75話 城塞都市の夜
城門をくぐった瞬間、カタリナの街は外から見た印象以上に複雑な構造をしていることが分かった。
岩山を削って作られた街路は真っ直ぐではない。斜面に沿うように曲がりくねり、階段や坂道が何層にも連なっている。視界の先には石橋が掛かり、その向こうにはまた別の街区が広がっていた。上を見上げれば、さらに高い層の通路があり、人や荷車が行き交っている。
まるで街そのものが巨大な立体迷路のようだった。
「これは……迷子になるな」
マットが周囲を見回しながら呟く。
「なるわね」
リーリヤはあっさりと頷いた。
「でも、面白そうな街よ」
アルエはすでに興味津々で周囲の店を見ている。
城門から少し進んだだけで、すでに街は活気に満ちていた。石造りの通路の両側には露店が並び、人の声、金属音、モンスターの鳴き声まで混ざり合っている。
そこは市場だった。
ただの市場ではない。
冒険者の街特有の市場。
露店の上には様々な品物が並んでいた。
巨大な牙。
鱗。
乾燥させた肉。
瓶詰めの薬剤。
装飾品。
さらには食料まで。
どれもただの品ではない。
モンスター素材を加工した品ばかりだった。
「すごい……」
リーリヤが思わず声を漏らす。
露店の一つでは、小瓶に入った紫色の液体が並んでいた。
「これ全部、モンスター素材の薬なの?」
「そうみたいだね」
ロイドが興味深そうに瓶を覗き込む。
「毒腺を抽出したものだろう。こっちは再生促進剤かな」
隣の露店には指輪や首飾りが並んでいる。
宝石の代わりに、小さな牙や魔石が埋め込まれていた。
さらに奥では巨大な骨が売られている。
「骨?」
マットが首をかしげる。
「料理用じゃない?」
アルエが笑った。
実際、その隣では串焼きが焼かれていた。
肉の匂いが漂う。
普通の肉ではない。
モンスター肉だった。
「さすが冒険者の街ね」
リーリヤが苦笑する。
「周囲にモンスターが大量にいるから素材が集まるんだろうね」
ロイドは感心したように言った。
「ここなら珍しい素材も手に入りそうだ」
市場を抜けると、今度は金属音が聞こえてきた。
カン。
カン。
規則正しい音。
「鍛冶屋だな」
マットが言った。
石造りの建物の奥で、大きな炉が赤く燃えている。
店先には剣、槍、盾、鎧が並んでいた。
「ちょうどいい」
マットが自分の装備を見下ろす。
旅を続けてきた結果、鎧は傷だらけだった。
革も擦り切れ、金具は歪んでいる。
店の奥から店主が出てきた。
予想に反してドワーフではない。
人間だった。
だが腕は太く、職人らしい体格をしている。
彼はマットの装備を見た瞬間、顔をしかめた。
「おい、坊主」
低い声で言う。
「なんだその装備は」
マットは肩をすくめた。
「確かに随分ボロボロになっちゃったな」
「ボロボロというかなんというか」
店主は鎧を指差す。
「もう限界って声が俺には聞こえるぞ」
マットは笑った。
「直せる?」
「もちろん直せる」
店主は腕を組む。
「だが正直、そんなもんよりいい商品はいくらでもあるぞ」
店内には見事な装備が並んでいる。
だがマットは首を振った。
「それも悪くないんだけどな」
「せっかく父さんが一式そろえてくれた奴だし、できることなら使いたい」
店主は一瞬だけ驚いた顔をした。
そして小さく笑う。
「そういうことなら先に言え」
「腕によりをかけて直してやるよ」
その時マットが思い出したように言う。
「あ、そうだ。これとか使える?」
取り出したのは羽だった。
蒼銀に輝く羽。
ミスリルイグナイトの羽。
生体金属。
店主の目が見開かれる。
「おお……!」
彼は羽を手に取る。
「こいつは珍しい」
「俺も職人をして長いが、こいつを見るのは二度目だぜ」
だがすぐに眉をひそめた。
「しかしなぁ」
「一枚じゃどうにもならん。もう数枚は欲しいところだな」
マットは振り返る。
「そういうことなら」
「ササミ!」
店先で呼ばれたササミは、露店の果物を凝視していた。
名残惜しそうに振り返る。
それでもすぐにマットの元へ飛んできた。
マットは頭を撫でる。
「抜けそうなの何枚かもらうぞ」
「クエ」
短い肯定の声。
ササミは毛づくろいするように羽を数枚抜き取り、マットへ渡した。
マットはそれを店主に差し出す。
「はい、これでいけそう?」
店主はしばらく瞬きを繰り返していた。
「……お、おう」
「こんだけありゃお釣りがくる」
彼はササミを見た。
「アレ、お前さんの相棒か?」
マットは首を振る。
「相棒っていうか」
「トレーニングパートナーだな」
「意味が分からない」
店主は思わず呟いた。
しかし長年の経験が告げている。
これ以上深く聞かない方がいい。
「……と、とりあえず」
店主は咳払いをした。
「明日には完成させてやる」
「また寄ってくれ」
「分かった。じゃあよろしく」
マットはそれだけ言うと、すでに店を出ていた。
店主はしばらくその背中を見送る。
「なんだったんだ……あれ」
カウンターの上には、蒼銀の羽が積まれている。
ミスリルイグナイトの羽。
それが現実だと、嫌でも理解させてくる。
――。
そのまま一行は宿屋街へ向かった。
カタリナには大量の冒険者が集まる。
当然、宿屋も多い。
いや、多いどころではない。
一つの街区が丸ごと宿屋街になっていた。
雑魚寝の安宿。
普通の宿。
豪華な宿。
さらには一棟貸しの建物まである。
「これはすごいわね」
アルエが感心する。
「どれに泊まる?」
マットは後ろを振り返る。
カーボ。
ササミ。
そしてアミノ。
「……普通の宿は無理だな」
結局、小屋付きの宿を借りることになった。
モンスターを預けるためのスペースがある宿だ。
カーボは満足そうに伏せる。
ササミは屋根の上に止まった。
だがアミノは違った。
いつの間にかリーリヤの腕を登り、そのまま客室に入り込む。
「ちゃっかりしてるわね」
リーリヤは苦笑した。
夜になると、街の雰囲気はまた変わった。
灯りが石壁を照らす。
酒場の音楽。
冒険者の笑い声。
肉の焼ける匂い。
マットたちは宿の食堂で食事を取ることにした。
大きな皿に並ぶ料理。
モンスター肉のステーキ。
濃いスープ。
焼き野菜。
「いただきます!」
マットが豪快に肉を切る。
アルエはパンをちぎる。
リーリヤはスープを飲む。
ロイドは料理を観察している。
「どうしたの?」
リーリヤが聞く。
「いや」
ロイドは小さく笑った。
「やっぱりこの街は面白い」
「素材も、人も、情報も集まる」
彼は窓の外を見る。
遠くに見える塔。
冒険者ギルド総本部。
「明日から忙しくなりそうだね」




