第95話 炎の墓所
フェニックスは上空を旋回しながら、ゆっくりと進んでいった。
火山地帯の上空を滑るその姿は、まるで空に浮かぶ灯火のようだった。赤金色の羽が風を受けるたびに淡い火の粉が舞い、黒い岩山の景色の中でひときわ鮮やかに輝く。
マットたちはその後を追って歩く。
道は次第に険しくなり、やがて岩壁の裂け目のような場所へ辿り着いた。
そこには、洞窟が口を開けていた。
火山の岩肌を長い年月をかけて侵食したのだろう。入り口は広く、内部は暗い。黒く焼けた岩が天井まで続き、奥からはかすかな熱気と硫黄の匂いが流れ出している。
アルエが顔をしかめた。
「……怪しさしかないじゃない」
リーリヤも頷く。
「ええ。あからさますぎるくらいに」
ロイドはむしろ興味深そうに洞窟を見つめていた。
「でも、あのフェニックスがここまで案内したんだ。何かあるのは間違いないね」
マットは肩の岩を一度地面に下ろすと、軽く腕を回した。
「行くか」
そう言って洞窟の中へ足を踏み入れる。
内部は思った以上に広かった。
通路は緩やかに奥へ続き、壁面には溶岩が流れ固まった跡が幾重にも残っている。ところどころに小さな亀裂があり、そこから赤い光がかすかに漏れていた。地下の奥深くにまだ熱が残っているのだろう。
天井は高く、足音が洞窟の奥へと反響する。
自然の洞窟。
そう思えたのは最初だけだった。
しばらく進むと、ロイドが足を止める。
「……見て」
壁を指差す。
そこには、岩を削った痕があった。
自然の侵食ではない。
道具で削ったような、明らかな人工の跡。
リーリヤが眉をひそめる。
「人がここを使っていたってこと?」
ロイドは頷いた。
「それも最近だね」
さらに奥へ進む。
通路は長く続いていた。
そして、その途中には。
ところどころにフェニックスの羽が落ちていた。
燃え跡。
焦げた岩。
そして、爪で引っかいたような痕。
フェニックスがここを通った証拠だった。
マットたちは無言で進む。
空気が、重くなっていく。
やがて。
洞窟は大きく開けた空間へ繋がった。
そして。
そこに広がっていた光景を見て――。
アルエが息を呑んだ。
「……酷い」
思わず目を背ける。
床一面に、フェニックスの死体が転がっていた。
数十。
いや、それ以上。
赤金色だったはずの羽はくすみ、炎の輝きも消えている。翼は力なく広がり、動く気配はまったくない。
ロイドはゆっくりと歩き出した。
一羽ずつ確認していく。
羽をめくり、瞳を確かめ、胸のあたりへ手を当てる。
そして。
静かに首を横へ振った。
「……遅かった」
マットは拳を握る。
その時だった。
奥の方から、かすかな音が聞こえた。
カーボが耳を立てる。
ロイドも顔を上げた。
そこには。
鉄格子があった。
檻。
その中には、まだ生きているフェニックスがいた。
数十羽。
しかし、どれも衰弱している。
羽はくすみ、炎はほとんど灯っていない。
先ほどの個体と同じ状態だった。
マットはすぐに動いた。
「ロイド」
「分かってる」
檻を壊す。
フェニックスを一羽ずつ外へ運び出す。
そしてマットが魔力回復を行う。
青い光が羽を包み込むたび、フェニックスの炎が少しずつ戻っていく。
時間はかかった。
だが。
やがて。
すべての個体が回復した。
マットたちはフェニックスを洞窟の外へ連れ出した。
そして。
外へ出た瞬間。
空が赤金色に染まっていた。
無数のフェニックスが空を舞っていたのだ。
決して群れないはずの生き物。
それが。
この場所に、これほど集まっている。
ロイドはその光景を見上げた。
そして、小さく息を呑む。
「……これは」
言葉が出ない。
炎の羽が空を埋め尽くし、光の粒が降り注ぐ。
まるで空そのものが燃えているようだった。
最初にマットが助けたフェニックスが、その中から降りてくる。
そして。
マットの前へ静かに降り立った。
しばらく見つめる。
それから。
前足で自分の頭頂部を器用に引っ掻いた。
極彩色の羽が一本、抜け落ちる。
それを、マットへ差し出した。
羽は抜け落ちてもなお、魔力の光を放っている。
ロイドの目がさらに輝いた。
「マット。それはおそらく、マナフェニックスの親愛の証だ」
「通常、フェニックスの素材は体から離れた瞬間に魔力を失う。それが保たれているということは……意図的に魔力を残している証拠だ」
マットは羽を受け取る。
そして少し照れくさそうに頭を掻いた。
「そうか」
フェニックスを見る。
「まあ、無事でよかった」
「人を襲わないなら、俺たちがお前らを狩る理由はない」
「元気でやってくれ」
フェニックスは小さく鳴いた。
そして。
翼を広げる。
炎の粒が舞い上がる。
空へ。
一羽、また一羽と。
フェニックスたちは空へ飛び立っていった。
赤金色の翼が夕焼けの空を横切る。
やがてその光は、遠い火山の彼方へと消えていった。
洞窟の前には、静かな風だけが残った。




