涙の行方
漆黒の大地で骸骨紳士の頬を伝った幻の涙。
それは魔龍の遺志に触れた、魂の震えだった。
ナツメは何も言わず、骸骨紳士の気持ちが静まるのをただ待っていた――
その静寂を破ったのは、骸骨紳士自身の困惑した声だった。
「ナツメ。少しだけ、マズいことになった……」
ナツメが顔を向けると、骸骨紳士はその骸骨をガクッ、ガクッと下向きにし、それからグイッとナツメと視線を合わせた。
その姿が、陽炎のようにゆらりと揺れる。
「ノノアの体から、出られなくなった」
「はい?」
ナツメの短い困惑の声が、漆黒の大地に虚しく響いた。
感極まって流した涙――それは魂の雫。
あふれ出した骸骨紳士の感情が、依代であるノノアの魂と、予期せぬ形で癒着してしまったのだ。
そして、その雫は、誰も予想しない方向に流れていく。
◇◇◇
魔法学校の学長室にて。
「ほう、予定より随分と早いではないか。首尾よくいったようだな」
椅子に深く腰掛けた学長が、目を細めて二人を迎えた。
本来なら数日はかかるはずの行程。
それを、ほぼ完全復活を遂げた骸骨紳士の転移魔法で一瞬で帰還したのだから、驚くのも無理はない。
だが、報告に訪れたナツメの表情は、どこまでも沈んでいた。
「失敗しました……」
「ん? 失敗? ノノアくんは元気そうだが」
学長が指差す先。そこには、以前よりも肌艶がよく、健康そうに佇むノノアの姿があった。
しかし、ナツメは力なく首を横に振る。
「いいえ。これはノノアではありません」
「……何?」
学長は立ち上がり、ノノアを頭の先からつま先まで、ゆっくりと凝視した。
どこからどう見ても、ノノアである。
「んー、どう見てもノノアくんだろう。何が問題なのだ?」
「ノノアの意識が戻らないんです。今は骸骨紳士の意識しかありません」
「うっ……どうして、そうなった…………」
ナツメは淡々と、しかし内心の冷や汗を隠しきれない様子で説明した。
骸骨紳士が感動のあまり涙を流し、その拍子に魂の一部が癒着したこと。
そして、強大すぎる骸骨紳士の存在感に押され、ノノアの意識が奥底に沈んでしまったことを。
学長は再びノノアの顔を、至近距離でのぞき込んだ。
ノノアは、まばたき一つせず、無表情で学長を見返している。
「………………」
「………………」
沈黙が流れる。
やがて、学長は顎に手を当ててポツリと漏らした。
「ふむ……。喋らなければ、バレなそうだな」
「何を言ってるんですか学長! まさか、このまま家に帰すつもりですか!?」
ナツメは至極真っ当な指摘をする。
骸骨紳士という「歩く災厄」を、少女の姿で世に放つなど正気の沙汰ではない。
「せめて! ノノアの意識が戻るまでは、学校で預かるべきかと……」
「よいではないか。中身はあの不死王だぞ? 適当にうまくやるだろ」
学長の適当すぎる太鼓判に、ノノアの首がありえない速度で、左右に振れる。
中身の骸骨紳士が、全力で拒否の意思表示をしていた。




