第92話 火山への道
カタリナの街を出発したのは、まだ朝霧が街路を薄く覆っている時間だった。
門の外へ出ると、いつものように軽く装備の確認を行う。とはいえ、今回は荷物らしい荷物はほとんどない。理由は単純で、移動手段が以前とは大きく変わっていたからだ。
ササミが、ゆっくりと翼を広げる。
進化によって一回りどころか二回りは巨大になったその体は、もはや普通の騎乗用モンスターと比べても遜色がない。むしろ翼の広がりだけなら、下手な飛竜よりも立派に見えるほどだった。
その背には、アルエ、リーリヤ、そしてロイドが乗っている。
ロイドはしみじみと呟いた。
「まさか、馬がいらなくなる日が来るとは思わなかったよ」
かつてロイドが使っていた馬は、今回の遠征では完全にお役御免になっていた。ササミの移動速度と積載能力を考えれば、わざわざ別の移動手段を用意する理由がない。
アルエが振り返る。
「快適なんだからいいじゃない。風も気持ちいいし」
「君は気楽でいいね」
ロイドは苦笑した。
リーリヤは周囲の景色を静かに眺めている。
街道を離れ、少しずつ荒野へと景色が変わっていく。草原は徐々にまばらになり、代わりに黒い岩肌が目立つようになっていた。
一方で、地上ではマットがカーボの背に乗って並走している。
カーボは以前よりも一回り大きくなった体で、軽快に地面を蹴って進んでいた。マットが軽く手綱代わりに首元を叩くと、速度を微妙に調整するあたり、すでに立派な騎乗獣である。
そしてアルエの腕には、アミノが巻き付いていた。
時折、舌をちろちろと出しながら周囲の空気を探っている。
こうして見ると、かなり奇妙な隊列だった。
巨大な鳥。
黒い狼。
蛇。
そして人間四人。
冒険者としてはよくある光景なのかもしれないが、それでも初めて見た者は二度見するだろう。
数時間ほど進んだ頃、ロイドが地図を取り出した。
「今回の目的地だけどね」
そう言って、指で一点を示す。
「ここ。カタリナから南西へかなり離れた火山地帯だ」
マットが顔を上げる。
「火山か。暑そうだな」
ロイドは肩をすくめた。
「そりゃ火山だからね」
アルエが呆れた声を出す。
「説明になってないわよ」
ロイドは続ける。
「この地域は古い火山帯でね。完全に活動している火山もあれば、休眠状態のものもある。溶岩丘や硫黄谷も多くて、人があまり近寄らない場所なんだ」
リーリヤが静かに尋ねる。
「マナフェニックスは、そういう場所に住むの?」
ロイドは頷いた。
「基本的には高温環境を好む。火山や溶岩地帯、あるいは大きな火精霊の集まる場所なんかに巣を作ることが多いね」
マットが腕を組む。
「つまり、火山はフェニックスの縄張りってわけか」
「その通り」
ロイドの声が少しだけ楽しそうになる。
「マナフェニックスは単体行動が基本だ。群れることはまずない。それに逃げ足が速く、知能も高い。だから数が減るという現象自体がかなり珍しい」
アルエが首を傾げた。
「つまり、誰かが捕まえてる可能性があるってこと?」
ロイドは即答しなかった。
少しだけ考えるように目を細める。
「その可能性はあるね。あるいは、もっと面白い理由かもしれない」
「面白いって……」
アルエは少し嫌そうな顔をした。
ロイドがその言葉を使うとき、大抵ろくでもないことが起きる。
そんな会話をしながら進んでいると、次第に空気が変わってきた。
風が、わずかに熱を帯びている。
遠くの地平線に、黒い山の輪郭が浮かび上がっていた。
火山地帯。
目的地はまだ遠いが、確実に近づいている。
マットはその山を見上げながら、ふと呟いた。
「火山か……」
そして少し考えるように顎に手を当てる。
「岩場でのトレーニングには良さそうだな」
アルエが即座に振り返った。
「やめなさい」
ロイドも小さくため息をつく。
「硫黄ガスの中で筋トレは普通に死ぬよ」
しかしマットは真剣だった。
「不安定な岩場、天然サウナ、重量岩。条件としては悪くない」
リーリヤが静かに言う。
「まだ着いてないのに考えてるの?」
マットは頷いた。
「現地の環境は最大限利用するべきだからな」
アルエは天を仰ぐ。
「もう嫌な予感しかしないんだけど」
そんな軽口を交わしながら、旅は続いていく。
火山地帯までの道のりは長い。
片道だけでも、一週間以上。
しかしその先には、マナフェニックスの消失という不可解な事件が待っている。
そしてそれが、これまで追ってきた強制進化の謎へと、さらに深く繋がっていくことを――。
この時の彼らは、まだ知らなかった。




