セノ、雪原での隠し事
曇り空、かすかに雪が舞う雪原の中に小さく動く影があった。
セノが雪の中で嬉しそうにもがいている。
キュッキュッ。
雪の上にようやく出てきたセノは、大の字になって、満足げに空を仰ぐ。
空を埋め尽くす鉛色の雲に抗議するかのように、グーパー、グーパーを繰り返した。
その小さな口から、もわっと白い吐息が旅立った。
白い吐息が立ち上るにつれ、セノはみるみる小さくなっていく。
やがて、広大などんよりした雪原の中に紛れ、見分けがつかなくなった。
◇◇◇
セノは、自分の体くらいある大きな袋を「おいちょ、おいちょ」と両手で引きずり出す。
立ち上がり、セノは一周まわって周囲を見渡す。
視界の先にあるのは、どの方向もどこまでも続く白だけ。
ぱらぱらと舞い落ちる雪。その積もる音さえ聞こえてきそうな、満たされた静寂。
そこへ――。
ザッ、ザッ、ザッ!
雪の中を力強く蹴立てる足音が響いた。
それは、セノに湧いていた孤独を打ち消すように、一直線にこちらへ向かってくる。
現れたのは、すらっとした一頭の大人のシカだった。
シカはセノには目もくれず、そのまま、大きな袋に顔ごとダイブした。
袋の中にありつこうと、シカは口で器用に開いて、顔を袋の中に突っ込んだ。
唖然としてシカの動きを見つめるセノ。
シャクシャクと咀嚼する音だけが聞こえる。
セノはシカの後ろ脚の毛並みをなぞりながら、シカの食べっぷりをその音で感じていた。
やがて満足したのか、シカは口の周りについた食べ残しをつけたまま、ふいっと踵を返してどこかへ去ろうとする。
「ねぇ、今日は乗せてくれないの?」
セノがあわてて背中に向かって声をかける。
シカは二、三歩足を進めた矢先、ゆっくりと足を止め、めんどくさそうな瞳でセノに振り返った。
「やったぁ!」
セノは、雪に足を取られながら、やっとのことでシカの背中にまたがる。
その首にしがみつき、硬い毛並みにグリグリと顔をうずめた。
次の瞬間、シカは力強く雪を蹴った。
鉛色の空の下、セノを乗せた弾丸はどこまでも続く白の世界をまっすぐ駆け抜けていった。
◇◇◇
キヴァスはソリの手綱を握り、シヴはその隣でいつものように、ただ揺られていた。
「ぁ……」
漏れ出た小さな声に、キヴァスは思わず手綱を引く手を緩めた。
「どうした?」
「あれ……」
シヴの視線の先、舞い散る雪の向こうに、黒い何かが横切っていく。
その輪郭はすぐに白く溶けて消えてしまいそうだった。
「ん?」
視界はあまり良くない。
たしかに目を凝らせば四足の獣が滑るような速さで雪原を駆け抜けているように見える。
「追いかけないの?」
「今度な。あっちの方が速いから、追いつけないよ」
そう言うとキヴァスは進路方向に目線を戻した。
シヴは最後まで雪原を滑走する何かを目で追っている。
「人が乗ってる……」
それを聞いて、キヴァスはあわてて進路を変えた。




