35
上質な調度品などが置いてある部屋の中のふかふかで大きなベッドの上で眠っていた遊佐は目を覚まし、ゆっくりと上体を起こして覚醒していない頭で辺りを見渡した。
「ん…?」
遊佐は豪華な部屋の雰囲気に落ち着かない様子で頭をかいた。そして自分の隣にもう一人いることに気がついて目を向ける。
「っ!」
そこにはシーツに包まれて眠っている世愛の姿があって遊佐はその姿を目にするなり固まってしまう。
「…なんでだ。俺は確かに魔界に堕ちたはず…まさかチビも一緒に…?」
遊佐は混乱して頭を抱え始める。
「…とりあえず起こすか」
遊佐が世愛にかかっているシーツを取ると世愛は真っ白な羽を一つ、抱きしめるように眠っていた。
「羽?…っ!」
遊佐は羽に触れようと手を伸ばした。だが触れる寸前、激痛が走り遊佐の手は弾かれてしまった。
「なんでこんな危険な物、チビが持ってんだよ」
弾かれた手は火傷を負って酷く爛れてしまい、遊佐は痛みに耐えながら羽を睨みつけるように見つめた。
「それは高位な天使の羽ですよ。悪魔の仲間入りをした貴方が触れれば負傷するのは当然です」
そんな遊佐の背後から男の声がした。気配を読めず、しかも先程辺りを見渡した時はいなかったのに何処から現れたのかと遊佐が驚きながら勢いよく振り返るとそこにはオレンジ色のサラサラな髪に緑色のアホ毛がたっている長身の男が立っていて男はとても綺麗な深緑色の瞳で遊佐のことを見つめていた。
「……見たところ大丈夫そうですね。回収しておきましょう」
男は遊佐と目が合うなりにっこりと微笑んだあと、世愛へと近づいて様子を確認した。そして持っていた容器の蓋を開け、触れずに羽を収納した後すぐに蓋を閉めた。
「心配はありません。貴方には有害ですが彼女には無害ですよ。ここに来た際に高濃度の瘴気を浴び、摂取してしまったのでこれを使って浄化を行っていたのです。浄化は済みましたので直ぐに目を覚ますと思いますよ」
男と目が合うなり、蛇に睨まれたように動けなくなった遊佐は男を警戒しながらも世愛を心配そうに見つめた。そんな遊佐に気がついた男は安心させるように説明をした。
「……やっぱりここは」
遊佐は何とか声を絞り出した。
「魔界ですよ?そしてここは高位な魔王が住む古城です。時間差はありますが落ちてきた貴方がた二人を回収させて頂きました。我が主人の供物として」
男は口を開いて答え、それを聞いた遊佐は大きく目を見開いた。
「……では私はこれで…くれぐれもこの部屋からお出にならないようにお願いします」
男はそんな遊佐の様子や徐々に癒えてきてはいるものの未だに爛れている手を見て何処か残念そうな顔をしたあと、音を立てずにすっと姿を消してしまった。
「チビ!起きろ!チビ!」
男がいなくなったことで上手く動けるようになった遊佐は慌てたように世愛を起こそうと体を揺すった。
「はっ!」
目を開けた世愛は勢いよく上体を起こした。
「ゆ、遊佐さんだっ」
そして遊佐の姿を目にするなり世愛は涙ぐみ始め、大泣きした。
「泣くな。落ちてきて怖かったのか?とりあえず帰れるか?ここは危険なんだ」
遊佐はそんな世愛を見てギョッとしながらも落ち着かせようと背中を摩った。
「わ、私、遊佐さんに伝えたいことがあってった…それに最古の魔王さんに会わないと帰れないんですっ…」
世愛は服の袖で涙を拭い、潤んだ目を遊佐へと向けた。
「伝えたいこと…?それに最古の魔王って…」
遊佐は帰れないという世愛の言葉に困惑した。そんな遊佐に気が付かず、世愛は自分が奏の生まれ変わりであることや出会いは必然だったこと、ここに来たの遊佐にそれを伝えたかったから邪神との取引でここに来させてもらったことも全て素直に説明をした。そして最古の魔王に会わないと帰れないことも…遊佐はそれを聞いて眉間に皺を寄せる。
「なんて馬鹿なことしたんだっ!」
遊佐は責めるような眼差しで世愛を見つめ、世愛は遊佐の声の大きさにビクッと体を震わせる。
「…いや。悪い…怯えさせるつもりはなかった…でも知っていたんだ。チビが兄さん転生体だって」
遊佐はそんな世愛を見てハッとし、動揺しながらも弁明をした。
「え…」
世愛は驚いたように大きく目を見開いた。
「最初は仮契約時、知らないといっていた誘惑の神がチビの名前を知っていることに違和感を覚えた程度だったんだ。でも名前なら見たらわかるかって納得してたんだがチビと過ごすうちにどことなく兄さんを感じた…それでシュバリエとの取引をする前に誘惑の神を呼び出して聞いたんだ。チビが兄さんの転生体なのかって…そしたらあいつなんて言ったと思う?」
遊佐はじっと世愛を見つめた。
「な、なんて言われたんですか?」
目を細めた世愛ら興味津々に遊佐を見つめる。
「今頃気がついたのかって言われたよ。魅了を振りまく子どもが間一髪のところで難から逃れ続け、今まで無事だったのはありえない話だろうとも言われた…そしてぎりぎりまで側にいてやれとも…」
遊佐は世愛へと手を伸ばし、頬に触れた。
「も、もしかして急に遊ぼうって言ったのは…」
世愛ら頬に触れられ、小さく体をビクつかせる。
「思い出作りのつもりだ。本当なら別れが辛くなるし、合わせる顔がなかったから関わりを持たずにすれ違う程度で終わらせる予定だった…でも問題解決によって関わりを持ってしまった。それなら追われる生活であまり自由がなかったチビに少しでも遊ぶ喜びを知ってもらいたかった…」
何も告げずに堕ちたからチビが追いかけてきてしまって本末転倒だったけどな、と遊佐は言葉を続けながら頬から手を離し、俯いてしまった。
「知っていたならよかったです」
世愛は魔界にいることを特に気にする様子もなくのほほんとしている。
「お気楽だな。魔界なんだぞ?」
そんな世愛の声色に遊佐は顔を上げ、世愛へと目を向ける。
「私にとって魔界云々よりも遊佐さんにお兄さんの転生体だって知ってもらいたかったんです。それに最古の魔王に会えれば帰れますし」
世愛はお気楽に考え、それを聞いた遊佐は眉間に皺を寄せる。
「そんな…そんな簡単な話じゃない!」
そして言わずにはいられなかったのか遊佐は怒鳴り声を上げ、間近で聞いていた世愛は体を竦ませてしまう。
「何も言わないで堕ちた俺も悪い…でもここは魔界なんだ!野心の強い悪魔たちの巣窟だ!瘴気だって悪魔以外の生き物には害になる…チビにとでてはとても危険な場所なんだ!わかっているのか?現にここの主人の供物にするって言われたばかりなんだぞ!」
そんな世愛を気にも止めず、遊佐は怒鳴るように言葉を続けた。
「ご、ごめんなさい…」
世愛は体を竦ませたままか細い声で謝罪の言葉を口にした。
「…ここから抜け出さない限り最古の魔王には会えないだろう…だが…」
遊佐は難しい顔をし、どうやって抜け出すかを考え始めた。ここの主人がどんなやつかわからないが、先程の男は明らかに格上で気配すら読めなかったからだ。
「正面突破とかですかね?」
世愛はそんな遊佐に対して提案をする。
「できたら即やってる。だがそれしかないか…」
遊佐はこのに住むやつや最古の魔王に会うまでの道のりで格上のやつと遭遇したら死ぬ気で世愛を守ればいいかとベッドから降りた。
「行くぞ」
遊佐は世愛へと手を差し出した。その手は先程、羽に触れた方の手で爛れは治っているものの火傷のような痕が残っていた。世愛らその手を取り、ベッドから降りた。遊佐は世愛の手を引き、慎重に部屋から出た。部屋の外の廊下は蝋燭の火が所々灯されてはいるが薄暗く、遊佐は慎重に動いて出口を探した。暫く動くと遊佐たちはシャンデリアの光に灯され、廊下よりも明るく開けた場所へと出た。
「……行き止まりか」
だがその先はなく遊佐は小さく舌打ちをし、引き返そうとした。
「ダメではないですか…部屋からお出にならないで下さいと言ったのに」
そんな遊佐の背後に先程の男が現れ、男は遊佐の耳元で囁いた。
「っ!」
遊佐は振り返りながら飛び退くように男から離れ、遊佐の動きについていけなかった世愛は小さな悲鳴を上げながら尻餅をついてしまう。
「っ…すまない。チビ…」
遊佐は男を警戒しながら世愛へと声をかける。
「い、いえ…」
世愛はお尻を摩りながらゆっくりとした動作で立ち上がる。
「み、みかん…?」
そして男の姿を目にするなり、世愛はとても小さな声で呟き、男はそれが聞こえていたのかはわからないが世愛に向かってにっこりと微笑んだ。
「…お出にならないようにとお伝えした筈ですが?」
男はその後直ぐに微笑むのを止めて遊佐へと目を向ける。
「……チビは地上に返す。供物になんかさせてたまるか」
遊佐は世愛を男から見えないように移動し、睨みつけるように男を見つめた。
「仕方がありません。力ずくでいかせて頂きます」
男は一瞬にして遊佐へと間合いをつめ、蹴りを入れた。遊佐は咄嗟の判断で防御体制をとるが横腹を蹴られ、世愛から離れるように吹っ飛ばされ床を転げた。その際、遊佐は受け身を取り立ち上がろうとしたがすぐに近づいてきた男に腹を蹴り上げられ、遊佐の体は宙に浮いた。
「っ…遊佐さん!」
そんな遊佐を見て世愛は思わず遊佐の名を叫び、男は攻撃の手を緩めることなく宙に浮いた遊佐の腹に回し蹴りをした。遊佐は上手く防御体制が取れず、もろに蹴りをくらって吹っ飛ばされ、壁へと激突してしまう。蹴りをくらった際に骨が折れたのか鈍い音がし、内臓を損傷したのか口から血を吐いてしまう。
「……駄目ですか」
受けたダメージは癒えていくがその速さはとても遅かった。だが遊佐はなんとか立ち上がり、真っ直ぐ男を見つめたが足はふらついていた。男はそんな遊佐を見て何処か残念そうに呟いた。そしてその直ぐ後に遊佐は遊佐へと近づいていこうとした。
「っ…もうやめてください!」
そんな男の前に世愛は躍り出て両手を広げた。世愛ら男が怖いのか震えていて顔色も何処か悪そうにみえる。
「……そうですね。大人しく我が主人の供物になって頂けるのでしたらこれ以上、彼を痛めつけたりはしませんよ」
男はそんな世愛に向かってにっこりと微笑んだ。
「っ…わ、わかりました…従いますから遊佐さんをこれ以上、傷つけるのは止めてください」
世愛ら遊佐へと目を向けた。そしてその直ぐ後、決意して男へと目を向ける。
「ではお手を…」
男は少しだけ目を見開いたあと、にっこりと微笑んで世愛へと手を差し出した。世愛は目をぎゅっと閉じ、震えた手を男の手の上にそっと乗せた。
「……彼が心配だからといって魔界の者に対して簡単に返事をしてはなりませんよ」
男は世愛の手を握って強引に自分へと引き寄せ、世愛の耳元で囁いた。世愛は驚きのあまり硬直し、恐る恐る目を開けて男の顔を上目遣いで見た。
「…ですが今は簡単に返事をしてくれてありがとうございますと言っておきましょう」
男は世愛に向かって微笑んだあと、すぐに笑みを解いて遊佐へと目を向けた。すると遊佐は黒いオーラを身に纏い、影からは複数の黒い手が出現していた。
「……煉さん。見ているのでしょう?彼女を部屋へと運んでいただけますか?」
男は遊佐を見つめながら唐突に呟いた。すると煉が音もなく現れた。
「行こう」
そして直ぐに煉は世愛の腕を掴んだ。
「え、煉くん…?」
腕を掴まれ、体をビクつかせるが掴んだ相手が煉だとわかると世愛は困惑した。
「ごめんね」
煉は腕を離し、世愛を優しい手つきで抱き上げて駆け出した。その瞬間、遊佐の影から伸びる黒い手が世愛に向かっていっせいに向かっていくが男はそれを捌ききった。
「ま、待ってください。遊佐さんがっ…遊佐さんがっ…」
世愛は必死になって煉に声をかけながら遊佐のいる方向へと手を伸ばした。
「ごめんね。これは遊佐の為なんだ」
そんな世愛をしっかりと抱え、煉は走るのを止めなかった。
「遊佐さんのため…?でもあんなに痛めつけられて…」
世愛は意味がわからないといった顔を煉へと向ける。
「難しい話されたから上手く説明できない…でもはっきり言えるのはこれは遊佐の為…全て終わったらちゃんと説明して貰えるはずだから信じて待っていてほしい」
煉は真剣な眼差しでそんな世愛を見つめた。
「……わかりました」
世愛は嘘をつかない煉を信じることにした。だがその表情はとても不安そうで煉はそんな世愛を先程の部屋へと連れて行き、ベッドへと降ろしたのだった。
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