第64話 毒蜘蛛の群れと白蛇の進化
蜘蛛たちが一斉に跳びかかった瞬間、森の空気が一変した。
八本脚の影が地面を這い、木を伝い、糸を渡って迫ってくる。人の背丈ほどもある巨体が信じられないほどの速さで動き回り、紫色の模様が不気味に揺れた。
「来るよ!」
リーリヤが声を上げる。
その直後、前方の蜘蛛が跳ねた。
だが、マットの前に白い影が滑り込む。
ササミだった。
大きく羽を広げ、迫ってきたベノムスパイダーの脚を器用に弾く。羽根で受け流された蜘蛛は体勢を崩し、そのまま地面へ転がった。
さらにもう一匹が背後から迫る。
ササミは振り返りざまに翼を打ち付け、その牙を逸らすように弾き飛ばした。
まるで盾のようにリーリヤとアルエの前に立ち、蜘蛛の攻撃を防いでいる。
「ササミ、ナイス!」
アルエが叫ぶ。
その瞬間、彼女の手の中で炎が弾けた。
フレイムウィップ。
燃え上がる炎の鞭が弧を描き、群れへと叩き込まれる。火炎は蜘蛛の脚を巻き込み、乾いた音とともに数匹を吹き飛ばした。
焦げた匂いが森に広がる。
しかし、蜘蛛はまだ多い。
左右から迫る影に対し、リーリヤが冷静に手を掲げた。
「アイスダガー!」
魔力が空気を切り裂き、氷の刃が次々と生まれる。
鋭い氷の短剣は蜘蛛の巣を切り裂き、張り巡らされた糸を断ち切った。粘つく糸が次々と落ち、視界が開ける。
その隙を突くように、黒い影が森の中を駆けた。
カーボだった。
木の陰から一気に飛び出し、死角から迫っていたベノムスパイダーへと飛び掛かる。鋭い牙が蜘蛛の腹部へ食い込み、驚いた個体が大きくのけぞった。
その一撃で隊列が崩れる。
蜘蛛の注意が分散した瞬間、マットが踏み込んだ。
拳を振るう。
重い衝撃とともに一匹のベノムスパイダーが地面へ叩きつけられる。
続けざまにもう一匹が飛び掛かってくるが、その脚に白い影が巻き付いた。
アミノ。
素早く脚へ絡みつき、動きを封じる。
「よし!」
マットはそのまま拳を叩き込み、蜘蛛の頭部を粉砕した。
戦いは混戦になった。
炎が唸り、氷が閃き、羽が蜘蛛の攻撃を弾き、黒い影が死角から襲い掛かる。
数の優位を頼みにした蜘蛛の群れだったが、マットたちの連携はそれを上回っていた。
そして、やがて。
最後の一匹が地面へ崩れ落ちる。
森に静けさが戻った。
アルエが大きく息を吐く。
「はあ……気持ち悪かった……」
リーリヤも肩の力を抜いた。
「数が多かったね。でも何とか――」
その時だった。
マットの頭上。
わずかな気配。
完全に消されていた殺気が、突然牙を剥いた。
黒い影が落ちてくる。
ベノムスパイダー。
天井の枝に潜み、機会を待っていた個体だった。
「――っ!」
気付いた時には遅かった。
蜘蛛の牙が、マットの腕へ深々と突き刺さる。
「マット!」
アルエの叫び。
次の瞬間、氷の刃が閃いた。
アイスダガー。
蜘蛛の体が真っ二つに切り裂かれ、そのまま地面へ落ちる。
だが、牙はすでに毒を注ぎ込んでいた。
マットの腕に紫色の血管が浮かび上がる。
「ぐ……っ」
苦痛に顔を歪める。
回復魔法を使えば致命傷にはならない。だが毒そのものが消えるわけではない。焼けるような痛みが腕から肩へと広がっていく。
その時。
白い影が動いた。
アミノ。
マットの腕の付け根――脇の辺りへと巻き付き、その体を強く締め上げる。
「おい、何を……」
そして次の瞬間。
アミノは、蜘蛛に噛まれた傷口へ自らの牙を突き立てた。
吸い付く。
毒を。
吸い出している。
「毒を……吸っているのか?」
ロイドが驚いた声を上げる。
アミノの白い体に、じわりと紫色が混ざり始める。
まるで毒が体内へ移っているかのようだった。
「これは……毒を吸収しているのか。元がコカトリスの尻尾なら毒耐性があってもおかしくはないけど……」
ロイドの分析が止まらない。
「ウィッチバイパーへ進化して、さらにコカトリスの特徴を再獲得しようとしているのか?」
彼は腕を組み、興奮気味に続けた。
「そんな進化、普通あり得るのか? いや、でも目の前で起きている現象は確実にそれを示しているし……」
しばらくして。
マットの腕の紫色がゆっくりと引いていく。
毒の気配が消えた。
アミノが体を離す。
「ありがと、アミノ。かなり楽になった」
マットは腕を回してみる。
先ほどまで浮き出ていた紫の血管は完全に消え、痛みも残っていない。
その様子を見て、アミノは満足そうに肩口へ戻ろうとした。
――だが。
「ん?」
マットが首をかしげる。
「……なんか」
アルエも目を細めた。
「アミノ、大きくなってない?」
リーリヤも頷く。
「大きくなったというより……長くなってるね」
よく見ると模様も変わっていた。
今まで体に沿って走っていた赤いラインに、紫色が混ざっている。それがギザギザとした模様になり、蛇の体を不規則に走っていた。
ロイドの目が輝いた。
「間違いない。進化している!」
興奮した声が森に響く。
「こんなに分かりづらい進化は初めて見たよ! 僕でも全然気付かなかった!」
彼はアミノを指差しながら続けた。
「見てよ、模様が完全に変わってる! 赤いラインに紫が混ざってギザギザになってるし、長さも今までの倍くらいある!」
さらに彼は尻尾の先を覗き込み、声を上げた。
「あ、これ……羽毛?」
白い蛇の尾の先に、わずかな羽毛のようなものが生えていた。
ロイドの声がさらに弾む。
「やっぱりコカトリスの特徴を再獲得しているのかもしれない! いや、こんな進化は見たことがない!」
そして彼は勢いよく立ち上がった。
「すぐに調べよう! 街に戻るよ!」
そのテンションに、誰もついていけなかった。
結局そのまま、マットたちは街へ戻ることになった。




