第96話 残された研究痕跡
フェニックスたちが飛び去ったあと、火山地帯には再び静かな風だけが残った。
しかし、マットたちはその場をすぐに離れることはなかった。
ロイドが洞窟の入口を振り返り、眼鏡の奥で瞳を細める。
「……もう一度中を調べよう」
その声は静かだったが、確信を含んでいた。
アルエが腕を組む。
「まだ何かあるってこと?」
「ある、というより……あるはずなんだ」
ロイドは洞窟の奥へ視線を向ける。
「これだけのフェニックスを捕獲し、魔力を抜き取っていたんだ。設備も術式も、それなりの規模だったはずだよ」
リーリヤも頷いた。
「さっきは救出で手一杯だったものね。落ち着いて調べる余裕はなかったわ」
マットは肩を軽く回しながら言う。
「なら決まりだな。戻るぞ」
一行は再び洞窟の中へ足を踏み入れた。
内部は相変わらず静まり返っている。
だが、今度は最初とは違う視点で景色が見えていた。
ロイドがしゃがみ込み、床を指でなぞる。
「やっぱりだ」
岩肌に刻まれた線。
自然にできたひび割れではない。
魔法陣の一部だった。
「魔力抽出の術式だよ」
ロイドは壁へ視線を移す。
そこには複雑な刻印が刻まれていた。
火属性の魔力を効率よく引き出すための術式。
そして、それを別の場所へ流すための転移式。
リーリヤが眉をひそめる。
「かなり大掛かりね」
「うん」
ロイドは小さく頷く。
「しかも即席じゃない。かなり慣れている人間が設計している」
さらに奥へ進む。
すると、岩壁の一角に不自然な棚のような空間があった。
そこには、いくつもの容器が並べられている。
黒い石で作られた瓶。
表面には魔力封印の紋様が刻まれていた。
ロイドが一本を持ち上げる。
瓶の中には、淡い赤い光が揺れていた。
「魔力保存器だ」
アルエが顔をしかめる。
「つまり……フェニックスの魔力をここに溜めてたってこと?」
「そういうことになるね」
ロイドは周囲を見回した。
洞窟の壁。
床。
装置の残骸。
術式の刻印。
すべてが揃っている。
これは偶然ではない。
「……完全に当たりだ」
ロイドが静かに言った。
マットも腕を組む。
「だが妙だな」
「人の気配がない」
リーリヤも同じ違和感を覚えていた。
「そうなのよ」
「ここまで設備が残ってるのに、誰もいないなんて変よ」
アルエも頷く。
「普通なら証拠を全部消すでしょ」
ロイドは顎へ手を当てた。
「逃げた……?」
しかしすぐに首を振る。
「いや、それにしては証拠を残しすぎている」
その時だった。
きゃっ!
短い悲鳴が洞窟の奥に響いた。
マットが反射的に振り向く。
リーリヤだった。
その首元に、短剣が突きつけられている。
岩陰から現れた男が、彼女を後ろから押さえ込んでいた。
「動くな!」
怒鳴り声が洞窟に反響する。
男は汚れた革鎧を着ていた。
髭は無精に伸び、目つきは悪い。
どう見ても研究者の類ではない。
むしろ、街の裏路地にでもいそうなチンピラだった。
男はニヤリと笑う。
「どこの冒険者かは知らねえがよ」
「ここを見られた以上は、大人しく返すわけにはいかねえな」
マットが一歩踏み出す。
「姉さん!」
しかしその瞬間。
ロイドが腕を掴んだ。
「待て」
男が怒鳴る。
「動くなつったろ!」
短剣の刃が、リーリヤの白い首筋へわずかに食い込む。
細い血の線が浮かび上がった。
アルエが歯を食いしばる。
「……あんた、ただで済むと思ってるの?」
男は肩をすくめる。
「思ってねえよ」
「だがな、こっちは人質がいる」
そしてリーリヤの首へ刃を押し付けた。
「下手に動くと、このちびの命はねえぞ」
洞窟の空気が張り詰める。
マットは拳を握りしめた。
しかし動かない。
ロイドの視線が静かに状況を測っていた。
そしてリーリヤは――。
ほんの僅かに、目を細めていた。
まるで何かを計算しているように。




