128_飛び越える感情
「はい、視線と姿勢は真っ直ぐ、笑顔を忘れないでね。」
はい!!!
「紅茶のゴールデンルールについておさらいです。まず分量は…」
…………
コンヨウさんとエレフさんが『スイートポテト』の製菓講習の最中、わたしはヒヨリさん指導の下、ホール組の皆さんと一緒にウェイトレスさんの講習を受けています。
綺麗に見える歩き方、お客さんに好感を持たれる対応、紅茶の入れ方、トラブルへの対処法、等々。
コンヨウさんの護衛兼補佐官である以上、ブルームーンフォレストのお客様の対応をするのもわたしのお仕事の一つです。
今回の講習はわたしにはどれも必要な知識だと思いました。だからでしょうか。
「パフィちゃんはすごいね~。小っちゃいのにこんなにねっしんで~。」
「えぇ、それに飲み込みも早いです。今すぐにでもウチの戦力として欲しいくらいです。」
「ミミーさん、チュウジさん、ありがとうございます。でもせっかくのお誘いですが、わたしにはやるべき事がありますので。」
わたしは褒められた事に少し表情が緩むのを感じながら、それでも今回の講習で受けた指導の通り、やんわりと笑顔でお断りを入れます。
まぁ、二人が社交辞令で言った事くらい分かりますけど、自分の意志ははっきり示しておかないとですね。
その様子を見ていたのか、ヒヨリさんもこちらに来て、話に加わります。
「3人とも、仲良くしている様で何よりだわ。ミミーさんとチュウジさんはもう店には慣れましたか?」
「は~い。みんなとってもしんせつですし~、ちゅうぼうの人達はときどきお菓子をくれますし。」
「そうですか…仲良くしているようで何よりです。でも店の材料で作ったものは受け取っちゃいけませんよ。」
「あっ!分かってますよ~。もらってるのはしさくひんですから~。」
「ははっ、厨房の皆さん。エレフさんの作る『スイートポテト』に触発されたのか、よく試作品を作ってホールの方に分けてくれるんです。
勿論予算で計上されている範囲での話なので問題はありません。それに色々意見を出し合っている内に打ち解けられたというのもありますし。」
「そういう事ですか。私は忙しくてなかなかそういう場面に参加出来ませんが、上手くやっているようで何よりです。」
ミミーさんの少し言葉足らずな説明をフォローするチュウジさん。屈託のないイケメンスマイルでの説明にいつもは無表情なヒヨリさんの顔が若干緩んだ気がします。
これはきっと…恋ですね!そうに決まってます!だって少し顔が赤くなっている様な気がします。(あくまでもわたし目線ですけど。)
恋かぁ~、わたしは…ないですね。だって相手があのコンヨウさんですもん。基本クズのあの人にときめくなんて考えられません。
…あれ?なんでわたし、恋の対象をコンヨウさんに絞ってるんだろう?コンヨウさんは大切な人ですけど、別にそういう関係になりたいとかじゃなかったと思うんですけど。
よく考えたらわたし、イケメンのチュウジさんにも癒し系エレフさんにもダンディーなウィリアムさん(モコモコチーフさん)にもときめかないです。
わたしにも恋とか甘酸っぱい想いとかに憧れはあるはずなんです。でもそれをしている自分が思い浮かばない。
これは非常事態です。わたしは11歳にして枯れてしまったのではないか!それを確かめないと夜も眠れそうにありません。
ちょうど目の前に恋する?女性がいますし早速相談です。
「あの、ヒヨリさん!ちょっと二人っきりで相談があります!!お時間頂いても宜しいですか?」
「…えぇ、良いわよ。少し離れた場所に行きましょう。」
やりました。わたしの強い意志がヒヨリさんに通じたようです。
ヒヨリさんがわたしの圧に若干引きながら、了承してくれました。ヒヨリさんが向かったのは店長室でした。
「さぁ、話を聞きましょうか?凄く思いつめているようですけど。」
「はい、実はコンヨウさんについてなんですけど。」
「また、あの人ですか。何か酷い事されましたか?それともバカやってパフィさんを困らせましたか?」
なんかヒヨリさんの中のコンヨウさんが色々酷い事になってるみたいです。最初っからろくでもない事をしていると決めつけられてます。
まぁ、普段のクズムーブのせいだから仕方ないとは思いますけど。でもこれはちゃんと訂正しておかないと。
「いえ、コンヨウさんはとっても良くしてくれてます。そりゃ、AAAのわたしの前で堂々と巨乳の彼女が欲しいとか言うとガスぶち込みたくなりますけど。」
「なるほど、つまりコンヨウさんをバレない様に殺害したいと。」
「あれ?わたしは別に…」
「いえ、皆まで言わなくても分かります。私だってもう成長見込みのないBです。巨乳好きを殺害したくなる気持ちは痛いほど分かります。」
えっと~、オカシイですね。わたし、別にそんなつもりで言ったんじゃないんですけど。
ヒヨリさんの目がマジです。わたしにも身に覚えがありますが、あれは巨乳を貴ぶ世界全てを憎む殺意の波動です。
確かヒヨリさんのスキルは『短刀術』『空手』『合気道』と言うガチ近接戦闘スキルだったはず…コンヨウさんが殺される!!!
「待って下さい!ヒヨリさん!!コンヨウさんを殺さないで下さい!!」
「えっと、パフィさん。冗談だから落ち着いて…ね。」
「ダメです!!コンヨウさんは巨乳好きのクズですけど、わたしにとって大切な人なんです!だから殺しちゃダメです!!」
「いえ、分かってるから。だから人の話を聞きましょう…」
こうしてわたしがヒヨリさんにしがみ付いて必死で止める事で、コンヨウさん殺害を何とか思い留まらせました。
コンヨウさん、わたしはあなたの命の恩人ですから感謝して下さいね。ではそろそろ本題に入りましょう。
なんだか疲れた表情をしたヒヨリさんに対して私は話を切り出します。
「実は、コンヨウさんの事が好きなんです。」
「エッ…えぇ、知ってるわよ。」
「…はわぁ!!違うんです!!別にコンヨウさんと恋人になりたいとかそういう奴じゃないんです!!」
「えぇ…そうよね。分かってるわ。」
エッ!さっきからヒヨリさんの反応がやけに淡白です。これが本物の恋を知っている大人のオーラなんでしょうか?
わたしみたいな若輩者の考えなんて、ヒヨリさんにはズバッとまるっと全てお見通しなんですね。これは相談して正解でした。
「えっとですね。恋とかじゃないんですけど、コンヨウさんには誰よりも幸せになって欲しいと思いますし、でもその幸せなコンヨウさんの側にわたしも一緒にいれたら嬉しいですし。
コンヨウさんと一緒にたくさん美味しいモノが食べたいですし、たくさん知らないモノを見たいですし、でもただ一緒にお昼寝するだけでもいいですし。
その、上手く言えないんですけど、とにかくあの人との時間がいつまでも続けばいいなぁと思うんです。
でもそれは世間一般で言われている恋とかときめきとかじゃなくて、でもそういうのに憧れる自分もいて。
本当にうまく言えないんですけど、コンヨウさんが好きだけど、恋してるわけじゃなくて、そんな自分がおかしいんじゃないかとふと思っちゃう事があって。」
「…そうなの?でもどうしてそういう事に縁遠い私にそんな話をしたわけ?」
「エッ!だってヒヨリさん、チュウジさんに恋してますよね?」
「……してないわよ。あの子を見てると、こんないい子が弟だったらいいのになぁ~、って思うだけよ。」
あれ?わたし、もしかして相談相手を間違えましたか?ヒヨリさんの表情に困惑がありありと浮かんでます。
それにわたし、今凄い恥ずかしい事言ってませんでしたか?はわぁ~~~~!!
「はぁ~、あなたの惚気話を聞いてあげたんだから私の悩みも聞いてくれるかしら。」
あれ、わたしの悩みは解決してないのにヒヨリさんは悩み相談ですか?しかも惚気話って何ですか…あれってそういう事なんでしょうか?
「…別にあなたに答えを求めているわけじゃないから。ただ愚痴を聞いてくれる相手が欲しいの。」
「あっ!すみません。そういう事でしたら。」
「ありがとう…私には姉がいるの。」
「そうなんですか。」
「その姉は今まで重い責任を背負いながら必死で戦ってたんだけど、最近ようやくその問題が解決したの。」
「それは…よかったですね。」
あれ、この話どこかで聞いた様な…
「でもその反動か、最近は趣味に没頭して寝食をおろそかにする様になってね。」
「それは良くありませんね。」
「でしょう。だからその事で怒ったんだけど、人の事を鬼、悪魔呼ばわりして半泣きで部屋に引き籠る始末。」
「それは…なんとも。」
なんかついさっきその光景を見たような…いや、そんなはずは~。
「私はただ、お姉ちゃんに元気でいて欲しいだけ。なのに…お姉ちゃんは私の事が嫌いなのかな…なんて思っちゃう事があるのよ。」
「それは無いと思いますよ。」
「あら?どうしてかしら?」
「だって、ヒヨリさんはお姉ちゃんの事が大好きですよね。人というのは自分を好いてくれている相手はなかなか嫌えない生き物なんですよ。」
「……それもそうね。ありがとう、パフィさん。少し気分が楽になったわ。」
「へへッ、どういたしまして。」
さっきまで沈んでたヒヨリさんの顔が少し明るくなった気がします。
どうやら悩みを吐き出してスッキリしたみたいですね。わたしが役に立てたなら何よりです。
「お礼ついでにあなたの感情の正体だけど、ヒントだけ教えてあげるわ。」
「答えを教えてくれるんじゃないんですか?」
「答えは自分で見つけるべきよ。
その感情は確かに恋じゃない。でもね、それは恋に勝るとも劣らない素晴らしいものよ。
だからあなたはその感情を信じて、大事に育みなさい。」
「えっと、なんだかよく分からないですけど、分かりました。」
「ふふっ、そろそろ時間ね。先に戻っていてくれるかしら。私は少し仕事を片付けてからそちらに向かうから。」
「はい!分かりました。では失礼します。」
ヒヨリさんに相談したおかげか、わたしの心はさっきよりもだいぶ軽くなったのを感じます。
よし、今日はコンヨウさんが焼いた『スイートポテト』をわたしが入れた紅茶と一緒に食べるんです。勿論コンヨウさんと一緒にです。
………
「はぁ~、あの子。恋をすっ飛ばして愛しちゃったのね。
コンヨウさん。あなたは果報者ですよ…そう思いませんか、お姉ちゃん。」
「……」
「机の下に隠れているのは分かってるんですよ。」
「うっ!ヒヨリちゃん…えっとね…」
「…怒ってませんよ。それと怒鳴ってごめんなさい、お姉ちゃん。」
「ヒヨリちゃん、私こそごめんなさい。」
「これで仲直りですね。」
「私はヒヨリちゃんの事、大好きだからね。」
「そんな事は分かってます。さあ、一緒に『スイートポテト』を食べに行きましょう。」
「……うん!!」




