Retaliation
近くで誰かが喋っている。
目を開ける力が出ない、ただ何か暖かく危なげないように感じる。
「Grenja、目を覚ませ」
耳に届く、誰かが声を張り上げている
「誰も私を名前じゃ呼んでくれないよな」
目も開けられないのに相変わらずバカな口だけは動いた。
─────────「Retaliation」─────────────
「よかった、生きている」
先程と違い安堵したようにその人は呟いた。
手を伸ばすと枕のようなものが手に当たった。
どうやら私はベットで寝かされているようだ。
頭が重い。体も思うように動かない。
喉が乾いている。
ゆっくりと目を開ける。
視線を下げると、Beeと白衣を纏った医者のような人間が数人、こちらを見ていた。
Beeの表情は普段と変わらない。穏やかで、読めない。
ただ医者のような男の一人が、明らかに険しい顔でこちらを見ていた。
出来る限りの力で体を起こそうとするが、腕が震えて上手くいかない。
それでも何とか上半身を起こした。
頭の中を整理しようとする。
車に乗って、ピザ屋に押し入って、、それから記憶が途切れ途切れだ。
男の声が一段低くなる。
「なぜお前はLozxを殺した」
男の声が静かな部屋に響いた。
殺した?
私が?
どういう状況だ?記憶が上手く繋がらない。
「無視するのか? Bee、やはりこいつは殺すべきだよ。」
男は怒鳴り口調で吐き捨てた。
私はBeeの顔を見た。
彼はこちらを静かに見つめたまま、何も言わない。
その沈黙がとても長く感じた。
「銃の使用経験は?」
数秒してBeeが問いかけた。
使ったことあるわけがない。
日本での発砲なんて馬鹿なのか?
「無い」
何か察したように私に尋ねた。
「やはりそうだ、君はLozxを殺していないんだろう?」
肌寒い部屋の中、言い放つBeeに私はコクリと頷いた。
何も分からないのだから否定することも出来ない。
そんな私を見るなり少し微笑んでから溜息をついた。
白衣を纏った男達が部屋の隅で何か焦ったように会話を続けている。
声が小さく内容は聞こえないが、雰囲気だけで穏やかでないことは分かる。
そのうちの一人がBeeのそばに近づき、動揺しながら話しかけた。
「死因が変わった。」
男は声を潜めたが、静かな部屋では十分聞こえた。
「俺ら殺されるかもしれない。」
Beeの表情が少し険しくなる。
普段の穏やかさが僅かに崩れた瞬間だった。
しばらく沈黙してから、Beeは返事をした。
「分かっているよ。私たちが思っているよりも事態は深刻だね。」
何か一段空気が変わったような気がした。
殺される、、なんの事だろうか。
死因が変わったとはどういう意味だ。
私が意識を失っている間に何かが起きたのか。
もしかして記憶の無い所で私は何かしてしまったのではないか。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
Beeがこちらを見た。
その目には珍しく、何か迷っているような色があった。
Beeは携帯片手に歩いて行った。
厚いカーテン越しに何かを話している。
耳を澄ますが綺麗に聞こえるわけではない。
「ああ、そうだ。」
「─────も調べようと思ったが────が半壊だ」
「そう、例の奴だよ。────を殺した犯人の、」
「───さえ分かればなー、勝算があるかもしれないけどな」
途切れ途切れで良く聞こえない。
ただBeeも微かに動揺しているように思えた。
今の状況は分からない。分からないが今までと比にならないほどに物騒な何かが起こっていると、そう感じた。
しばらくして、Beeがカーテンの向こうから戻ってきた。
携帯をポケットに収め、こちらを一瞥する。
「起きられるか?」
「、、なんとか。」
体に力が戻ってきているとは言い難いが、さっきよりはマシだ。
Beeは白衣の男たちに何か短く指示を出した。
男たちは頷き、颯爽と部屋を出ていく。
部屋に二人だけが残った。
「ここにいるのは危険だ。」
Beeは静かに、ただはっきりと言った。
湿った空気が肌を掠める。
「移動できるうちに動いた方が良い。」
「どこに?」
「先程君が居た家があるだろう、まずはそこに移動する」
それだけ言うと、Beeは私が立ち上がるのを待った。
手を貸そうとする素振りはない。ただ静かに待っている。
ベッドの端に手をつき、ゆっくりと足を床におろす。
立ち上がると軽い目眩がした。
廊下に出ると、さっきまでいた医者たちの姿はなかった。
人の気配が消えた建物はやけに静かだ。
Beeは前を歩く。振り返らない。
外に出ると、見慣れない路地だった。
細い道の先に一台の車が停まっている。
「乗れ。」
蝋色の艶が響く車には先ほどの男性が覗かせていた。
手をかけ乗り込むと後からBeeも車内に入りドアを閉めた。何か嫌な空気が漂っていた。
男が行き先を尋ねると隣からすぐに声が聞こえた
「ホテルコンフリクトの前に駐めてくれ」
「慌て具合からして、何か相当な事が起きているだな」
落ち着いて話す男にBeeは少し睨んだ。
ピザ屋の時とは違う運転手だ。
車がエンジンをかけて走り出す。
行きと違って全く眠気は無い、眠気といえば今日はずっと寝ている。それが今日なのかはわからないがとにかく短期間で寝ている時間の割合が多いのは確かだ。
日付を表すものなんてのは何もない。外は明るいがそれがいつの朝なのか、昼なのかというのは見当もつかない。
少し気になるがそんなこと聞寝かされていたのか
別に気にしていなかった。そける雰囲気でもないな。
そういえば私はなぜベットでれよりも私への殺害疑惑や今の「事態」とやらばかりを気にしていた。
「今ピザ屋はどうなってるんすか?」
Beeに尋ねた。
彼はもどかしそうに聞き返す。
「何か思い出したのか?」
「いや、何も、、ピザ屋に入ってから記憶が無い」
「そうか、建物は半壊だ。Lozxのシェルターは生きていたが頭部と腹部に弾が入ったLozxとぶっ倒れた君しか見つからないし最悪だよ。」
「日本でハジキを使うなんておめでたい奴だよな、銃の密輸なんて苦労しただろうに。
よっぽどの馬鹿なのか、それか日本人じゃねえとかな」
「自殺の可能性もあるのに直ぐに他殺だと判断できるのか、にしても少しくらい犯人の顔や声は見ていないのか?君が潜入していた時刻とそいつがいた時刻は重なっている筈だが」
会話を聞いていた運転手の男は少しほくそ笑んだ。
こんな状況で何を考えているのだろうか
色々と話について行けない。
今何が起きているのか、いや何が起きたのか、私には見当もつかない。
少しでもピザ屋での記憶を思い出せれば現状がマシになるのかもしれない。
窓を眺めると全てが始まった日を思い出す。
12時半、確かその日は兄が死んでから丁度二年後だ。
安定して暮らせるくらいの金はあったがハロワにでも行こうかと悩んでいた所、突然一件の通知が来る。
件名はもう覚えていない、大したものではなかったのだろう。
確か何か花の名前が書かれていた記憶がある。
出来る限りの力を使ってLozxについて調べたが情報は無い、あっけなく死んでしまったからもうどうでも良いけれど。
その次の日は何をした?
原宿行って、図書館行って、歌舞伎町に行って、、
今思えば嫌なほどに密度の高い一日だよな。ただ食って寝る私の生活とは思えないようで。
全てが終わったら何をしよう?
私は今まで何もかもを蔑ろにしただタスクに追われるだけの生活を送っていた。
なら一息ついて、久しぶりにカフェにでも行って、、それまで私が生きていられるのか怪しいが。
それからは好きなことをしよう。一日中遊んで、心から幸せだと感じられるような日々を送ろう。
その為に今の私は何が出来る?
「追手が来ました、目的地到着まであと3分です。着いた所で襲われるでしょうけどどうします?」
運転手の声が車に響いている
後ろを確認するが見える範囲で敵がいるとは思えない。
ただそれでも無音の車内は何か緊迫感を感じさせる。
「Grenjaを連れて避難していてくれ、私に考えがある。」
そう言うとBeeは車を降りて行ってしまった。
車内には私と運転手の二人だけ。
歌舞伎町の夜のようにまた裏切られるのではないかと考えるとすこし背中がゾワっとする。
到着してから襲われたらどうしようか、格闘技経験は愚か碌に喧嘩だってしたことが無い。そもそも素手で太刀打ちできる相手であるとは考えづらい。
パイプで頭ガーンとかやってみたいがあたふたしている間に殺されるだろう。
車内は激しく揺れている。
ただ少しすると大きい音と共にピタリと止まった。
「到着しました。」
私がドアを開けると運転手は続ける
「409号室ですよね、万が一の事態に備え私はここで待機しておきます。部屋まで短い距離ですが敵への警戒は忘れないでください、それではご武運を。」
そう言うと運転手はまた車の中に戻ってしまった。
出来る限り早く足を動かし、部屋を目指して走る。
コンクリートに囲まれた階段は、先ほどとは違った雰囲気を醸し出している。
409、409、どこだろう。
4階に着いて401,402と数字が流れていく。
403、404、405。
足音が廊下に響く。
406、407。
角を曲がる。
408、そして。
409。
急いでノブに手をかける。
手が微かに震えている。息が上がっている。
部屋はさっきと同じで少し安心する。
片せていないマグカップからは未だにコーヒーの香りが漂っている。
良かった、まだそこまで時間は経っていない。
ふと思い出したようにPCを開いた。
「Project Grenja」クラッカー向けの掲示板開発プロジェクト。
もしかしてここなら奴の情報の手掛かりがあるかもしれない。
「死因が変わる」「銃を使う」と特徴的だ。
そうと決まればスレッドを立ち上げる。
「誰かこの人物を知らないか」と。
運営によるスレ立てと言うことで以外にも直ぐにメッセージが書き込まれた。
ただそれは言葉でも画像でもない、絵文字だった。
1つ、また1つとその絵文字は投稿されていく。
気味が悪い、乗っ取りなのかスパムなのか、、
白い花の絵文字。
興味本位で絵文字を検索するが出てきたのは普通の花の名前。
「ヤドキリソウ」
どんな花なのだろうか?
マウスカーソルを「画像」欄に合わせてクリックする。
そうすると薄く可憐な花の画像が表示される。
その時、私は何かを思い出したような気がした。
Lozxを殺した犯人、それは256だ。
私が廊下を走っていると彼はLozxの頭に銃口を向け、引き金を引いた。
あの時廊下には確かに白い花が咲いていた。
花との関係は分からない、ただ私は彼の顔や声を確かに覚えている。
ドアを蹴り開け階段を下る。
一刻も早くBeeに伝えなければならない。
エントランスからはあの黒い車がしっかりと目に入る。
まだ運転手はいる。それならBeeの場所も分かるかもしれない。
車の窓を割るような勢いで叩く。
早く、早く出てくれ。
少ししてドアが開く。
「何があったんですか?」
先程同様落ち着いて尋ねる運転手を遮る。
「Lozxを殺した犯人が分かった、Beeの元へ連れて行ってくれ」
そうすると運転手は少し呆れたようにエンジンをかけた。
「早く乗ってください」
その言葉と同時に車に乗り込んだ。
車が動き出す。
先程よりも早く車は揺れている。
256、256。
金髪でいつも人を見下すような目で見ている。
1秒、2秒、少しでも早く着いてくれ。
信号が赤になる。
それでも車は走り続ける。
運転手は無言だ。ハンドルを握ったまま前を向いている。
大通りを抜け、細い道へ入る。
見覚えのある景色だ。
さっきBeeと車を降りた場所に近い。
そうすると車は止まった。
車から出て周りを見ると3人が倒れていて、ただ一人Beeが少し血を流して立っている。
「Lozxを殺した犯人が分かった」
そう言うとBeeは食い気味にこちらを向く。
「256だ、Orca256。Lozxと一緒に居た、、分かるだろ?」
そうするとBeeは何かこちらを睨んだ。
「誰だそいつは。」
その言葉に少し動揺した。
「Orcaメンバーのあいつだよ、茶髪で、黒い服を着ていて、、」
Beeの表情は変わらなかった。
「私が一度でもそいつの事を話したことがあるか?そんな奴は知らない。」
、、?
私はその場に立ち尽くした。
ただ小さくBeeの舌打ちが聞こえた。




