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Suffocation

部屋を見渡す。広くも狭くもない、普通のマンションだ。

観葉植物が一つ、本棚が一つ。本棚の背表紙は几帳面に揃えられている。


どこをどう見ても普通だった。

こいつが本当にBeeなのだろうか?


「疑っているのが顔に出てるよ。」

男はカップを二つ持ってこちらに歩いてきた。


「Orca.Bだ。よろしく、Grenja君。」


─────────「Suffocation」─────────────


Beeは珈琲の入ったマグカップを私に握らせ、口を開いた。

「ゆっくりコーヒーでも飲んで話をしよう、と言いたい処だが、、

 生憎私や君には時間がないだろう?」


私が頷くと、彼は問いかけた。

「君は何をしたい?何のためにここに来たんだ?」


あの時256も同じ質問した。

理由なんてない、特定なんてしたって無意味かもしれないのに。

暇だった、それだけだ。


「金が欲しい、それも新たな人生を歩める程の」


そう答えた、というか口が動いてしまった。

これが本音だ。 私はもうあの生活に飽きていたんだ。


そう言うと彼は少し口籠った。

私が顔色を伺おうとすると、彼は微笑んだ。


「ああそうか。」


Beeは穏やかに答えた。

それから少し間が空いて、彼が口を開いた。


「取引をしないか?」


唐突だな。

聞き返すと彼はすぐに返事をした。


「要求はOrcaDBの完全封鎖だ、こちらは君の言う"新たな人生"を差し出す。

 まあそう言っても帰る宛ても無いのだろう。

 3日だ、3日間この部屋を貸し出す。猶予はその3日間だ」


3日間でOrcaDBの封鎖? いや普通に考えて不可能だ。

Beeが運営しているのならばわざわざ私にやらせる必要はない。

もし私にやらせるとしたら3日は短すぎる。


「それと、、」

沈黙が数秒続いた後だった。


「コーヒーはブラックで良かったか?砂糖やミルクが欲しいのなら言ってくれ。」


この人は何を言っているんだ。 私はキョトンとした。

OrcaDBの封鎖や膨大な資金なんて話が出ているのに、コーヒーの好みを聞いている余裕があるのだろうか?

益々Beeという人物が不思議に思えてくる。


カップを置いてから、私は聞き返した、取引の事だ。

「具体的にどうやって私はOrcaDBを封鎖すればいい?」


Beeはすぐに返事をした。

「他の管理者が所有するバックアップキーを上書きすれば良い。」


彼は続けた。

「管理者と言っても、日本の奴だけだ。『Lozx』,『Alpha』,『512』

 Lozxはピザ屋の地下、Alphaはそこにある座標だ。512は、、君の実家に行けば分かるだろう。

 キーの上書きは潜入して直接が楽だ。」

「Lozxに関しては、君が潜入してから15分丁度に出られるよう応援を呼ぶ。」


私が首をかしげると、彼は何かを察したように言葉を付け足した。


「そういえばAlphaと512について説明をしていなかったな。」

「情報が正しければ512は君の兄だ、Alphaは私のプロジェクト仲間だと思ってもらえればありがたい。」


私は咄嗟に呟いた。

「もう兄貴は死んでるんだよ」


どいつもこいつも死んだ兄の話ばかりだ。

あいつが何をしたって言うんだよ。


私が動揺交じりに返すとBeeも返答をした。

「分かっている、私も残念に思っているよ。

 彼には生前、管理者キーの一つを預けていた。

 家族には話さないよう頼んでいたから君が知らないのも当然だ。

 ただそのキーがまだ実家に残っているはずだ。申し訳ないが上書きを頼みたい。」


コミュニティの封鎖だの言っておいて結局因縁話か?

人を何だと思っている。


理解できたようで実際理解しているかというと微妙だが、とりあえず今は"やるしかない"という事だけを感じた。

「分かった」とだけ返事をし話を終わらせた。


長い沈黙が続き、彼は私に一枚の紙を差し出した。

「名刺だ、受け取っておけ。」


私は静かに頷き彼から紙を受け取った。

乾いた空気の中、ただコーヒーの香りが部屋に広がっている。


彼は椅子から降り、ではこれでと言わんばかりに部屋を出た。

ドア越しにエレベーターの音が聞こえる。


何をしようか? 

今出来る事、、。

部屋にはPC、ベット、マグカップと本棚、あとは観葉植物だ。

壁を眺めるといくつかの付箋が貼ってあり、座標が書いてある。

窓からは日が差し込んでいる。


窓から外を眺めるとBeeが車に乗ろうとしている。

まだ聞いていないことが多い。


「おい、Bee」


窓を開けて叫んだ。

彼は振り向きこちらを見つめる。

「取引についてはPCを見ろ」

耳に届き窓を閉める。


というか私はまだ取引をするとは言っていない、なぜ取引前提でご丁寧にガイドを作ってるんだ。

PCを開くと自動で取引用の資料が表示された。


資料には目次。「概要」「取引の詳細」「座標一覧」

付箋は必要だったのか?わざわざ資料に座標一覧があるのなら付箋を貼る必要はないだろう。


とりあえず資料を読もう、何かあるかもしれない。


概要、取引の詳細 クリックして文章を読むがなんというか、、薄い。

口頭でまとめられたのではないか?几帳面が故の空回りだろうか。


少し気になったとすればLozxについて。さっきBeeが「到着から10分後に応援を呼ぶ」と言っていたが

資料を読むと報告について書かれていない。

まあどうせ監視カメラか何かをハックし到着を伺うのだろうが、USBの件でLozxがカメラを放って置くとは思えない。


そもそもあれはなんだったんだ、

LozxによるOrcaと書かれたUSBにLozxとのチャット。論理クイズか何かか?


シナプスにより次々と他の疑問が浮かんでくる。

beeとのゲームとは何か、停電の必要性はあったのか、結局どこのキャバクラなのか、なぜ私がLozxに狙われているのか。

兄との関係はなんだろう?


目の前の物ばかり追いかけて、私は何かを見失っている。


考えたって仕方が無い、ただ全て何かが引っかかってしまうのだ。

"久しぶり、いや初めましてかな。" 前に会ったことがあるのか?

言われてみれば既視感のある顔かもしれない、 いいやバカな思い込みはよせ、心理バイアスに振り回されてどうする?


「てかそもそもどうやって座標まで行けばいいんだよ、車がないだろ車が。」


溜息混じりに口を開く、そして数秒後PCから音声が流れる

「行きたい時は部屋を出ろ、そしたら車がそちらへ行く」


「はぁ、なんなんだ?」

音声に反応、、なら盗聴器か? それとも監視カメラが設置されているのか

みんな揃って監視ばかり、ヤンデレ彼女かよ。

いつもであればハーレムだと喜べるかもしれないが囲んでいるのは敵になりうる人物だ。


事が上手く進みすぎている、私が悩み数分考えれば答えが出る。

全て計画されていたように。


ゲームなんかにありがちだ、ボタンを押せばストーリーが進む。


もう疲れた。

なぜ私が狙われるんだ。

他の奴を狙えばいいだろ、


部屋の中突っ立ってぐるぐる回っている。

やるせない気持ちの中、座標の書かれた付箋を剥がしてドアを開けた。


無意識でエレベーターは避け、階段で降りる。

わざわざ閉所に行きたくないしな。


鉄筋コンクリートに覆われ肌に冷たい空気が触れる。

ピザ屋の階段とは違った寒気がする。


マンションを出ると確かに一台の車が目に止まる。

車の中には男性が。行きに運転していた方だ。


近づくと男がドアを開ける。

「目的地はどこですか?」そう聞かれた為ピザ屋と答える。

運転手が少し微笑んだように見えた。


運転手が場所を知っているなら尚更付箋も資料も要らないような気がするが、、


車の中に入り椅子へと腰掛ける。

エンジン音が響き車が動き出した。


しばらく何も言葉がなかった。

信号が赤になる度に車が静かに止まる。


外を見ると人々が普通に歩いている。昨日停電があったとは思えないほどだ。

ぼんやりとそれを眺めていると、男が静かに口を開いた。


「もし明日、地球が終わるのなら貴方はどうしますか?」


よくある質問だ、今することかは知らないが。


「いつもと変わり映えのない一日を過ごすと思うよ」

デフォルトの質問にデフォルトで答える

答えてから少しして、また男が私に尋ねる。


「もし明日、あなたに交通手段の無い状態でマンションを中心に直径80kmが消え去るとすればあなたはどうしますか?」


現在時刻が分からないが、スマホ無し地図なしで80kmとなれば、命を懸けても歩きでは逃げられないだろう。

何をしても無駄だと分かって私は死ぬだろうか?

そしてこれは警告か? 停電の次は消滅だと。


「そんなに暗い顔をしないでくださいよ、ただ趣味で聞いているだけです。」

男がそう言った。


Beeならそれも出来るかもしれないというのがとても気持ち悪い。


また数秒が空く。

「Beeに同じ質問をした際、彼は『私は最後まで足掻く』と、そう答えました。

 80kmを一日で移動することは人じゃ不可能です。

 不可能なことを分かりきっているのに無様に足掻くというのは私には理解できません。」


「私は無様でないと思うよ?」

そう答えた。


エンジン音が狭い車の中で鳴り続けている。


こうもボーっとしている間に着いてしまう、今の内に計画を練っておこう。

そもそもこいつとこんな会話をしたところで何の意味があるんだ、全くの無駄だ。


ピザ屋の地下にLozxの拠点であろう所があった。

厨房へ行き木製の扉を開ければ階段がある、データセンターはドアに名前が書いてあると楽だが、地下にあるいくつもの扉の一つであると考えた方が良いだろう。


10分間であれば地下に行くまでの時間をどれだけ短縮できるかに懸かっている、

客として店に入り、強引に厨房から扉へ 先程はドアから出てきた私を職員や厨房の奴らが止めなかった。要するに見て見ぬふりとしているか、口止めされているのか


もしそうなら強引にドアを開ける私に対して攻撃はできないだろう。


渋滞の中、外を眺めるとまた大きく行方不明とポスターが貼ってあった。

ポスターを見ていると少し何かが光ったように感じた


角度を変えると鮮明に、、、 目だ。

ニヒルな笑い その瞳の奥に、針の穴ほどの小さなレンズが光っている。


"監視されている"


その瞬間、街中のポスターが一斉に私を指差し嘲笑っているように感じた。

兄の姿、顔。 死んでも尚私を誘き寄せる為の"罠"として使われているのか?


「到着しましたよ」


男の声が耳へ届く前に私はドアを押し開けていた。


職員を押し切り、厨房へ駆け込む

客は不思議そうにこちらを見つめている。


木製の扉を開き階段を駆ける。


もう何でもよい、ただLozxだけは許さない。

真っ白な頭で冷たい廊下を走り抜ける。


扉が1,2,3,,と無限に並んでいる。

角を曲がると狭い廊下の中、銃声が鳴り響いた。


、、?


茶髪の男、、が拳銃を。

突然の音で何かから目覚めたような気がした。

頭に突き付けていた拳銃を投げ捨て、こちらへ歩いてくる。


私は立ち尽くしていた。


「奇遇だね、今のは見なかったことにしてくれ、君にとってもあのゴミは不要だったろ?」


静寂の中、錆びた金属のような匂いが鼻につく。

体が硬直して動かない。


「それでお客さん、何か求めているならここの物は好きに使っていいよ。

 もう誰の所有物でもないのだから」


男は出口へと通り過ぎた。


重苦しい空気の中、私の目の前には一体の死体が転がっている。


ただ呆然とした。


時計の秒針が1秒1秒の時を刻む音が鮮明に聞こえる。

"私には時間が無いんだ"

無感情のまま、歩き始めた。


男が投げ捨てた銃を拾い上げ、一発の弾丸を死体に撃ち込む。


この世界で、錆びた金属部品なんてすぐに捨てられるのだろう、

何も考えず苦いコーヒーを啜れるバカくらいしか例外はいない


深呼吸し、捜索を再開する。

データ室と言って、なんの手がかりも無いわけではない。

複数の機械が動いているのなら低音が漏れているだろうし、

それだけ重要なシステムが置いてあるのならセキュリティ面には気を遣う筈だ。


わざわざ手前に置くわけもなかろう。


ぶつぶつと呟きながら最奥へ向かって足を動かす。

呼吸、足音、鼓動までもが綺麗に聞こえる。


近くの部屋からパーソナリティの声が聞こえる。


扉を一つ一つ確認しながら進む。

どれも同じ金属製の扉だ。表札も番号もない。


定期的に、警告文? ポスターが貼ってある。

何かの注意書きだろうが読む気にはなれない。


空調の音、どこか遠くの機械音、自分の足音。

角を曲がるたびに廊下が続く。


どこまで続くのだろうか?

まるで出口の無い迷路のようだ。


歩いていると一輪の花が視界に入った。

不思議なことに廊下は所々苔むしていて、雑草が生えている事もある。

湿気ている訳でもなければ、日も当たっていない。


何か寂しげな白い花弁は、薄汚れた空気を浄化してくれるように思えた。


見惚れている間に今を忘れてしまいそうになり、前を向いてまた歩き出す。

無意識ながら足がフラつく。

歩き続けていると、奥が崩れて壁のようになっているのが見えた。

「ようやく最奥か」


手あたり次第、扉のノブに手をかける。

無機質なレンガで囲まれた独房のような場所であったり、私が連れていかれたような部屋だったり。


喉に通る空気が冷たい、

鼓動が早くなるのが聞こえる。


大抵扉を開ければ普通の部屋が広がっているかと思うかもしれないが、ここは特殊だ。

確かに部屋に繋がるが、材質も、構造も何もかもが違う。

端が無かったり、光っていたり。


足元がゆっくりと傾いているような気がする。

壁が呼吸しているように見える。


なんだろう、この場所は。


頭が重い。

思考がまとまらない。


次の扉を開けると、そこには廊下があった。

同じ廊下だ。さっき歩いた廊下と全く同じ。

また同じ廊下。また同じ扉。


ループしているのか、それとも私がループしているのか。


誰かに呼ばれたような気がする。

名前を呼ばれるなんて久しぶりだ。

誰だろう、振り返っても誰もいない。


壁が動いている、閉じ込められるのか?


何かサイレンのような音が聞こえる。

近づいて、遠ざかって、また近づいて。


頭の中で誰かが喋っている。

内容が分からない。


床が柔らかい、吸い込まれそうだ。


いつの間にか座り込んでいた。

とりあえず眠い。

寝よう。







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