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侍女と戦いの終わり、そして始まり


「………うわっ?!」


 あたしが目覚めて最初に見たのは、お師匠の顔のドアップだった。すっごく驚いた、すっごく驚いた……! 心臓に悪いよ、お師匠!


「最初に驚くのー、ひどー。ししょーの顔見てー」


 お師匠は、口を尖らせぶーぶーいいながら、あたしから離れた。相変わらずですね、その独特の口調は。

 ゆっくりと周囲を見渡せば、ここは王宮内の侍女たちの宿舎内のあたしの自室だった。

 ぼんやりする頭で、あたしは状況を確認すべく口を開きかけて、


「ばかちーんあほちーんぼけちーん」


 お師匠のビンタ(三往復)をプレゼントされた。痛い、痛いですってお師匠。

 両手でひりひりする両頬を擦っていると、今度はおろしたままの髪を引っ張られた。やーめーれー。

 ……あれ、あたしの髪、赤だったよね?


「感情に任せて暴走してー、力限界まで使っちってー、ぽんと臨界点越えちってー、けっかー。ぱんかぱーん、頭真っ白しろー。このばかちーん、あほちーん、ぼけちーん、ぼけなすちーん。制裁ちょっぴゃー」


 ぼすん、と封筒で頭をはたかれた。制裁ちょっぴゃーってチョップですか?


「髪、力をめちゃくちゃに使った結果……ですか?」

「そーとも言うー?」


 ……婚前の若い乙女が若白髪? ないわー。


「……若白髪……」

「きっと次生えるまでずっと真っ白しろー。もとに戻るまで紅白まんじゅー」


 紅白饅頭って。生え際カラ生える髪は赤いからですか。ってことは、今生えてる髪だけ色素抜けたってことで……どうしよう、染めるか。


「ところでお師匠。あたしが倒れてからどうなったんですか」


 このままだと、果てしなくだらだらとした会話が続くので(エンドレス確定)、あたしは無理やり軌道を修正した。

 すると、お師匠はすごく真面目なきりっとした表情を浮かべ、背筋をただした。それを見て、自然とあたしの背筋ものびた。


「一週間寝込んでその間に馬鹿は捕まって地下廊に入って昨夜わたしが目を離した隙に大穴開けて脱走して行方不明で穴を塞ぐ魔法をかけ終わったけどまた明日にでも捜索に旅に出るけどあんたも一緒に旅に出る?」


 お師匠は真面目な顔で、一口に言い切った。

 お師匠真面目モード来たあ! と喜んじゃったあたしの気持ちのしつけて返してくださいお師匠。


「えっと、整理をしたら――あたしが倒れてから、兄さんは捕獲されたけど、脱獄して、その捜索隊にお師匠が参加すると。それにあたしも参加しないかと。しかも明日にでも、ですか。

 もしかしなくても、それは正規ではなくお師匠が単独で決めたんですね? 陛下が指揮なすった部隊なら、あたしたち含まれませんよね、普通なら近衛兵でしょう」


 もし陛下が指揮なすったのなら、脱獄犯が真っ先に狙いそうなあたしを含めたりしないだろうし、そもそもお師匠はこの国の住民じゃないし、お師匠実はところかまわず寝てしまう悪癖がある。どうせ今回もそれで逃がしてしまったんだろう。


「せいとーせいとーごめーとー。だからほら荷造り手作り。ほらほらほら思い立たない吉祥寺?」


 相変わらず文法が行方不明ですねお師匠。せいとーは征討ですか正答ですか。兄さんを征討しにいくの、明日にでもじゃなかったんですか。今すぐですか。一応病明けですが。


「でないと、追い付けないでしょう。それに、ここにいつまでいるの。狙ってきたら、巻き添えになってしまうわ。陛下はどうやらあなたを前にしたら、普段の力量を発揮できないみたいだし。だから、さっさといきましょう」


 え、ちょ、ま――


「待たんかい!」


 いきなり自室の戸が開かれ、廊下から美女が胸を揺らして現れた。顔を真っ赤にして、扉を閉めつつ肩で息をする……誰だこの爆乳美女。侍女服来てるけど、こんなに背丈がある爆乳なら噂になるし――


「俺の許可なく動くな!」

「俺様は嫌われるわよ女装野郎が。女装が違和感なく似合う時点で残念でもてないわよね、おとといきやがれ」

「貴様、まともになるとさらに口が悪くな――って揉むな! 掴むな!」

「ふうん、スライムつめてんの?」

「って話聞けーっ?!」

「で何用なわけ国王? わざわざ念入りに女装して、変装してまで男子立ち入り禁止の侍女の宿舎まで来て。止めに来たの? ちょっと下はどうなってるの」

「スカート捲るんじゃない!」


 あたしの目の前で、真面目モードのお師匠が美女を襲い――しかも美女は陛下らしい。……あたし、好意を寄せる相手を間違えたか。


「止めに来たんだ――だからどこ触ってんだ?!」

「あら、下着まで。変態。――わたしたちは止められてもいくわよ」

「だからやめろ?! ――行くな!」


 どうやら、お師匠的には、あたしがお師匠に同行するのは決定事項らしい。まあ、いきますけど。また狙われたらと思ったら……怖い。リュクレース様のお側は離れたくないけれど、あたしのせいで傷つけたくはないし。

 陛下、あなたも傷つけたくない。巻き込みたくない。近衛兵も、侍女仲間も――王宮を、巻き込みたくない。


「陛下、仕方ありません。ご命令に背いても、あたしはお側を離れ、不届きものを追います。あれは我が兄、あたしが決着をつけます」


 あたしがいえば、陛下は悲しそうな、寂しそうな顔をした。


「でも――危険だ。俺は、お前を危険にあわせたくない」


 切なそうに、陛下は語る。


「陛下、不敬を覚悟にお聞きします。あたしを危険にあわせたくない理由は、戦が始まると、狙われるからですか。軍事利用されないためですか」


 陛下、どっち?

 やっぱりあたしが軍事利用されないため?

 ……それとも、期待していいの? 大それた望みをもっていいの?


「それもある――でも、それだけではない」


 陛下はこちらを見た。真面目で、熱く潤んだ視線。……何でこんなときに限って女装なんですか。


「俺は、ユアン――お前の父から、ずっとお前のことを聞いてきた。いつか会ってみたかった。そして事件が起きて……四年間、今までずっとお前を見ていた。いつしか、お前を見るたびに胸が焦がれた。これから先も、ずっと見ていたい。そばにいてくれ」


 ぎゅ、と抱き締められた。偽の巨乳があたる。……何で女装なんですか。


「陛下」

「ローゼスだ、ローゼスと呼んでくれ」

「ローゼス様……あたしも、お慕いしています」


 陛下の抱擁がさらに強くなった。

 あたしは、お師匠に目配せをした。


「あたしは必ず、あなた様のもとへ戻ります……だから、行かせてください」

「イーラ!? まって、まってくれ!」

「あたしは、陛下の姉ぎみのように、陛下の前から消えません。必ず戻ります――だから、それまで」


 リュクレース様から聞いたことがある。陛下の姉ぎみは、かつて陛下を暗殺者から庇って命を落とされた。以来、陛下は大切な人が消えてしまうのが耐えられなくなり、取り乱すと。

 陛下、ごめんなさい。でも、必ず戻りますから。


「これを、あたしだと思って」


 あたしは、肌身離さず携帯していた、小さなロケットのついたペンダントをはずし、陛下に渡した。これは、家族の……あたしの家族の形見だ。まだ、何も絵は入っていない。


「戻りましたら、あたしの絵を入れて、もう一度お渡ししますから――」


 そこで、あたしとお師匠は陛下の前から消えた。お師匠の移転魔法だ。


「イーラあああ!!」




 陛下、ごめんなさい。そして、ありがとうございます。

 今はまだ、潜伏先がはっきりしていないけど、兄さんを追います。でも、必ずや見つけてみせます。彼は、あたしの仇。そして、唯一の肉親。

 ――だから、あたしが彼に引導を渡します。

 大切なひとたちの安全のため、あたしは手を汚します。

 ――陛下、どうか。どうか、あたしを追わないでくださいね。

 巻き込みたくないから。必ず、帰るから。帰って、気持ちをもう一度伝えるから、待っててね。もう二度と、あなたの前で誰も倒れない環境を作るためにも、あたしは兄さんのところへいく。



 陛下、さようなら。


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