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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第93話 灼熱の火山地帯


 火山地帯へ足を踏み入れた瞬間、空気そのものが別物へ変わった。


 まず熱い。


 ただ気温が高いという話ではない。地面の下そのものに、巨大な熱源が埋まっているような熱さだった。足裏からじわじわと這い上がる熱気が靴底越しに伝わり、息を吸うたびに肺の内側まで温められていく。風は吹いている。だが、それは涼を運ぶための風ではなく、熱を撹拌するための風だった。肌を撫でるたび、火にかざした鉄板の前へ顔を寄せた時のような乾いた圧が押し返してくる。


 周囲の景色もまた、これまでの土地とは明らかに異なっていた。


 岩肌は黒く、場所によっては赤茶けている。地面のあちこちにはひび割れが走り、その隙間から白い蒸気や硫黄の匂いを含んだ煙が立ち上っていた。遠くには傾斜のきつい火山の稜線が幾重にも重なって見え、その中腹では細い溶岩流の跡が光を受けて鈍く赤く光っている。ところどころに奇妙な黄色い鉱石が露出し、岩陰には火に強い苔のような植物がへばりついていた。


 「……熱いわね」


 リーリヤが額の汗を指先で拭う。


 それでも彼女の動きに焦りはない。少し考えるように周囲を見回すと、すぐに指先へ魔力を集めた。


 「こういう時は、まあ、技量でどうにかするしかないわよね」


 そう言って彼女は、空中へいくつもの小さな水球を浮かべる。さらにそれらへ細い水流を繋げ、頭上に広がる半透明の輪のような形へ整えていった。


 アルエが目を丸くする。


 「なにそれ」


 「見れば分かるでしょ」


 リーリヤは軽く杖を振った。


 次の瞬間、水球が一斉に細かな霧を撒き散らす。


 ぱしゃ、ではなく、しゅう、と。


 霧状になった水が頭上から降り注ぎ、熱気にさらされた空気をわずかに冷やす。即席のスプリンクラーだった。さらに彼女はもう一度魔力を練り上げ、今度は普段武器として使うアイスダガーを生成する。ただし刃の形ではなく、大きめの氷塊として。


 「ほら」


 氷を皆の前へ差し出す。


 「手でも首でも、好きなところに当てて」


 マットが受け取って首筋へ押し当てる。


 「おお。生き返るな」


 「死んでないわよ」


 リーリヤは淡々と返した。


 その横で、アルエが不思議そうに自分の額をぺたぺたと触っている。


 「……あれ?」


 「どうしたの?」


 リーリヤが尋ねると、アルエは首を傾げたまま答える。


 「いや、熱いには熱いんだけど、思ったより平気」


 ロイドが興味深そうに視線を向けた。


 「火耐性だろうね」


 「普段から炎の魔法を使いまくっているせいで、身体が高温環境に慣れてるんだと思う」


 アルエは少し得意げに鼻を鳴らす。


 「ふーん。じゃあ、あたし向きってことじゃない」


 「向いてるのは認めるけど、調子に乗って溶岩に飛び込むのはやめてよね」


 リーリヤが釘を刺す。


 「そんなことしないわよ」


 「いや、今ちょっと考えたでしょ」


 「考えただけ」


 そのやり取りの間にも、カーボはいつも通り落ち着いていた。


 灰色の毛並みに熱風が吹きつけているが、本人はまるで気にした様子もない。むしろ岩場を軽快に歩きながら、鼻を地面へ近づけて匂いを探っている。以前得た火耐性が、この環境でもしっかり効いているらしかった。


 アミノに至っては、さらに平然としている。


 そもそも変温動物に近い生態なのだろう。アルエの腕に巻きついたまま、舌をちろちろと出しているだけで、暑さに対する不快感らしきものはほとんど見えなかった。


 そして。


 この環境を最も満喫している者が、もう一羽いた。


 ササミである。


 「クエーッ!」


 明らかに機嫌の良い声だった。


 ササミは黄色味を帯びた鉱石を見つけた瞬間、嬉々としてそこへ駆け寄った。大きな嘴が岩肌へ叩きつけられる。がん、と鈍い音が響き、続いてばきばきと岩が砕ける。硫黄を多く含んだ鉱石らしく、割れた断面からはさらに強い匂いが立ち上った。


 「ちょっと、ササミ! そこら中突きまくらないの!」


 アルエが叫ぶ。


 だがササミは意に介さない。気に入った岩を見つけては嘴で砕き、そのままごくごくと飲み込んでいく。


 ロイドが乾いた笑みを浮かべた。


 「この鳥だけは、完全に正しい環境へ来た感じだね」


 「喜ばしいのかどうか判断に困るわ」


 リーリヤが言う。


 そうしてしばらく進むと、ロイドは早速本来の目的へ意識を切り替えた。


 「さて、観光はここまでだ」


 「マナフェニックスの痕跡を探そう」


 彼は地図を広げ、周囲の地形と見比べる。マナフェニックスの生息域として記録されていたのは、火山地帯の中でも比較的安定した熱源と高濃度の魔力が集まる一帯だった。火精霊の集まりやすい裂け目、温かな風が吹き上がる斜面、そして昆虫型モンスターが多く集まる硫黄谷。


 「本来なら、もっと痕跡があっていいはずなんだけどね」


 ロイドは周囲を見回しながら言う。


 「羽毛、燃え跡、糞、あるいは餌を追った飛行ルート。そういうものがほとんど見当たらない」


 リーリヤが辺りへ視線を走らせる。


 「確かに静かすぎるわね。こういう場所なら、空を飛ぶ火の鳥が一羽くらい見えてもおかしくないのに」


 カーボも低く鼻を鳴らしていた。


 匂いを追ってはいるものの、確信を得られていないらしい。火山地帯にはもともと強い匂いが多い。硫黄、焦げた岩、火属性モンスターの体臭、煙。それらが混ざり合って、追跡は普段よりはるかに難しくなっているようだった。


 「この辺り、フェニックス以外にも火に強い生き物が多いんだよな?」


 マットがロイドへ尋ねる。


 「ああ」


 ロイドは頷いた。


 「カタリナ周辺にいたフレアリザードなんて、この辺りじゃ中堅どころだ。もっと高熱に適応した個体もいるし、火炎を操る精度も段違いな種が珍しくない」


 「例えば――」


 その言葉の途中で、岩肌が動いた。


 ずるり、と。


 まるで溶けかけた岩が剥がれるようにして、巨大な猪型のモンスターが姿を現す。全身の毛は焦げ茶から黒へ変色し、牙だけが不自然に黄色く変質していた。硫黄成分を長年蓄積したのだろう。黄ばんだ牙は鈍く光り、その表面には細かい亀裂が無数に走っている。


 ロイドが即座に口にする。


 「バーニングボア」


 猪は低く唸り、地面を掻いた。次の瞬間、岩壁へ牙を叩きつける。


 亀裂の隙間から火が噴き上がった。


 牙に蓄積された成分が衝撃で発火し、猪の周囲を一気に炎が包み込む。臨戦態勢だった。


 「そっちがその気なら、やってやるわよ!」


 アルエが一歩前へ出る。


 腕を大きく振り、掌を突き出す。


 「火耐性がどんなもんか、見せてみなさいよ!」


 遠慮はない。


 それどころか、ここまでの暑さに妙に身体が馴染んでいることもあって、魔力の通りが普段より良いくらいだった。


 「バースト・フレイム!」


 爆発的な炎が放たれる。


 バーニングボアの纏った火を飲み込み、そのまま本体ごと呑み込んだ。火山地帯の熱気が一瞬押し返されるほどの熱量が吹き荒れ、周囲の岩壁まで赤く照らし出す。暴風のような炎が収まったあと、そこに残っていたのは――。


 こんがりと焼き上がった猪の丸焼きだけだった。


 アルエが腕を組み、鼻を鳴らす。


 「何よ。火耐性って言うからどんなものかと思ってたけど、大したことないじゃない」


 ロイドが乾いた笑みを浮かべる。


 「いや、君が大したことなかっただけで、普通はかなり危ない相手なんだけどね」


 「結果が全てよ」


 アルエは満足そうだった。


 そんな中、マットは全く別の方向を見ていた。


 「なるほど……」


 「この高温環境。呼吸も心拍も自然に上がる」


 リーリヤが嫌な予感に目を細める。


 「ちょっと待って」


 だがマットは止まらない。


 「しかもこの岩は……玄武岩か?」


 近くの大岩へ手を当てる。


 「硬いし、重い。かなり期待できるな」


 「何に?」


 アルエが聞くが、もう遅かった。


 マットは人間数人を押し潰せそうな巨岩へ両手をかけ、そのまま腰を落とす。筋肉が膨れ上がる。地面に足が沈み、熱を帯びた砂が弾ける。


 「ふっ!」


 次の瞬間、巨大な岩が持ち上がった。


 「ちょっ……!?」


 アルエが目を見開く。


 マットはその岩を肩へ担ぎ、その場で即座にスクワットを開始した。


 上下。


 上下。


 灼熱の空気の中で、汗が一気に噴き出す。呼吸は荒く、太腿と背中の筋肉が軋む。だが、本人の顔は嬉しそうだった。


 「よし。予想通りだ」


 「このセット数で、この筋肉痛。かなり効率がいい」


 リーリヤが呆れたように言う。


 「やるならせめて依頼の後にしなさい」


 マットはどこ吹く風である。


 「現地の環境は最大限利用するべきだからな」


 「そういう問題じゃないの」


 アルエが頭を抱える。


 ロイドは半ば本気で観察し始めていた。


 「確かに、高温環境での重量トレーニングは心肺と筋出力の両方へ負荷がかかるね」


 「そんな話してないでしょ」


 リーリヤが即座に遮る。


 ササミはその横で岩を砕き続け、カーボはあくまで匂いを探り続けていた。アミノだけがアルエの腕から顔を出し、マットの様子を眠たげに眺めている。


 火山地帯の調査は、こうして何とも騒がしい形で幕を開けたのだった。



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