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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第86話 魔力切れトレーニング


 依頼の報告を終え、マットたちは宿へと戻っていた。夕方の街は柔らかな橙色に染まり、石畳の路地には商人たちの呼び声と、帰路につく人々の穏やかなざわめきが混ざり合っている。だが、その空気を楽しむ者と、そうでない者がこのパーティには存在した。


 リーリヤとアルエは早々に宿を出て、街の散策へと向かった。二人は肩を並べながら楽しそうに会話を続けており、その後ろをササミがぴょこぴょことついていく。番犬ならぬ番鳥としての役割を自ら買って出たらしい。街の人々が時折その奇妙な一行を振り返るが、本人たちはまるで気にしていない。


 一方、カーボはまだギルドに残されていた。正確には、残されているというより、捕まっていると言った方が近い。進化を遂げたばかりのアルファダイアウルフという極めて貴重な存在を前に、ロイドの研究者としての好奇心が暴走した結果である。マットとしても多少は止めようとしたのだが、あの目を見た瞬間に諦めた。ああなったロイドを止める術は、この世界にほとんど存在しない。


 「そのうち満足するだろう」


 と、マットは半ば祈るような気持ちで思った。


 そして現在、マットは宿の一室にいた。


 床の中央で、上半身を裸にし、静かに呼吸を整えている。目の前にはアミノがとぐろを巻き、その細い体から時折ぱちぱちと小さな電気を弾いていた。


 次の瞬間。


 バリッ。


 青白い電撃がマットの体を走った。


 背筋が弓のように反り上がる。皮膚の下で筋繊維が束になって震え、太い血管が浮き上がる。肩から腕へ、胸から腹へと連鎖的に収縮が走り、体が勝手に跳ね上がった。


 呼吸が一瞬止まる。


 次の瞬間、心臓が強く打った。


 どくん。


 全身の血流が一気に巡る。筋肉の奥に焼けるような熱が広がり、神経が火花を散らすように刺激される。普通の人間ならば悲鳴を上げてその場で気絶してもおかしくない威力の電撃だが、マットはわずかに眉を動かすだけでそれを受け止めていた。


 収縮。


 さらに収縮。


 筋肉が限界まで絞り上げられ、関節が軋む。


 その瞬間を逃さない。


 緑の光が体表を包み込んだ。


 回復魔法。


 裂けた筋繊維が瞬時に結び直される。疲労が洗い流され、傷ついた組織が再び締まり直す。電撃による強制収縮と、回復魔法による再生。この二つを繰り返すことで筋肉を叩き壊し、作り直す。いわば魔法版EMSトレーニングである。


 傷ついた筋繊維が瞬時に修復され、疲労が洗い流されていく。電撃による筋肉収縮と回復魔法による再生。この二つを繰り返すことで筋肉を強制的に鍛え上げる、いわばEMSトレーニングの魔法版である。


 効率的であることは疑いようがない。事実、マットの筋肉はここ数日で明らかに密度を増していた。


 だが。


 どこか物足りない。


 マットはゆっくりと目を開いた。


 もう一度、電撃が走る。


 筋肉が収縮し、回復魔法がそれを癒す。


 しかし、同じ刺激を繰り返していると、体が慣れてしまうのだろう。確かに鍛えられてはいるのだが、あの限界を突破する感覚が足りない。


 そんなことを考えながらトレーニングを続けていると、電撃の強さが徐々に弱まっていった。


 ぷす。


 アミノの体から出る火花が小さくなる。


 魔力切れだ。


 アミノの魔力量は相当なものだが、日夜マットの筋肉を刺激するために高出力の電撃を出し続けていれば消耗も激しい。普通の人間なら一撃で卒倒するような威力を何度も放つのだから当然と言えば当然である。


 やがてアミノは完全に力を使い切ったのか、床にとぐろを巻いたままぐったりと動かなくなった。


 「お疲れ、アミノ」


 マットは軽く笑い、ぽんぽんとその頭を撫でる。するとアミノは安心したように舌をちろりと出した。


 そのとき、ふとマットの脳裏に疑問が浮かんだ。


 回復魔法は、どこまで有効なのだろうか。


 体の傷を癒す。それは確実だ。これまで何度も実証している。だが、マットの回復魔法はそれだけにとどまらない可能性があった。


 従魔契約。


 本来であれば極めて不安定で危険とされる複数の契約が、マットの回復魔法によって維持されている。つまり、この魔法は単なる肉体の修復ではなく、もっと広い意味での生命力を補填しているのではないか。


 「ものは試しだ」


 マットはゆっくりと手のひらを見つめた。


 空のグラスを想像する。


 その中を液体で満たしていくイメージ。


 いや。


 どうせなら、もう少し具体的にするべきだ。


 褐色の、不透明な液体。


 この世界に転生してから、恋焦がれてやまない飲み物。


 プロテイン。


 シェイカーを振る音が脳裏に蘇る。


 しゃか、しゃか、しゃか。


 あの独特の軽い振動。トレーニング後の腕に残る疲労と、妙な達成感。そして時々うまく溶けきらずに残る粉のダマ。飲んだ瞬間に舌へ触れる、あの少しざらついた感触。


 水で割るか、牛乳で割るか。


 ジムで何度も繰り返されたどうでもいい論争まで思い出す。


 水は吸収が速い。


 牛乳は味がいい。


 結局どちらでも筋肉は裏切らない、という結論に落ち着くのだが。


 味はバニラ。


 あの妙に甘いのに、どこか粉っぽさの残る味。決して美味いとは言い切れないが、トレーニングのあとに飲むと妙に体に染みる、あの一杯。


 その感覚を思い出すと、マットの胸は妙に熱くなった。


 「……いかん、思考が逸れた」


 再びグラスのイメージへ集中する。


 満たす。


 満たす。


 そのイメージを回復魔法に重ねる。


 すると、手のひらから淡い光が漏れ出した。


 普段の緑ではない。


 薄い、青色。


 アミノが不思議そうに顔を上げる。


 だが次第に、その体に活力が戻っていった。


 「やってみれば、できるものだ」


 マットは頷いた。


 「アミノ、もう一回電撃頼む」


 アミノは少し首を傾げたが、すぐに理解したようで体を持ち上げる。


 次の瞬間、再び高出力の電撃がマットを襲った。


 成功。


 魔力回復。


 それからというもの、マットは延々とそのトレーニングを続けた。アミノの電撃を受け、回復魔法で自身の肉体を修復し、さらにアミノの魔力も回復させる。終わりのない循環の中で、ひたすら体と魔力を酷使し続けた。


 そして。


 ついに。


 マット自身の魔力が枯渇した。


 「こ、これが魔力切れの感覚か」


 全身に重い倦怠感が広がる。筋肉痛とは違う。痛みはない。ただ、体が鉛のように重く感じる。


 不愉快ではあるが、興味深い。


 マットは立ち上がろうとして、わずかに眉をひそめた。


 重い。


 まるで全身に鉛でも流し込まれたような感覚だった。膝に力を入れると、関節の奥から鈍い抵抗が返ってくる。筋肉そのものが重いのではない。体の内側、もっと深いところから動きを止めようとする何かがある。


 一歩、踏み出す。


 床板がきしむほどの体重ではないはずなのに、足裏に伝わる感覚が妙に鈍い。呼吸も少し浅い。肺に空気は入っているのに、体がそれをうまく使えていないような妙な違和感があった。


 それでも、マットはゆっくりと歩き出す。


 もう一歩。


 さらにもう一歩。


 普段なら意識すらしない動作一つ一つに、妙な抵抗がある。その重さを確かめるように、マットは部屋の中を歩き回りながら、この感覚の意味を考え始めた。


 しばらくすると、廊下の向こうから声が聞こえてきた。


 「ただいまー」


 「ただいま」


 二つの声。


 アルエとリーリヤだ。


 「どうしたのマット、そんな難しい顔して」


 リーリヤが心配そうに覗き込む。


 「いや、魔力切れで体が怠いんだが、この感覚何かに使えないかと思って」


 「え?」


 二人は顔を見合わせた。


 「マット、あんた今魔力切れてるの?」


 「そうだが?」


 そう言いながら、マットは腕立て伏せを始める。


 アルエの表情が引きつった。


 「ねえ、なんでそんなに元気なの?」


 「いや、怠いが」


 「そうじゃなくて、普通は立つことすらできないのよ!?」


 「世の中には不思議なことがいっぱいあるんだよ」


 リーリヤは遠い目で窓の外を見た。夜空には星が静かに瞬いている。


 「諦めないでリーリヤ!あんたが諦めたらあたし一人じゃこの現実を受け止められないの!」


 アルエが肩を揺さぶる。


 そのとき。


 どさ。


 マットが床に倒れた。


 「あ、やっと静かになった」


 アルエがほっと息をつく。


 しかし。


 「きたきたきた!」


 床に倒れたままマットが叫んだ。


 「何!?怖い!」


 アルエはリーリヤに抱きつく。


 「これだ、久々の筋肉痛!しかもこの痛みはなんだ!」


 「そうか、魔力切れは本来人間が活動するための魔力すら使い切った状態。そこに筋トレを加えることで筋肉に桁違いの負荷がかかるんだ!」 帰ってきたロイドが目撃したのは。


 全身が微動だにしないのに、べらべらと理論を語るマット。


 アルエはリーリヤに抱き着いたまま震え。


 リーリヤは乾いた笑みで虚空を見つめ。


 アミノだけが眠そうに舌をちろちろ動かす。


 「邪教の儀式でもしていたのかい?」 目の前の光景は地獄の一説のようだった。



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