第66話 廃鉱の奥
街の北にある廃鉱は、すでに長い年月を経た場所だった。かつては鉄鉱石を産出したらしいが、掘り尽くされ、今では誰も寄り付かない。坑道の入り口も半ば崩れ、周囲には背丈ほどの草が生えている。
それでも内部に入れば、かつての採掘跡がはっきりと残っていた。粗く削られた壁。ところどころに残る木製の支柱。湿った土と錆びた鉄の匂いが混じり合い、足音がわずかに反響する。
人の手で作られた坑道は、まっすぐ奥へと続いている。
調査依頼の内容は単純だ。この周辺で見られるモンスターの異常発生、その原因を探ること。
ベノムスパイダーの群れも、その一つだった。
「それにしても、ここまで来る必要あったの?」
リーリヤがぼやく。
「蜘蛛の出現地点の分布を地図に落とすと、この辺りが中心に近かったんだよ」
ロイドは淡々と答えながら地図を確認している。
「つまり調査としては理にかなっているってこと?」
「そういうこと」
そんな会話をしていた時だった。
ササミが、突然立ち止まった。
壁に顔を近づけ、じっと岩肌を見つめる。
まるで、何かを聞いているようだった。
「ん?」
マットが首をかしげる。
次の瞬間。
ササミが壁を掘り始めた。
がり、がり、がり。
爪で岩を削る音が坑道に響く。
「ササミ?」
しかし止まらない。
むしろ夢中になったように、執拗に同じ場所を掘り続けている。
岩の表面に、細い亀裂が走る。
ぱらり、と小石が落ちた。
ササミはさらに力を込めて岩を掻きむしる。
がり、がり、がり。
「奥に何かあるのかな」
マットは腕を組み、しばらく様子を見ることにした。
岩は固いはずなのに、ササミの爪は驚くほどの速度で削っていく。
亀裂が広がる。
そして次の瞬間。
ドゴン。
凄まじい音が坑道に響いた。
「なっ!?」
慌てて近づくと、壁の向こうが崩れている。
砕けた岩の向こうに、暗い空間が広がっていた。
そしてその先には——
洞窟。
明らかに人工ではない、自然の空洞が広がっていた。
「……洞窟?」
マットが呟く。
ロイドは目を細めた。
「どうやら、廃鉱のさらに奥に自然洞窟があったみたいだね」
穴を抜けると、空間はゆるやかに下り坂になっていた。
岩肌の道を慎重に進む。
やがて。
急に視界が開けた。
「……わあ」
アルエが思わず声を漏らす。
巨大な空間だった。
天井は遥か上にあり、たいまつの光では到底届かないほど高い。声を出せば、わずかに遅れて反響が返ってくる。
光の届かないはずの地下。
しかし、そこには淡い青い光が満ちていた。
岩壁のあちこちに、青く輝く鉱石が埋まっている。
その光が洞窟全体に反射し、静かな青の世界を作り出していた。
「綺麗……」
アルエがつぶやく。
だが。
ロイドは別の意味で驚愕していた。
「これは……」
彼は岩壁を撫で、鉱石を確かめる。
「ミスリルの鉱床だね。しかもミスリルだけじゃない」
さらに別の鉱石を指差す。
「高純度の魔力鉱まで混ざってる」
「すごいの?」
「凄いなんてもんじゃないよ」
ロイドは苦笑した。
「この空間だけで、小さな国の国家予算が何年分にもなる」
「もしかして大発見?」
「もしかしなくても大発見だね」
ロイドはふと岩壁の一部を見つめた。
そこには黒い鉱石が混ざっている。
「……なるほど」
「何かわかったの?」
リーリヤが尋ねる。
ロイドは黒い鉱石を指で叩いた。
鈍い音が返る。
「この黒い石、魔力遮断鉱だ」
「魔力遮断?」
「魔力を通さない性質を持つ鉱石さ」
ロイドは岩壁を軽く叩いた。
「つまり外から探知魔法を使っても、この鉱床は反応しない」
「え」
「今まで誰にも見つからなかった理由はこれだね」
アルエが周囲を見回す。
「そんなの、よく今まで残ってたね……」
「遮断鉱に覆われた巨大鉱床。偶然でも掘り当てない限り見つからないよ」
そこでマットが、ふと気づいた。
「そういえばササミは?」
アルエが視線を向ける。
「……ねえ、ササミ放って置いて良いの?」
そこには。
夢中になって壁を突き、鉱石を飲み込んでいくササミの姿があった。
ミスリル。
魔力鉱。
魔力遮断鉱。
区別なく、もぐもぐと食べている。
「……」
ロイドはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「多少なら、第一発見者特典ということでいいんじゃないかな」
「いやいやいや」
リーリヤが即座に突っ込む。
ロイドは続けた。
「というか僕は何も見ていない。いいね」
突然の完全無視宣言だった。
「お目付け役が聞いてあきれるね」
リーリヤが腕を組む。
「どうせ、ササミがミスリルをいっぱい食べたら面白い進化するとか考えてるんでしょ!」
鋭い指摘。
ロイドは。
無言を貫いた。
図星だった。
その間にもササミは、岩壁を突いては鉱石を飲み込み続けている。
かり、かり、かり。
幸せそうな音が洞窟に響いていた。
「……ねえ」
アルエがぽつりと呟く。
「この鉱床、街の近くだよね?」
「そうだね」
ロイドは方位磁石を取り出し、歩いてきた距離を頭の中で計算しながら地図と照らし合わせる。
しばらく沈黙。
そして。
眉をしかめた。
「妙だな」
「何が?」
「ここだと——」
ロイドは地図を指差す。
「丁度真上が街なんじゃないかな」
「え」
「町の下にこんなのが埋まってるの?」
アルエが驚く。
「可能性としてないってことはないけどね」
ロイドは洞窟の天井を見上げた。
巨大な鉱床。
街の真下。
そして。
国家予算級の資源。
「……あー」
マットが頭を掻く。
「これ、報告したらまた大騒ぎになるよね」
しばし沈黙。
そして全員の脳裏に、同じ光景が浮かぶ。
頭を抱えるギルドマスターの姿だった。
「……うん」
ロイドは静かに言った。
「間違いなくなるね」
洞窟の奥で。
ササミだけが、相変わらず幸せそうに鉱石を食べ続けていた。




