虹色の改名式典
「学長。この度は娘のノンが、多大なる迷惑を……」
講堂に足を踏み入れるなり、フォトリナは深く頭を下げた。
その瞳には、落ち着いた佇まいとは裏腹に、娘の不手際を心から謝罪する切実な色が滲んでいる。
その性格は、間違いなく娘――ノンのルーツだった。
学長は、言葉を重ねようとする彼女を手で制した。
「いやいや、ノンちゃんは何も悪いことはしていませんよ。謝らないでください。それよりもフォトリナ様にお願いがありまして……」
◇◇◇
講堂の最後部。テノルドは鋭い視線で周囲を観察していた。
すでに廃れつつある進学時の改名。
本来なら、本人に新しい名前を聞くだけだ。
これほど盛大に行う意図が、テノルドはわからなかった。
それよりもだ。まだ始まってないのに、この演出。
どういう仕掛けが、全くわからない。
誰が、どこで、どのタイミングで魔術を使っているのか――
(自分も数年後には、この域に達することができるのだろうか……)
胸の内に、小さな不安が澱のように溜まっていった。
◇◇◇
昼食の時間。
魔法学校の講堂は美しい光景に包まれていた。
視界を埋め尽くすのは、いくつもの透き通った虹色の球体。
シャボン玉のように儚く、生まれては消え、また生まれては消える。
ゆっくりと浮かんでは沈む虹色の群れが、講堂の空間を静かに満たしていた。
壇上では、調理のショーが始まっている。
素材が、炎が、まるで意志を持つかのように宙を舞う。
一人分の紙バケットに、手際よく料理が詰められ、封がされていく。
出来上がったばかりの温もりは、ナツメとトーノの手によって、観客たち一人一人へと手渡される。
そして、学長がフォトリナに視線で合図を送る。
かつて「光の祈祷師」と呼ばれた彼女が、そっと指先に灯した光を壇上に着地するようにそっと投げる。
すると、漂っていた球体たちが、中央の壇上を軸に緩やかな渦を巻き始めた――
光をこぼしながら、渦は密度を増し、そして――静かに霧散した。
そこには、虹色の大きな球体にそれぞれ包まれた主役の二人が立っていた。
主役の二人は瞬きを忘れたように固まっている――
学長の穏やかな声が、静まり返った講堂に響く。
「それでは、二人の新しい名前を発表します」
「まずはセノくん。新しい名前を」
「……セ、セノルです」
虹色の球体がはじけ、セノルが姿を現す。
さらに学長は続ける。
「つづいてノンちゃん。新しい名前を」
「ノノアにします」
同じように虹色の球体がはじけ、ノノアが姿を現した。
二文字だった幼名に、終わりが告げられた。
セノルとノノア。
新しい名前を決めた二人は、周囲を小さな無数の虹色の球体に包まれ、自分たちの新しい輪郭を噛みしめるように立っていた。
「写真を撮るから、そのまま二人は動かないでね」
学長の合図で、ナツメが写真の魔術を起動させる。
虹色の光に包まれた、新しい二人の記念写真。
ノノアの肩には、誰にも気づかれぬまま、あの不気味な黒い石も写り込んでいた。
記念撮影が終わり、祝宴へと移る。
講堂内を空飛ぶ絨毯が舞い、その上で食事が始まった。
周囲から虹色の球体が多数浮かんできている。
トーノの制止も聞かず、テノルドはうっかり立ってしまった。
セノルも同じく、ナツメにさっきの魔術について詳細を聞こうとガマンできず立ち上がってしまった。
同じタイミングで二人が立ち上がったため、絨毯のバランスが崩れ、ゆるやかに傾いて下っている。
「ちょっと二人とも動かないで! そのまま、ゆっくり座って!」
トーノはテノルドとセノルを静止させ、自身でバランスを取って絨毯が下っていくのを止めようとする。
そのトーノの足裏をつんつんするセノル。
「セノ……」
「セノルだよぉ」
「セノル……やめて……」
「わかった」
※ セノはセノルに改名しましたが、以降もセノで通します。ただ、ノンはノノアになります。
◇◇◇
華やかな祝いが終わり、日が暮れかけた頃。
講堂の空気は、一転、冷たく凍てついていた。
虹色の球体は、もう一つも残っていない。
静まり返った講堂。
裏手が開かれる音とともにトーノの横に並んでニタニルが堂々と入ってきた。
ひさしぶりの外で少し気が大きくなっているのか、ニタニルの足取りはしっかりしている。
しかし、途中でさすがに事態を把握したニタニル。
再び裏手に必死に戻ろうとする。
それでもトーノに力ずくで引きずられ、壇上に上がらされた。
あれだけ、ふだん饒舌なニタニルが壇上で何も言えず、隙あらば降りようとするが、手綱はしっかりトーノに握られている。
客席に座っているのは、先ほどまでの祝福客ではない。
かつて、賢者ニタニルによって人生を狂わされた被害者たち。
これから始まるのは、祝宴ではない。
「下獄祝い」だ。
ここには微笑む者は一人もいない。
ここから先に起きたことは、あまりに苛烈だ。
ここで語るには、少しばかり詳細に過ぎるだろう……。




