76話 ギルドの中心
カタリナの街の中心部へ進むにつれて、通路の幅は次第に広がっていった。
岩山を削り出して作られた都市構造は複雑で、幾つもの街区が橋や坂道、そして巨大なトンネルによって結び付けられている。市場や鍛冶屋街を抜けた先には、街の中心へ続く大きな洞窟の入口が口を開けていた。
そこは人工の建物というより、巨大な岩盤そのものを削り抜いた空間だった。
カタリナの冒険者ギルド本部。
街の各区画から接続された巨大空洞。
名実ともに、この都市の中心である場所だった。
洞窟の天井は想像以上に高く、見上げると岩肌の遥か上に灯りが点在している。天然の岩盤に魔法灯が埋め込まれており、橙色の光が広い空間をぼんやりと照らしていた。
そこには、想像を遥かに超える人の流れがあった。
冒険者。
商人。
魔術師。
荷物を運ぶ運搬人。
様々な人間が絶えず行き交っている。
巨大な洞窟空間のあちこちに通路が伸びており、人々はそのどこかへ吸い込まれるように消えていった。
まるで地下都市の交差点のようだった。
「うわぁ……」
アルエが思わず声を上げる。
「すごい人だね」
リーリヤも辺りを見回していた。
洞窟の壁面には巨大な掲示板があり、びっしりと依頼書が貼られている。討伐依頼、護衛依頼、素材収集、さらには研究協力の募集まで混ざっていた。
その横では武装した冒険者たちが依頼書を真剣な表情で見つめている。
酒場のような一角では昼間から酒を飲んでいる者たちの笑い声も響いていた。
カタリナ。
この街に集まる冒険者の数は、他の都市とは比較にならない。
その光景を見ながら、マットは少しだけ不思議な感覚を覚えていた。
懐かしい。
そんな感覚だった。
村の外れにあった洞窟。
ササミとカーボと一緒に拡張したあのジム。
岩を削り、床を平らにし、岩の重りを設置していったあの場所。
汗と土の匂いが混じった、あの武骨な空間。
この巨大洞窟には、どこかそれに似た雰囲気があった。
無骨で、実用的で、飾り気がない。
だが同時に、力を求める人間が集まる場所特有の熱気がある。
「……いい場所だな」
マットがぽつりと呟く。
リーリヤが振り向く。
「そう?」
「なんか落ち着く」
アルエが笑った。
「マットは岩と筋肉があればどこでも落ち着くでしょ」
その横で、カーボがゆっくりと歩いていた。
巨大な狼は周囲を見回し、鼻を鳴らす。
人間の匂い。
鉄の匂い。
魔力の匂い。
様々な気配が混ざる空間だった。
だがカーボは警戒する様子を見せない。
むしろどこか楽しそうに見える。
強い者の匂いが多い場所。
群れの王としての本能が何かを感じ取っているのかもしれない。
「まずは用事を済ませようか」
ロイドが言った。
「イレーヌさんからの書状を渡さないとね」
マットは頷いた。
巨大空洞の中央付近には、半円形に並ぶ受付カウンターがある。
数十人の受付職員が座り、冒険者たちの対応をしていた。
一行はその一つへ向かう。
しかし歩き始めた瞬間、周囲の視線が集まった。
理由は明らかだった。
子供三人。
巨大な狼。
蒼銀の鳥。
腕にまとわりつく謎の生物。
そして研究者風の男。
遠目から見れば子供の社会見学のような一団だった。
ただし――脇に控えるモンスターが尋常ではなければ。
周囲の冒険者たちが小声で話す。
「なんだあのガキども」
「狼……アルファ種じゃないか?」
「鳥も普通じゃねえぞ」
アルエは肩をすくめた。
「やっぱり目立つわね」
「慣れた」
リーリヤはあっさりと言った。
受付カウンターの前に立つ。
受付の女性は書類を書いていたが、顔を上げた瞬間に表情が止まった。
そして、露骨に顔をしかめる。
「……えっと」
彼女は一瞬言葉に詰まる。
「保護者の方はいらっしゃいますか?」
アルエが吹き出した。
マットは首をかしげる。
ロイドが苦笑する。
「僕が一応その立場かな」
受付嬢は改めて一行を見回した。
カーボ。
ササミ。
アミノ。
その視線は一瞬だけ止まり、警戒へ変わる。
「従魔登録は?」
マットが書類を出す。
サリアンで発行された従魔証明。
受付嬢はそれを確認し、目を丸くした。
「ミスリルイグナイト……?」
ロイドがもう一つの書類を差し出す。
「こちらも」
イレーヌの書状。
受付嬢は封を確認し、中を読む。
そして表情が変わった。
驚き。
そして少しの緊張。
「……少々お待ちください」
彼女は立ち上がり、奥へ急いで消えていった。
数分後。
戻ってきた彼女は言った。
「ギルドマスターがお会いになります」
周囲の冒険者たちがざわめく。
「ギルドマスターだと?」
「なんだあのガキども……」
受付嬢は一行を奥へ案内する。
岩壁の通路を進み、洞窟の奥へ入っていく。
騒がしい大厅とは違い、奥へ進むほど空気は静かになった。
やがて一つの重い扉の前で止まる。
受付嬢がノックをした。
「グラハム様。お連れしました」
中から返事が返る。
低く、よく通る声だった。
「入れ」
扉が開く。
部屋の中には巨大な机があり、その奥に男が座っていた。
背は低い。
だが体は岩のように分厚い。
腕は丸太のように太く、机の上に置かれた拳だけでも普通の人間の倍ほどありそうだった。
髭には白いものが混ざっている。
年齢は五十を超えているだろう。
しかしその眼光は鋭く、まるで現役の戦士のようだった。
ロイドが小さく息を呑む。
そしてマットたちへ小声で説明した。
「豪将グラハム……」
「ドワーフと人間のハーフだ」その説明にアルエが驚愕する。「あたしもハーフなんだけど将来ああなるの!?」
「そうとは限らないけど、彼はAランク冒険者。神器こそ持っていないけど、その武勲は各国の褒章をいくつも受けるほどのものだ」
ロイドはグラハムの体格を改めて見上げる。
「限りなくSランクに近い男だよ」
グラハムは一行をじっと見つめた。
そして低く笑う。
「なるほどな」
「イレーヌの手紙に書いてあった連中ってのは、お前らか」
ロイドが一歩前へ出る。
「初めまして」
「アーデンから来ました」
グラハムは腕を組んだ。
椅子が小さく軋む。
「ゲラングからも連絡は来てる」
「近々、面白い奴らが行くってな」
その視線がマットへ向く。
「……確かに面白そうだ」
マットは首をかしげた。
グラハムはニヤリと笑う。
「安心しろ」
「子供だからって追い返すつもりはねえ」
「俺は冒険者を見るときは年じゃなく腕を見る主義だ」
そして立ち上がった。
その動きだけで床がわずかに鳴る。
「それで?」
「イレーヌの手紙には色々書いてあったが……」
「実際の話を聞こうじゃねえか」
「何をやらかしてきた?」
ロイドは苦笑した。
「少し長くなりますよ」
グラハムは椅子に座り直す。
「構わん」
「どうせ今日は書類仕事で終わる予定だった」
そして顎をしゃくった。
「それより面白そうな話の方がよっぽどいい」
「さあ、話せ」
「イレーヌがわざわざ手紙をよこす連中の話をな」




