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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第59話 研究都市アーデン


 サリアンを発ってから幾日か。街道は次第に石畳の整った道から土の匂いを強く含んだ緩やかな田舎道へと姿を変え、視界の奥には、都市というよりも広大な牧場地帯を思わせる風景が少しずつ広がっていった。


 空は高く、雲は薄い。風は乾いているが、ただ乾いているだけではなく、どこか獣舎のような匂いをわずかに含んでいて、その中に草を刈った直後の青臭さと、肥沃な土の湿り気が層のように混ざっていた。遠くでは低く重たい鳴き声が響き、それが家畜のものではないと理解できる程度には、マットたちはもう旅の中で十分にモンスターの気配に慣れていた。


 丘を一つ越えたところで、ロイドが馬上から前方を指差した。


「見えてきたよ。あれがアーデンだ」


 マットはカーボの背に乗ったまま、目を細めて前を見る。


 最初に視界へ飛び込んできたのは、街ではなかった。


 柵だった。


 木と鉄を組み合わせた巨大な囲いが、平原のあちこちに規則性を持って配置され、その内側では大小さまざまなモンスターが飼育されている。ある区画では角の生えた羊に似た魔獣が草を食み、また別の区画では二本足の爬虫類が地面を引っかき、さらに少し離れた場所では、小型の飛行モンスターが天幕の下で翼を休めていた。柵の形状も一様ではない。木製のもの、金属製のもの、魔法陣を刻んだ石柱で区切られているものまであり、収容されているモンスターの性質ごとに設計が変えられていることが一目で分かった。


 その柵群の中心に、ようやく村らしい建物のまとまりがある。


 石造りというよりは、丈夫な木組みと白い漆喰を組み合わせた実用一辺倒の建物が並び、その間を土の道が通っている。だが、ただの村と決定的に違うのは、倉庫のような建物の壁一面に魔法式が刻まれていたり、井戸の横に計測器らしい魔道具が並んでいたり、農具小屋の隣に何故か魔物解剖用の水場が設けられていたりするところだった。生活と研究が無理なく混ざっている。人が住み、食べ、働き、そのすぐ隣でモンスターの生態観察と飼育試験が行われている。そういう土地なのだと、景色そのものが語っていた。


「……村、だな」


 マットが率直にそう言うと、ロイドが苦笑した。


「大体合ってる。研究都市というより、研究村と言った方が近いかもしれないね。アーデンは昔からモンスター飼育の集落が大きくなってできた場所だから」


 ササミの背で揺られていたアルエが、あちこちを見回しながら声を上げる。


「なんか思ってたのと違う! もっとこう、建物がいっぱいあって、研究者が白衣で歩いてる感じかと思ってた!」


「研究者は歩いてるわよ」


 リーリヤが淡々と指摘した。


 実際、村の中心道を歩く人々の何人かは、鍬や飼料桶を抱えているかと思えば、片手には記録板を持ち、立ち止まるたびに柵の中のモンスターを観察して何かを書きつけている。服装も、学者然としたローブ姿というより、泥に強い作業着の上から防護布を羽織った、農夫と研究員の中間のようなものだった。知識のために手を汚すことを当然とする土地なのだろう。


「でも、いい場所かもしれないね」


 リーリヤはそう言って、遠くに見える水路を目で追った。水は村の外縁を巡るように掘られ、その一部は各区画へ分岐している。おそらく給水だけでなく、モンスターの逃亡を抑える意味もあるのだろう。さらにその外側には高い見張り台がいくつも立ち、上では見張りが双眼鏡のような魔道具を覗き込んでいる。


「管理が徹底してる」


「そこがアーデンの強みだよ」


 ロイドが答える。


「野生を相手にするんじゃなくて、飼育と観察を繰り返して、進化や習性を研究する。ギルドと学院が協力してるっていうのも、その辺りの事情があるんだろうね」


 その言葉に、マットは小さく鼻を鳴らした。


「進化研究、か」


 サリアンで散々付き合わされた経緯を思えば、研究という言葉だけで多少うんざりするものがある。しかし、同時に、ここに来ればササミやアミノの次の進化について、何か掴めるかもしれないという期待もあった。特にササミは、ロックスイーパーとしては明らかに食性が逸脱している。ミスリルや魔力鉱石まで平然と食べるような個体を、普通の研究者が見たらどう判断するのか。それは少しばかり興味があった。


 アミノはというと、マットの肩から首の後ろへ半ば巻き付くようにして、周囲を警戒していた。白い体に淡い赤の線が走るその姿は、村人たちの視線を集めるには十分で、すれ違う何人かが二度見してから、慌てて手元の記録板に何かを書き込んでいる。


「……見られてるな」


 マットが言うと、ロイドは肩をすくめた。


「そりゃそうだろうね。カーボさんもササミさんも十分珍しいけど、アミノさんはそれ以上だよ。電撃個体のウィッチバイパーなんて、こっちの研究者からしたら歩く論文みたいなものだからね」


「歩く論文って嫌だな……」


 アルエが顔をしかめる。


「わたしたちも見られてるし」


 それは事実だった。


 村の中心に近づくにつれ、視線はさらに増える。だが、その視線にはサリアンの学院で向けられたものとは少し違う色があった。あちらが「珍しい生徒を見る」視線だったのに対し、こちらは「面白い飼育個体と、それを連れている何かを見る」視線である。好奇心はむしろ露骨で、隠そうともしていない。


 中心広場に入ると、その雰囲気はさらに強まった。


 広場と言っても、石畳の円形空間に噴水があるようなものではない。踏み固められた土の中央に大きな掲示板が立ち、その周囲にギルド支所、物資倉庫、飼料小屋、簡易診療所のような建物が並んでいる。干された革、防虫用の薬草束、積み上げられた鉱石箱。視界に入るもののほとんどが「生活」か「研究」のどちらかで、飾りらしい飾りはほとんどない。それでも、この場所が生きていることだけはよく分かった。人もモンスターも、ここでは資源ではなく日常の一部なのだ。


 ギルド支所の前では、大きな角を持つ牛型モンスターが荷車を引いていた。筋骨たくましいその体躯は普通の家畜よりはるかに大きく、鼻先からは白い息がもれている。マットがそれを見て、目を少し細めた。


「……あれ、鍛えたら強そうだな」


「着眼点がもうおかしいのよ」


 アルエが即座に突っ込む。


 リーリヤはそんなやり取りを横で聞き流しながら、建物の壁に貼られた区画図を読んでいた。


「観察区画、育成区画、進化試験区画……」


 その指先が止まる。


「思ってた以上に本格的ね」


 ロイドも同じ図を覗き込みながら頷いた。


「研究棟が一つの建物にまとまってるんじゃなくて、村全体が研究施設になってる感じだね。こりゃ確かに、サリアンとは方向性が違う」


 その時だった。


 広場の向こう側から、一人の男が足早にこちらへ向かってきた。年の頃は三十代半ばほど。日に焼けた顔に、作業着の上から研究員用の外套を羽織っている。農夫にも見えるし、学者にも見える。その曖昧さが、いかにもアーデンの人間らしかった。


 男はロイドの前で立ち止まり、一度視線をカーボ、ササミ、アミノへ順に滑らせる。そして最後に、マットを見る。


「……ギルドからの連絡にあった一行だな」


「そうだよ」


 ロイドが答える。


「サリアンから来た。進化研究に興味がある」


 男は一瞬だけ目を細めた。


「興味がある、か」


 その視線がササミに向く。羽にわずかな金属光沢を宿した体、鉤爪、嘴。そのどれもが、普通のロックスイーパーの範疇をすでに外れ始めている。


 次いでアミノ。白い体に赤い線を走らせた電撃個体。


 最後にカーボ。アルファダイアウルフ。


 男は小さく息を吐いた。


「……なるほど。確かに、面白そうだ」


 それは歓迎の言葉というより、検体を見た時の研究者の声だった。


 マットはその声音に気づいたのか気づいていないのか、ただ広場の向こう、さらに外縁の方へ視線を向けている。そこでは巨大な柵の内側で、数頭のモンスターが土を蹴り、別の区画では研究員たちが何かを運び込み、さらにその奥では、見張り台の上の人影が慌ただしく旗を振っていた。


 その動きだけが、周囲の穏やかな空気からほんの少しだけ浮いていた。


 のどかな研究村。


 だが、その内側では何かが慌ただしく動いている。


 アーデンは、ただ平和なだけの土地ではなさそうだった。


 マットは肩の上のアミノを指先で軽く撫でながら、ぽつりと呟いた。


「……研究だけで済めばいいんだけどな」


 その言葉に、ロイドが苦笑する。


「無理じゃないかな」


 リーリヤも静かに頷いた。


「うん。もうそういう空気じゃないみたい」


 アルエは広場の向こうを見て、少しだけ口元を引き結んだ。


「来たばっかりなのにね」


 風が吹いた。


 草の匂いと、飼育区画の獣臭と、乾いた土の匂いをまとめて運んできたその風は、どこかまだ知らない事件の気配まで含んでいるように思えた。アーデンという村は、見た目ののどかさのわりに、ずっと多くのものを抱え込んでいる。


アーデンの研究員たちは、最初こそ子供ばかりの一行に眉を上げたものの、すぐに視線の焦点を別の場所へ移していた。


マットたちではない。


その足元や肩、そして荷車の縁にいる存在だ。


「……なるほどな」


先ほどから案内をしている研究員の男が、腕を組みながらカーボをじっと観察していた。


「話には聞いていたが、これは確かに噂になる」


「噂?」


マットが首を傾げると、男は小さく笑った。


「知らないのか? 君たちのことは、もう結構広まっている」


そう言いながら、男は通りの向こうを顎で示す。農場の間をつなぐ道を、荷車を引いたモンスター使いがゆっくりと通っていく。アーデンでは珍しくない光景だ。


「冒険者の間でも、ギルドでも、研究者の間でもな。曰く――」


男は指を一本立てる。


「モンスターを三匹も連れ歩く、子供のパーティがいる」


二本目の指。


「その子供たちの能力値が、どう考えてもおかしい」


三本目。


「しかも連れているモンスターが、どれも妙な個体ばかりだ」


アルエが小さく鼻を鳴らした。


「妙なって、失礼ね」


「尾ひれも背びれも付いているさ」


研究員は肩をすくめる。


「だがな、噂というものは大抵大げさになるものだ。だから私は思っていたんだよ。どうせ話半分だろうとな」


そう言ってから、改めてササミを見る。


金属光沢を帯びた羽、岩を削る爪、鋼のような嘴。


ロックスイーパー。


本来なら岩場に潜むはずのモンスターが、当然のように人の横を歩いている。


研究員は小さく息を吐いた。


「……だが、どうやら噂以上だな」


アルエが少し得意げに腕を組む。


「でしょう?」


「特にその鳥だ」


研究員の視線はササミに向けられていた。


「ロックスイーパーにしては、金属の蓄積が異常に進んでいる。爪の密度も、羽の硬度も普通じゃない」


リーリヤも興味深そうに頷いた。


「魔力の反応も強いですわね」


「やはりそうか」


研究員の目が輝く。


「君たち、アーデンに来たのは正解だ。ここにはモンスター研究者が山ほどいる。きっと面白い話になるぞ」


そんな会話をしながら農場の間の道を進んでいると、前方で人のざわめきが起きた。


数人の作業員が荷車を押している。


荷車の上には、大きな檻。


中にいるのは――


コカトリスだった。


鶏に似た体に、石化の呪いを宿す魔眼。暴れないように翼は縛られているが、それでも鋭い視線が檻の隙間から外を睨んでいる。


アーデンでは研究用にモンスターが運ばれることも珍しくない。作業員たちは慣れた様子で荷車を押し、通りを横切ろうとしていた。


それを見て、マットがふと呟く。


「あ、コカトリス」


どこか懐かしそうな声だった。


それを聞いた研究員が笑う。


「お、珍しいか」


顎で檻を示す。


「確かにこの辺りにはあまりいないモンスターだ。岩場や洞窟の方に多いからな」


マットは首を振った。


「いや、そうじゃなくて」


「ん?」


「懐かしいなって」


研究員が眉を上げる。


「懐かしい?」


少年の顔をまじまじと見た。


「その歳でコカトリスを見たことがあるのか。なかなか危険な相手だったろう」


コカトリスは初心者が相手にするようなモンスターではない。石化の呪いは強力で、油断すれば冒険者でも命を落とす。


だがマットは肩をすくめた。


「見たことあるというか」


少しだけ考えるような間を置いて。


さらりと言った。


「もともとコカトリスだったし」


研究員の動きが止まった。


「……は?」


マットはササミの背を軽く叩く。


金属羽の鳥は、何も気にした様子もなく地面の小石をつついている。


「ササミ。前はコカトリスだったんだ」


研究員の視線が、ゆっくりとササミへ向く。


そしてまたマットへ戻る。


「……今、なんと言った?」


「だから、ササミ」


マットは何でもないことのように言う。


「昔はコカトリス」


横からアルエが口を挟んだ。


「進化したのよ」


リーリヤも頷く。


「ロックスイーパーに」


研究員は完全に固まっていた。


視線がササミの爪、羽、嘴を順番に辿る。


そしてもう一度、遠ざかっていくコカトリスの檻を見る。


再びササミ。


「……」


理解が追いついていない顔だった。


「待て」


ようやく絞り出すように言う。


「コカトリスが……進化?」


マットは当然のように頷いた。


「うん」


研究員の眉間に皺が寄る。


「そんな進化系統は確認されていない」


「そうなの?」


「当たり前だ!」


思わず声が大きくなる。


「コカトリスはコカトリスだ。進化するにしても、せいぜい石化能力が強化される程度で――」


言葉が止まる。


もう一度ササミを見る。


金属を食べて硬化した爪。


岩を削る嘴。


魔力を帯びた羽。


明らかに、普通のロックスイーパーでもない。


研究員は深く息を吸った。


そして静かに呟いた。


「……なるほど」


ゆっくりとマットを見る。


「君たちの噂が広がるわけだ」


その目は、先ほどまでとはまるで違っていた。


ただの子供を見る目ではない。


未知の研究対象を見る目だった。


そして小さく笑う。


「これは面白い」


アーデンの空気が、少しだけ変わった気がした。


「歓迎しよう」


研究員は言った。


「ここは、モンスター研究の村だ」


その視線がササミ、そしてアミノへと移る。


「君たちの話は――」


興奮を抑えきれない声で。


「きっと、研究者を眠らせないだろう」





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