表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/131

第99話 谷へ向かう


 尋問が終わったあと、洞窟の中にはしばらく奇妙な静けさが残っていた。


 岩肌に刻まれた魔力抽出の術式、転がる容器、壊された檻。


 そして、縛り上げられた男。


 ここが何の場所だったのかを、嫌でも思い出させる光景だった。


 ロイドはゆっくりと周囲を見回しながら、床に刻まれた術式をノートに写していた。魔力の流れを確認するように指先で線をなぞり、時折小さく何かを書き足していく。その横でマットは腕を組み、縛られた男を見下ろしていた。


 男はすでに簀巻きにされている。アミノの糸とロープを併用した拘束は、見た目以上に頑丈で、身動きひとつ取れないらしい。


 アルエは洞窟の入り口近くの岩に腰を下ろし、大きく息を吐いた。


 「で、どうするの? この人」


 ロイドが顔を上げる。


 「普通ならギルドへ引き渡しだね」


 「普通なら、ね」


 アルエは眉をひそめた。


 「でもここからカタリナまでって、普通に行ったら一週間くらいかかるでしょ」


 「そうだな」


 マットも頷く。


 火山地帯の奥にあるこの洞窟から街へ戻るには、山を越え、森を抜け、さらに街道を辿らなければならない。急いでも数日はかかる距離だ。


 その間に証拠が消される可能性は十分にある。


 谷の受け渡し場所も、今の話が本当なら三日に一度。


 時間は決して多くない。


 しばらく沈黙が流れたあと、リーリヤがふっと手を叩いた。


 「じゃあ、こうしよ」


 全員の視線が彼女に集まる。


 リーリヤはさらりと言った。


 「私がササミに乗ってカタリナまで行く」


 アルエが目を瞬く。


 「え?」


 「ササミなら飛べるし、一直線で行けばすぐ戻ってこれるでしょ。だからみんなはここに残って、さっきこいつが言ってた谷の受け渡し場所を見張って」


 リーリヤは縛られた男を軽く足でつついた。


 男はびくりと体を震わせる。


 「このことはまだ向こうに気づかれてない。尻尾を掴むなら今だよ」


 その言葉に、ロイドがゆっくり頷いた。


 「理にかなっているね」


 アルエはまだ少し不安そうな顔をしている。


 「でも一人で大丈夫なの?」


 リーリヤは肩をすくめた。


 「大丈夫よ。ね、ササミ?」


 少し離れた場所で岩を突いていたササミが顔を上げた。


 「クエ!」


 元気な鳴き声が洞窟に響く。


 ロイドは顎に手を当てた。


 「ササミさんならリーリヤとも従魔契約がある。単独行動をするなら適任だろうね」


 そして何か思い出したように、自分の荷物を探り始めた。


 すぐに一冊のノートを取り出す。


 「なら、これも一緒に」


 ロイドはそれをリーリヤへ差し出した。


 リーリヤは受け取り、ぱらりとめくる。


 そこには洞窟で見つけた術式、容器の構造、魔力抽出の痕跡、そして男の証言の要点まで、びっしりとまとめられていた。


 「ここで得た証拠と資料をまとめたものだ。この男と一緒に突き出せば話は早いと思う」


 リーリヤは感心したように口笛を吹く。


 「仕事が早いね」


 「観察は僕の役目だからね」


 ロイドは眼鏡を押し上げた。


 リーリヤはノートを腰のポーチにしまい、軽く手を振る。


 「わかった。じゃあ、みんなまた後で!」


 そのまま彼女は軽く地面を蹴り、ササミの背へひらりと飛び乗った。


 ササミは大きく翼を広げる。


 そして。


 その爪には、簀巻きにされた男がぶら下がっていた。


 「ちょ、ちょっと待て! 俺ほんとに飛ぶの嫌なんだって! 高いところ苦手なんだよ!!」


 男の悲鳴が洞窟に響く。


 リーリヤはまったく気にしていない。


 「落とさないでよ、ササミ」


 「クエ!」


 元気な返事。


 次の瞬間。


 巨大な翼が一度大きくはためいた。


 風が洞窟の中へ吹き込み、砂埃が舞い上がる。


 ササミはそのまま洞窟の外へ飛び出し、ぐんぐん高度を上げていった。


 男の悲鳴が山の空へ吸い込まれていく。


 「いやああああああああ!!!」


 声は次第に小さくなり。


 やがて、聞こえなくなった。


 残された三人は、しばらく無言で空を見上げていた。


 最初に口を開いたのはアルエだった。


 「……今日のリーリヤ、ほんとに怖かった」


 そう言いながら、その場にぺたりと座り込む。


 マットも腕を組んだまま頷いた。


 「まあ、分かる」


 ロイドはササミが消えた空を見つめながら、ぽつりと呟く。


 「まったく、どこであんな技術を覚えたんだろうね」


 マットは少し遠い目をした。


 「母さんだな」


 「え?」


 アルエが顔を上げる。


 マットは肩をすくめた。


 「本当に、父さんがやらかした時にはあんな感じだった」


 アルエの目が丸くなる。


 「え、おばさんもあんな感じだったの?」


 「ああ」


 マットは即答した。


 「月に一度くらいは見た光景だ」


 アルエはしばらく黙り、やがてぽつりと呟いた。


 「そんな頻度でやってればリーリヤも覚えるわ」


 ロイドが小さく笑う。


 「環境というのは恐ろしいものだね」


 リーリヤの恐ろしい一面の余韻に浸りながら、三人は洞窟を後にした。


 目指すのは、男が言っていた受け渡しの谷。


 火山地帯の外れにある場所だ。


 洞窟を出ると、相変わらず火山特有の熱気が空気を満たしていた。


 地面には黒い玄武岩が広がり、ところどころから硫黄の匂いが立ち上っている。遠くでは溶岩の流れが赤く輝き、地面の亀裂から熱い蒸気が吹き上がっていた。


 ササミがいないだけで、妙に静かに感じる。


 「じゃあ、行くか」


 マットが歩き出す。


 アルエも立ち上がり、その後ろを追った。


 ロイドは最後にもう一度洞窟を振り返り、小さく息を吐く。


 「さて」


 彼は眼鏡を押し上げた。


 「次は、本丸に近づく番だね」


 そして三人は火山地帯を進み始めた。


 谷へ向かう道は、想像していた以上に険しかった。


 火山の外縁に近づくにつれ、地形は徐々に荒れていく。黒い岩壁が幾重にも重なり、溶岩が冷えて固まった波のような地面が続いていた。


 足場は決して良くない。


 だがマットはそんなことは気にしていない。


 むしろ、途中で見つけた黒い岩の塊を軽々と持ち上げていた。


 アルエが呆れた声を出す。


 「まだやるの?」


 マットは真面目な顔で答える。


 「環境がいい」


 「何が」


 「熱と重量だ」


 そう言いながら、マットは岩を肩へ担ぎ上げる。人間三人分はありそうな黒い玄武岩の塊だ。


 だが彼はそこで止まらなかった。


 近くの岩壁へ歩み寄り、背中を壁へ押し付けるように立つ。


 「……よし」


 そのまま膝を曲げ、岩壁と岩の間に自分の体を挟むようにして体勢を固定する。


 アルエが眉をひそめた。


 「何それ」


 「壁スクワットだ」


 「いや名前の問題じゃない」


 マットは動きを止めない。


 岩を担いだまま腰を落とし、ゆっくりと立ち上がる。火山の熱気で汗が一気に噴き出し、足元の岩にぽたぽたと落ちていく。


 さらに彼は片足を持ち上げた。


 「……片脚」


 アルエが思わず声を上げる。


 「ちょっと待って、それ絶対普通のトレーニングじゃないわよ!」


 マットは息を整えながら答える。


 「地面が不安定だからな。体幹も鍛えられる」


 ロイドが興味深そうに観察していた。


 「なるほど。高温環境による持久負荷、重量負荷、さらに不整地による体幹強化か。効率的だね」


 アルエが顔を覆う。


 「ロイドまで分析しないで」


 マットはさらに岩を持ち上げ、今度は腕だけで押し上げ始めた。


 「ついでに肩も鍛える」


 「ついでの規模じゃないのよそれ」


 アルエが深くため息をついた。


 その時だった。


 岩場の向こうから、ガリ、と硬い岩を削るような音が響く。


 ロイドがすぐに顔を上げた。


 「……何かいるね」


 次の瞬間、黒い岩陰から巨大な影が飛び出した。


 それは火山地帯特有のモンスター――ラヴァバイソンだった。


 体長は三メートル近く。岩のように硬い皮膚を持つ巨体の獣で、角は溶岩を吸って赤く輝いている。足踏みするたびに地面の小石が跳ね、鼻息は白い蒸気となって噴き出していた。


 アルエが身構える。


 「ちょっと、来たわよ!」


 しかしマットは逃げもしない。


 むしろ、ゆっくりと岩を肩から降ろした。


 そして満足そうに頷く。


 「丁度いい」


 「何が!?」


 アルエが叫ぶ。


 マットは拳を握り、肩を回した。


 「実戦負荷だ」


 次の瞬間、ラヴァバイソンが地面を蹴った。


 岩を砕きながら突進してくる巨体。


 普通の冒険者なら回避か魔法で迎撃する場面だ。


 だがマットは逃げない。


 むしろその場で腰を落とした。


 「よし」


 アルエが目を見開く。


 「ちょっと待って、まさか――」


 衝突。


 轟音が谷に響いた。


 マットはラヴァバイソンの角を正面から掴み、全身の筋肉を軋ませながらその突進を受け止めていた。


 地面が削れ、靴の下の岩が砕ける。


 それでも彼は動かない。


 「ぐっ……いいな……!」


 むしろ嬉しそうだった。


 「ちょっとマット!? それトレーニングなの!?」


 「押し相撲だ!」


 ラヴァバイソンが怒り狂ったように力を込める。


 マットはそれに合わせてさらに腰を落とす。


 「耐久トレーニングには……丁度いい!」


 ロイドが感心したように呟く。


 「なるほど。自然発生の重量負荷か」


 アルエが頭を抱える。


 「もうやだこの人たち」


 数秒の拮抗のあと。


 マットは突然踏み込み、巨体の角を掴んだまま体をひねった。


 「せいっ!」


 ラヴァバイソンの体が横へ流れる。


 そのまま勢いを利用して地面へ叩きつけられた。


 ドォン、と鈍い音。


 岩の地面が大きく揺れる。


 ラヴァバイソンは目を回し、そのまま動かなくなった。


 マットは肩を回しながら息を吐く。


 「……いい負荷だった」


 アルエは完全に呆れた顔で言った。


 「モンスターをダンベル代わりにしないでよ……」


  マットが肩を鳴らしていると、少し離れた岩場で妙なものが動いた。


 アルエが目を細める。


 「……なんだあれ?」


 黒い岩の塊が、ゆっくりと前進していた。最初はただの岩にしか見えない。だがよく見ると、その下から太い脚がのっそりと動き、岩の塊そのものが呼吸するように上下している。


 ロイドがすぐに気づいた。


 「ストーンタートルだね」


 「随分重そうな名前だな」


 マットが腕を組みながら言う。


 ロイドは頷いた。


 「うん。その名の通り重いよ。甲羅はほとんど岩そのものだからね。普通の冒険者じゃひっくり返すことも出来ない」


 その説明を聞いた瞬間だった。


 マットの目がきらりと光る。


 そして次の瞬間。


 彼は一目散に駆け出していた。


 「ちょっと!マット何する気よ!」


 アルエが慌てて叫ぶ。


 マットは振り向きもせず答えた。


 「デッドリフト!」


 「意味わかんない!」


 ストーンタートルはのそのそと歩いている。敵意はほとんどないらしく、三人を気にも留めていない。


 だがマットはその巨体の横へ回り込み、腰を落とした。


 甲羅の下に腕を差し込み、岩のような甲羅をぐっと持ち上げようとする。


 びくともしない。


 普通ならそこで諦める。


 しかしマットは逆に嬉しそうだった。


 「……いいな」


 筋肉がきしみ、腕の血管が浮き上がる。


 足元の玄武岩がミシミシと音を立てる。


 「ぐっ……これは……効く……!」


 ロイドが冷静に観察している。


 「ストーンタートルの体重は大体二トン前後と言われているね」


 アルエが叫んだ。


 「そんな情報今言う!?」


 マットは歯を食いしばり、さらに力を込める。


 すると、ほんのわずかだが甲羅が浮いた。


 ストーンタートルが驚いたように首を伸ばす。


 「おおおお……!」


 マットはそのまま数秒だけ持ち上げ、ゆっくりと下ろした。


 どすん、と重たい音が地面に響く。


 マットは大きく息を吐いた。


 「……完璧だ」


 アルエは完全に呆れた顔だった。


 「はあ。どこまで来てもやってることは村のジムと大差ないじゃない」


 ロイドは感心したようにメモを取っている。


 「自然環境利用型トレーニング……実に興味深いね」


 それでも三人の足取りは軽かった。


 空は赤く霞み、遠くには巨大な裂け目のような地形が見えてくる。


 谷だ。


 どうやら本当に、巨大な噴火と長い年月の侵食で作られた地形らしい。


 黒い岩の壁が切り立ち、まるで大地が真っ二つに裂けたかのような景色だった。


 マットは岩を地面に置き、谷を見下ろした。


 「……ここか」


 ロイドもその横に並ぶ。


 「おそらくね」


 アルエは少し身を乗り出し、谷の底を覗き込む。


 風が吹き抜け、深い谷底から熱気がゆらりと立ち上っていた。


 人の気配はまだない。


 だが。


 確かに、何かが起きている場所の空気だった。


 ロイドは静かに言う。


 「さて」


 「狩りの時間だ」


 三人は視線を交わし、小さく頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ