野菜が口元からこぼれる。

ようやく魚のフライを食べ終えると、まだ動いている影に向かって声を上げた。


「ペゴォォォォォッ!」


満足したモリサはフタを開けて降りて行った。



◇◇◇



ソリを引く二頭のオオカミは、脚の運びをピタリと揃え雪原を駆け抜ける。

吐き出された息はもわっと白い霧になり、置き去りにされていく。

無駄のない、その脚の運びは雪を蹴るというより、氷の表面を滑るような動きに変わっていた。


ザザーッ!


キヴァスは引きつった顔で、必死に手綱を握る。

しかし、追っている影との距離は縮まるどころか、雪の中に溶けて見失っていた。


キヴァスは影を追うのをあきらめ、手綱を引いた。

シュルルルッと、雪のしぶきが激しく舞い上がる。

舞い降りる雪がさらに視界を悪くさせ、影の足跡さえも消してしまった。


キヴァスは勢いよくソリから飛び降りようとした。

だが、その左手は不自然に引き戻される。

シヴの右手とつながっているせいで、互いの腕がピンと張ってしまったのだ。


「おい、影の足跡を探す」


シヴが面倒くさそうに眉を寄せ、小さく首を傾げる。

右に腰をずらしてソリを降りると、キヴァスの後を追うようについていった。


しばらく歩いた先に、点々と続く蹄の跡があった。

二人はしばらく、その痕跡の隣にザクッ、ザクッとしっかりとした足跡を残していく。


――唐突に蹄の跡は途絶えた。

そこから先は、何も描かれていない真っ白なキャンバス。


キヴァスは周囲を鋭く見渡したが、風に舞う雪の他に、動くものは何一つなかった。



◇◇◇



魔術教室一階。

静かな教室に、突如として聞きなれない音が響いた。


カタッ――


石床を硬い蹄が叩く、乾いた音。


帳簿をつけていたナツメの手が止まる。

ゆっくりと顔を上げ、眼前の光景に息を呑んだ。


左手のすぐそば。

季節外れの雪を全身に纏った一頭のシカが前をまっすぐ見つめ、凛として佇んでいた。

その背には、頭巾に雪を乗せ、頬を赤らめたセノが何かをやり遂げた感いっぱいの表情を浮かべている。


「…………」

「…………」


二人の視線は交わらない。

セノの肩から、溶けかけた雪がパサッと床に落ちた。


「ぁ……」


セノはナツメと目を合わせることなく、慌てて地下への移動棒へと手を伸ばす。

その指先が木製の支柱――移動棒に触れた。


「セ……セノ! 待って!」


ナツメの鋭い制止よりも早く、

セノたちは吸い込まれるように地下へと消えていった。


あとには四つの濡れた蹄の跡が、主を探すかのようにじわっと滲んでいた。


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