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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第67話 ギルドマスターの胃痛


 地下鉱床を発見した直後、マットたちはその場でしばらく足を止めていた。


 青く光る鉱石が壁にも天井にも埋まり、静かな光が巨大な空間を満たしている。だが、その幻想的な光景に見惚れていられるほど、事態は単純ではなかった。ここが国家予算級の価値を持つ鉱床であり、しかも街の真下にある可能性が高いというだけでも十分に大事なのに、その広大な空間はさらに奥へと続いていたからだ。


 開けた空洞の先には、緩やかな坂道が闇の中へと伸び、その途中からいくつもの枝道が分かれている。どの通路も人の手によるものには見えない。自然に形成された洞窟なのか、それとも何かが長い時間をかけて掘り進めたのか、にわかには判断できなかった。


 ロイドは方位磁石を片手に周囲を見渡し、やがてゆっくり息を吐いた。


「これは……」


 珍しく言葉を選ぶような間があった。


「流石に、一パーティでそのまま調査を続けるには規模が大きすぎるね」


 マットも同意だった。


 目の前の光景だけならまだしも、この奥に何があるのかがまるで分からない。今までの異常進化や行動の変化、その原因が地下にあるのではないかという仮説自体はかなり濃厚になったが、だからといって装備も人員もそのままで踏み込んでいい規模ではなかった。


「戻るか」


 マットが短く言うと、リーリヤが頷く。


「うん。その方がいいね。ここで何かあっても、街まで連絡が届かない」


 アルエもさすがに反対はしなかった。鉱床そのものに目を輝かせていたものの、枝道の奥に広がる闇を見てからは、少しだけ表情を引き締めている。


「……あたしも、ここは一回戻った方がいいと思う。なんか、奥が静かすぎる」


 静かすぎる。


 それは言い得て妙だった。


 これほどの鉱床がありながら、小動物の気配も、水音も、羽虫の羽ばたきも聞こえない。ただ、時折ササミが鉱石を噛み砕く音だけが、小さく洞窟に反響している。


「ササミ、そろそろ行くぞ」


 マットが呼びかけると、ササミは名残惜しそうに壁をつつき、最後にもう一欠片だけ鉱石を飲み込んでからこちらへ戻ってきた。口元には青い粉が少し付いている。


 ロイドはその様子を見て、何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。言えばろくでもない方向に話が転がると、さすがに学んできたのだろう。


 そうして一行は、再び暗い坑道を引き返すことになった。


 ギルドに戻る頃には、夕方の光が広場を斜めに切っていた。


 昼の喧騒はまだ残っていたが、空気の色は少しだけ疲れている。飼育区画から運び込まれる餌袋、依頼の報告に並ぶ冒険者、書類の束を抱えて走る職員。その中心にある建物を見上げた時、マットは何となく、あのギルドマスターの顔を思い浮かべた。


 そして実際にギルドの扉を開けた瞬間、その想像は裏切られなかった。


 イレーヌは、相変わらず机の向こうにいた。


 ただし、前に会った時よりも明らかに疲れている。


 長い金髪はきちんとまとめられているし、姿勢も崩れてはいない。けれど目の下のクマは、昨日より確実に濃くなっていた。美人であることは変わらないのに、その整った顔立ちの上にだけ、現実の重みが容赦なく積もっている。


 ロイドがその前に立つ。


「報告に来たよ」


「ええ、見れば分かるわ」


 イレーヌは片肘を机につき、こめかみを押さえたまま答えた。


「その顔をしてる時のあなた、大体ろくでもない話しかしないもの」


「ひどいなあ」


「事実でしょう」


 言い切ってから、彼女は背筋を伸ばした。


「で、今回は何が見つかったの?」


 ロイドは悪びれもせず、淡々と説明を始める。


 廃鉱の奥で壁が崩れたこと。


 その先に自然洞窟が広がっていたこと。


 広大な地下空間の存在。


 そこにミスリルと高純度の魔力鉱、さらに魔力遮断鉱が混在する巨大鉱床が眠っていたこと。


 そして、おそらくその位置がアーデンの真下にあたること。


 ロイドの説明が進むにつれ、イレーヌの顔色は少しずつ変わっていった。


 最初は面倒な報告を聞く時の顔だった。


 次に、危険な案件だと理解した顔になった。


 そして最後には、完全に青ざめていた。


「……ねえ」


 イレーヌはしばらく無言のまま机を見つめていたが、やがて顔を上げもせずに呟いた。


「今の話を聞かなかったことにして、しばらく休暇を申請してもいいかしら?」


 ついに現実逃避である。


 アルエが思わず吹き出した。


「ちょっと、本気で言ってる?」


「本気よ」


 イレーヌは即答した。


「南の海辺でも行って、魚でも焼いて暮らしたいわ。地下鉱床も異常進化も、全部忘れて」


「ギルドマスターが仕事放り投げたら大変なことになるね」


 リーリヤが静かに言うと、イレーヌは机に突っ伏した。


「もう大変なことになってるのよ……」


 その背中は、哀愁という言葉が似合うほど疲れていた。


 しばらくそのまま動かなかったが、やがて彼女は顔を上げ、がしがしと額を掻く。


「……駄々こねても現実は消えないわよね」


「消えないね」


 ロイドが妙に優しい声で言う。


「うるさい」


 イレーヌはきっぱり言い捨ててから、机の上のベルを鳴らした。すぐに職員が一人、二人と集まってくる。


「調査隊を編成するわ。坑道の安全確認班、飼育区画の応援要員、それから地下調査に同行できる人員を確保して」


 指示は早かった。やはりこの人は、追い詰められてからの方が強いのだろう。


「ただし」


 イレーヌはそこで一度言葉を切り、ロイドたちへ視線を向けた。


「一つだけ、気になることがある」


 声の色が少しだけ変わった。


「そんな規模の空洞と鉱床が、街の真下にずっと眠っていたのだとしたら」


 彼女は腕を組む。


「どうして今まで、何も起きなかったのかしら」


 部屋の空気が、一瞬だけ静かになった。


 もっともな疑問だった。


 あれほどの空間と資源があるのなら、もっと前から異常が出ていてもおかしくない。近年になってモンスターの動きが変わり、進化しかけの個体が出始めたのだとすれば、何かしらの“きっかけ”があったはずだ。


「もしくは」


 イレーヌは低く続ける。


「今までは起きていなかった何かが、最近になって動き出したのか」


 その言葉に、マットは無意識にアミノの頭を撫でていた。白い体を少し長くした蛇は、肩の上で静かに目を細めている。ササミはというと、待合の隅で敷物の上に座り込み、満腹そうに嘴を開け閉めしていた。カーボだけが、扉の方を向いて耳を立てている。


 イレーヌはその三匹を見て、深く息を吐いた。


「……本当に、トラブルの匂いしかしないわ」


 結局、その日のうちに簡易の調査隊が組まれることになった。


 前衛として現場慣れした冒険者が二名。坑道の安全確認を担当する技師が一名。地下空間の測量と鉱石判定を行う研究員が二名。そして、最初に発見した当事者としてマットたちも同行する。


 規模としては決して大所帯ではない。大騒ぎになる前に、まずは事実確認を済ませる。それがイレーヌの判断だった。


「これ以上人を入れて、街中に噂を広げるわけにもいかないからね」


 出発前、彼女はそう言った。


「地下に巨大鉱床があるなんて話が本格的に広まったら、冒険者も商人も研究者も、全員目の色を変えるわ。そうなる前に、せめて現状だけは掴んでおきたいの」


 そして小さく付け加える。


「……できれば、問題が鉱床だけで済んでくれるといいのだけれど」


 その願いが叶わないことは、彼女自身も何となく分かっている顔だった。


 翌朝。


 まだ冷たい空気の中、調査隊は廃鉱へ向かった。


 空は薄曇りで、朝日もどこか鈍い。森の鳥たちは鳴いていたが、その声さえ地下のことを思えば遠いものに感じられる。


 廃鉱に着くと、技師が入り口の支柱を確かめ、慎重に内部へ進んでいく。ロイドと研究員たちは地図や記録板を抱え、何度も確認しながら後に続いた。


 壁の崩落した場所を抜ける時、昨日の痕跡はそのまま残っていた。砕けた岩。鉱石の粉。ササミが食べ散らかしたらしい壁の跡まである。


「本当に好き放題やってくれたわね……」


 イレーヌは呆れたように呟いたが、そこでそれ以上は何も言わなかった。むしろ、今はそんなことに構っていられないのだろう。


 巨大空洞に入ると、調査隊の足が止まった。


 昨日見た時と同じく、青い鉱石の光が静かに空間を満たしている。


 しかし人数が増えた分、その光景はさらに異様だった。人のランタンの光が青の中へ溶け込み、誰かの足音が遅れて壁に返る。


 研究員の一人が、興奮を隠せない声で呟いた。


「……本当にあったのか」


「見れば分かるでしょ」


 イレーヌは疲れた顔のまま返し、すぐに全員を見回した。


「ここから先は慎重に行くわよ。枝道の確認、気配の把握、足場の記録。何か一つでもおかしいと思ったら、すぐに知らせて」


 調査隊は頷き、ゆっくりと洞窟の奥へ向かって歩き始めた。


 広い空間の先には、昨日見た通り、さらに暗い枝道がいくつも口を開けている。


 青い光が届く範囲はそこまでで、その先は完全な闇だった。


 そしてその闇の奥から、ほんのわずかに、何かが擦れるような音がした気がした。


 誰もまだ、それが何なのかを知らない。


 だが少なくとも。


 この地下空間が、ただの鉱床で終わらないことだけは、全員が薄々感じ始めていた。



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