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賢者様への判決


「コツ、コツ、コツ」


教官棟一階の廊下に乾いた靴音が響く。

それは、そのキレッキレの靴音からは想像できない二人の老人だった。

物腰、言葉使いなど、どれを見ても現役さながら。


二人の老人は薄く黄色い法衣に身を包み、その片手には鈍い光を放つ分厚い本。

背表紙には銀色の細いペンが一本、小さいナイフのように差し込まれている。


ナツメを先頭に魔術教室に入っていく。

二人の老人は魔術教室に入るなり、いぶかしげに中を見渡す。

「この狭い部屋でやるのか」と戸惑うような表情だ。

それを察したのか、ナツメが声をかけた。


「いえ、二階に移動します」


案内役のナツメが、部屋の隅に折りたたまれていた木箱を開いて置いた。

二人の老人は木箱を見て、鼻を伸ばし「?」のような表情で止まる。


ナツメの「どうぞ」という声に二人は、示し合わせたように同時にその木箱へと足を踏み入れた。


入るには入った。だが、当然ながら距離は近い。

互いの鼻息がかかりそうな距離で向かい合い、双方わずかに顔をしかめる。


「これに入らねばニタニルのもとへ行けんのか?」

「はい。ニタニルが簡単に逃げられないようにしてます」

「なるほど……」


審問官の一人が、不快そうに口を歪めながら木箱のへりを指先でいじくる。

ナツメが移動棒に触れると、二階へと消えて行った。


到着するやいなや、外に出ようとする二人。


「まだです」


ナツメが慌てて止める。

さらに三階への移動棒にナツメが触れる。


三階ではすでにニタニルをはじめ、セノの父であるヴェラルドがトーノとともに座して待っていた。



それから、二人の老人――審問官によるニタニルとヴェラルドの聴取が始まった。

ニタニルとヴェラルドの二人が行った事について、審問官たちはパズルのピースを針の先で埋めていくような緻密さで事細かに確認していく。


その聴取は、日を改めて三度も行われた。

そして三度目の最後、静寂が支配する部屋で、ついにニタニルへの判決が下された。


「金貨、九百万枚」



審問官が軽くささやくように言った。

それが、ニタニルがこれから国に返さなければならない賠償額だった。


ニタニルの年収が金貨一万枚であることを考えれば、それはもはや冗談にすらならない途方もない金額。

これを払い終えるまで、牢から出ることは許されない。事実上の終身刑。


「九百万枚? それは私に対する賠償かね?」


ニタニルははっきり、もう一度言えと耳に手を当ててから、言った。

審問官の一人は声も出さず、ニタニルに対して消えろと言わんばかりに右手を払った。


ニタニルは自分のこめかみを指先でちょんちょんとする。


「正気か、君たちは。頭の中でも見てもらえ。そんな端金、私が本来の地位に戻れば、すぐに捻り出せる」


さらに、ニタニルは苛立ちを隠そうともせず、二人の審問官を煽るように続ける。


「いいか、よく聞け。私をこんな掃き溜めに閉じ込めておくこと自体が……私にしかできないことがある! それを理解していないのか!」


ニタニルは話す途中で、トーノに引きずられるように奥の自分の部屋につれて行かれる。

目を閉じ、黙って聞いていた審問官たち。


「それが判決を聞いての反省の弁かね?」


それを聞いた別の審問官がその審問官の肩に手を置く。

肩に手を置かれた審問官は下唇を舌で前に押し出すと、目を伏せた。


部屋に戻ったニタニルは魔術の基本が書かれた紙を跡形がなくなるまで破り捨てた。



◇◇◇



ヴェラルドは教室二階の窓際に設けられたカウンタで静かに待っていた。

薄い灰色の陶器に入ったお茶を飲みながら、窓越しに広がる森や湖を眺めていた。

久しぶりに会う息子を待っていた。




セノがやってきた。

父の背中を見つけた瞬間、セノの笑顔が消え、思わず声を出した。


「父上……」


セノは腰を屈めて身構えた。

セノの声に、ヴェラルドがゆっくりと振り返る。

一歩、また一歩と近づいてくる父に、セノはたまらず後ずさりした。


だが、父の歩みの方が早い。

逃げ場を失うより先に、ヴェラルドの大きな手がセノの顎に添えられた。


ぐい、と顔を上向かせられ、セノは父の眼光を真っ向から受ける。

ヴェラルドは低く、うねるような声で言った。


「魔法使いになるには――あと何年かかる?」


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