表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/131

第61話 飼育区画の異常進化


 ギルドの窓から差し込む午後の光は、机の上に積まれた書類の端を淡く照らしていた。乾いた紙の匂いと、外から流れ込んでくる干し草と獣の臭いが混ざり合い、この場所が単なる行政機関ではなく、巨大な飼育場の管理室の延長線上にあるのだということを静かに示している。イレーヌはその光の中でしばらく黙り込んだまま、指先で一枚の報告書をゆっくりと叩いていた。


 その様子を見ながら、マットは椅子に背を預け、肩に巻き付くアミノの頭を軽く撫でる。アミノは細い舌をわずかに出しながら、室内の匂いを確かめるように空気を舐めていた。ササミは床に座り込み、爪で石床を軽く掻きながら周囲を観察している。カーボは扉の近くで伏せていたが、耳だけはずっと立ったままだ。


 やがてイレーヌは小さく息を吐き、報告書を机の上に滑らせた。


「ちょうどいいわ」


 その声には、どこか観念したような響きがある。


「依頼を一つ受けてもらえない?」


 アルエがすぐに身を乗り出した。


「依頼?」


「ええ」


 イレーヌは頷き、指先で報告書を軽く押した。


「飼育区画で問題が起きてるの」


 ロイドが眉を上げる。


「暴走ですか?」


「それならまだいいのだけど」


 イレーヌは苦く笑った。


「暴走なら捕獲班を出せば済む。でも今回のは少し違う」


 そう言って、報告書をマットの方へ向ける。


 紙には簡単な図と、いくつかの数字、そして太い線で書き殴られた文字が並んでいた。


 ──飼育区画B-17


 ──個体:ワイルドボア


 ──状態:異常進化の疑い


 アルエが目を丸くする。


「進化?」


「そう」


 イレーヌは腕を組んだ。


「普通、進化は段階的に起きるものよ。魔力の蓄積、食性の変化、体格の拡張。研究者たちはそれを何年も観察して記録している。でも今回は違う」


 指先で机を叩く。


「突然だった」


 リーリヤが静かに尋ねる。


「どの程度の変化ですの?」


 イレーヌは一瞬だけ視線を伏せ、それから答えた。


「体長が倍になった」


 部屋が少し静かになる。


「牙が伸びて、皮膚が硬化して、筋肉量が異常に増えてる。しかもただ大きくなっただけじゃない。魔力の反応が急激に増えている」


 マットが報告書を覗き込む。


「暴れてるの?」


「今のところは柵の中に閉じ込めてある」


 イレーヌは言った。


「ただし、時間の問題ね」


 彼女は窓の外を顎で示す。


「ワイルドボアっていうのは本来、そこまで危険なモンスターじゃない。体は大きいけど、群れで飼育できるし、肉も取れるからアーデンではかなり一般的な個体なのよ」


 そこで少しだけ言葉を区切る。


「でも今回の個体は違う」


 視線がマットへ向く。


「柵を三本折った」


 アルエが思わず声を上げた。


「三本!?」


「ええ。しかも鉄補強の柵を」


 イレーヌは淡々と言った。


「研究員たちは進化の途中段階だと言って観察を続けようとしているけど、私はそんな悠長なことをする気はない」


 椅子から立ち上がる。


 その動きは、書類仕事をしていた人間のものではなく、昔戦場に立っていた冒険者のものだった。


「危険な個体は処理する。それがギルドの仕事よ」


 マットは少し考えてから聞いた。


「なんで俺たち?」


 イレーヌは即答する。


「噂」


 短い言葉だったが、その目は真剣だった。


「サリアンからの報告は読んでる。異常な進化個体を連れている子供のパーティ」


 視線がササミへ向く。


「コカトリスからロックスイーパーへ進化した個体」


 次にアミノ。


「電撃個体のウィッチバイパー」


 最後にカーボ。


「そしてアルファダイアウルフ」


 イレーヌはゆっくり言った。


「正直に言うとね」


 ほんの少し笑う。


「研究者より、あなたたちの方が状況を理解できる気がするのよ」


 ロイドが肩をすくめる。


「それはどうでしょうね」


「少なくとも」


 イレーヌは続ける。


「戦うことはできるでしょ」


 マットは報告書を机に戻し、立ち上がった。


「場所は?」


 イレーヌの口元がわずかに緩む。


「話が早いわね」


 壁の地図を指差す。


「飼育区画B-17。ここから歩いて十五分くらい」


 その指先は、村の外縁に近い区画を示していた。柵で区切られた広大な放牧地の一つだ。


「本来なら群れで飼育している場所だけど、問題の個体は隔離してある。今は研究員が監視しているけど……」


 そこで言葉を濁す。


「いつまでもつかは分からない」


 マットは肩を回しながら歩き出した。


「じゃあ行こう」


 アルエが慌てて立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ詳しい説明とかあるでしょ!」


 イレーヌは軽く笑った。


「説明なら現場で聞けばいいわ」


 そして小さく付け加える。


「どうせ、見た方が早いでしょうしね」


 ギルドの扉を開けると、外の風が一気に流れ込んできた。草の匂い、土の匂い、そして遠くから響く低い鳴き声。


 その鳴き声は、普通の家畜のものとは明らかに違っていた。


 重く、荒く、苛立ったような音。


 リーリヤが静かに呟く。


「……これですね」


 遠くの飼育区画の方角で、地面がわずかに揺れた。


 柵の向こうで、何か巨大なものが暴れている。


 イレーヌは腕を組み、その光景を見つめた。


「ワイルドボアのはずだったのよ」


 そして、低い声で言う。


「でも今は、もう別のものになりかけてる」


 マットはその方向を見ながら、ゆっくりと口元を歪めた。


「進化、か」


 ササミが低く鳴く。


 アミノは肩の上で体をわずかに持ち上げ、空気の中の魔力を確かめるように舌を震わせた。


 カーボは立ち上がり、静かに牙を見せる。


 アーデンに来て、最初の依頼。


 それは、どうやら普通の飼育事故では済みそうになかった。


 飼育区画B-17は、村の外縁に近い場所にあった。


 高い木柵に鉄の補強を打ち込んだ囲いがいくつも並び、その内側では様々なモンスターが飼育されている。だが奥へ進むにつれ、人の気配は少しずつ薄れ、代わりに土の匂いと獣の臭いが濃くなっていった。監視台の上では研究員が望遠の魔道具を構え、下の柵の様子をじっと観察している。


 問題の区画に近づくと、地面の荒れ方が目に見えて変わった。


 掘り返された土。


 折れた杭。


 そして、巨大な足跡。


 柵の内側では、一頭のワイルドボアが鼻先で地面を激しく掘り返していた。


 体長は明らかに通常の倍以上ある。筋肉が膨れ上がり、牙は鎌のように湾曲し、背中の毛は鋼線のように逆立っていた。土を蹴り上げるたびに、重い振動が足元へ伝わってくる。


 しかし、暴れているというよりは――


 何かを探しているようだった。


 ワイルドボアは鼻先を地面へ押し付け、土を掘り、そしてしばらく匂いを確かめるように動きを止める。だが何も見つからないと分かると、また別の場所を掘り返し始めた。


 その様子を見て、リーリヤが小さく首を傾げた。


「……お腹が空いているんでしょうか」


 ロイドは腕を組み、興味深そうに観察を続ける。


「腹は減ってそうだけど、それとは違う雰囲気だね」


 目を細めながら言った。


「飢餓で何かを欲してるというよりかは……何かを探してる感じがする」


 研究員の一人も柵の外から身を乗り出し、必死に記録板へ何かを書き込んでいた。


 その時だった。


「クぇ」


 ササミが短く鳴いた。


 マットがそちらを見る。


「どうした、ササミ?」


 ササミは周囲をきょろきょろ見回し、何かを確かめるように首を傾げる。


 そして次の瞬間。


 慌てた様子もなく、ててて、と軽い足取りで走り出した。


 向かった先は、柵の近くに転がっていた岩だった。


 ササミはためらいもなくその岩へ嘴を振り下ろす。


 ――ガンッ


 乾いた音とともに岩が砕け、拳ほどの破片が地面へ転がった。


 ササミはその破片を嘴でくわえ、そのまま柵の隙間へ放り込む。


 次の瞬間だった。


 ワイルドボアの動きが止まった。


 鼻先がぴたりと岩へ向く。


 そして。


 待っていましたと言わんばかりに、その破片へ突進した。


 牙で砕き、顎を鳴らしながら、一心不乱にそれを噛み砕き始める。


 石の砕ける音が、鈍く響いた。


 研究員が思わず声を上げる。


「……岩を食った!?」


 アルエも目を丸くする。


「ちょっと待って、今……食べたわよね?」


 ロイドは面白そうに顎へ手を当てた。


「なるほど」


 低く呟く。


「岩を食うってことは……ストーンボアか」


 研究員の一人がすぐに首を振った。


「いや、しかし……」


 困惑した声だった。


「ワイルドボアが急に進化することなんてあり得るのか?」


 別の研究員も頷く。


「ある程度戦闘経験を積んだ個体が進化するなら分かる。だが、こいつは完全に養殖だ」


 柵の内側の巨大なボアを見ながら続ける。


「経験も何も、そもそもレベルが足りないはずなんだ」


 その言葉に、ロイドが少しだけ笑った。


「そのあたり、説明しておいた方がよさそうだね」


 そう言って研究員たちへ視線を向ける。


 研究員の一人が咳払いをし、ゆっくりと話し始めた。


「この世界でモンスターが進化する条件は、いくつかあると考えられている」


 指を一本立てる。


「まず基本は戦闘経験だ。戦いを重ね、魔力を蓄積し、個体の能力が一定以上へ達したとき、進化が起きることがある。いわばレベルが上がることで進化する、という理解で大きくは間違っていない」


 次に二本目の指。


「だがそれだけではない。生きてきた環境、摂取した食物、使用してきた魔法、攻撃手段。そういった様々な要素が組み合わさり、進化先が決まる」


 柵の中で岩を噛み砕くボアを見ながら言う。


「例えば岩を主食にする個体なら、ストーンボア系統へ進化する可能性がある。だがそれには長い時間が必要だ」


 そして困惑した顔で続けた。


「しかしこの個体は違う。戦闘経験はほぼない。飼育個体だ。普通なら進化条件を満たしていない」


 視線が再びボアへ向く。


「それなのに、進化の兆候が出ている」


 ロイドが楽しそうに呟いた。


「つまり」


 土を掘り続ける巨大なボアを見ながら言う。


「何か別の要因があるってことだね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ