第54話 学院No.1(自称)
魔術学院の廊下。
外部生の二人と一匹が教室を渡り歩き、授業を半ば破壊しながら魔法を覚えているという噂は、思った以上の速度で学院中に広がっていた。
当然、その話を聞いて黙っていられない人間もいる。
演習棟の入口で、長身の青年が腕を組んで立っていた。
年齢は十八歳ほど。整った顔立ちと、学院の上級生用のローブ。周囲の学生たちが距離を取っているあたり、ただ者ではないことが分かる。
「おい、あれだろ。外部生」
青年が声をかけた。
アルエとリーリヤ、そしてアミノが振り向く。
「うん?」
アルエが首を傾げる。
「君たちが、教室を荒らして回ってるっていう外部生か」
青年は一歩前に出た。
「俺はガイナス」
少しだけ顎を上げる。
「この学院で一番強い魔術師だ」
近くにいた学生が小声で呟いた。
「また言ってる……」
もっとも。
自称ではあるが、実力があるのも事実だった。中級魔法を自在に扱い、上級魔法にも手が届き始めている。学院内でも頭一つ抜けた使い手として知られている。
ガイナスは二人を見た。
「噂を聞いた。実力を見せてもらおう」
アルエはリーリヤを見る。
「どうする?」
「演習場なら問題ないでしょう」
リーリヤはあっさり頷いた。
「いいですよ」
周囲の学生たちがざわめく。
「やるのか?」
「ガイナスと?」
「外部生が……?」
こうして。
学院の演習場で、ちょっとした決闘が始まることになった。
◇
一戦目。
リーリヤ。
対するガイナスは、最初から遠慮がなかった。
「行くぞ」
詠唱。
炎。
風。
雷。
中級魔法が連続で放たれる。さらに、短い詠唱で上級魔法まで混ざる。普通の学生なら、防御するだけで精一杯になるような猛攻だった。
だが。
リーリヤは一歩も動かない。
指先が軽く動く。
水が走った。
ウォーターカッター。
細い水刃が空間を滑り、飛来する魔法を正確に切り裂く。
炎は分断され、雷は逸らされ、風の刃はそのまま霧散する。
観客の学生たちが息を呑んだ。
「全部……」
「防いでる?」
リーリヤは少し考えるように首を傾げた。
「なるほど」
そして。
「これ、使えそうですね」
さっき覚えたばかりの魔法。
フロストダガー。
空中に氷の刃が浮かぶ。
一枚。
二枚。
十枚。
次の瞬間。
それらが一斉に走った。
ガイナスは防御魔法を展開する。
氷刃がぶつかる。
砕ける。
だが。
最後の一枚が、ローブの袖を掠めた。
そして。
氷が広がる。
気付いた時には、ガイナスのローブと演習場の壁が凍りついていた。
青年は壁に貼り付けられたまま、固まっている。
傷は一つもない。
ただ動けないだけだ。
リーリヤが言った。
「終わりです」
演習場が静まり返った。
◇
二戦目。
アルエ。
ガイナスは壁から解放され、まだ少し信じられない顔をしていた。
しかし、気を取り直す。
「……もう一回だ」
今度はアルエを見る。
アルエは笑った。
「うん」
そして。
開始の合図もなく。
魔力が爆発した。
ファイアボール。
ただし。
普通の火球ではない。
圧縮された炎。
速度。
威力。
すべてが桁違いだった。
ガイナスが防御魔法を張る。
だが。
火球はそれを貫いた。
爆音。
煙。
そして。
ガイナスが演習場の床に転がっていた。
一撃。
完全なノックアウト。
アルエは首を傾げた。
「……あれ?」
少し申し訳なさそうに言う。
「強すぎた?」
観客の学生たちは、誰も声を出せなかった。
学院No.1。
その肩書きが、わずか数分で吹き飛んだからである。
その横で、アミノが楽しそうに小さな電撃を鳴らしていた。
石床の中央で仰向けに倒れていたガイナスが、額を押さえながらゆっくりと起き上がった。頭の中を整理するように数度まばたきをし、それから視線をまっすぐ二人へ向ける。
しばらく何も言わなかった。
やがて、ぽつりと呟く。
「……おかしい」
周囲で見ていた学生たちがざわついた。しかしガイナスは気にした様子もなく、腕を組んで考え込む。
「俺はこの学院で一番強い」
誰かが小声で「また言ってる」と呟いたが、本人はそれを聞き流していた。自慢や虚勢の響きはなく、むしろ真面目に状況を分析している顔だった。
「中級魔法は完全に扱える。上級魔法もいくつか使える。実戦経験だってそれなりにある」
そう言ってから、リーリヤを見る。
「なのに、なんで負けた」
リーリヤは少し考え、それから落ち着いた声で答えた。
「制御です」
「制御?」
「はい。あなたの魔法は強いです。でも、魔力の流れが少し粗い」
彼女は指先を軽く動かした。空気の中に、細い水の糸のようなものが浮かぶ。それがゆっくりと形を変え、透明な刃になる。
「魔力をまとめて放つのではなく、こうして細く整えると――」
水の刃が、空気を滑るように走った。
「相殺できます」
ガイナスは黙ってそれを見つめていた。次に視線をアルエへ向ける。
「じゃあ、そっちはなんだ」
アルエは腕を組み、少し考え込む。答えを探しているというより、自分の感覚をどう言葉にするか迷っている顔だった。
「えっと……」
そして、あっさり言う。
「火力?」
数秒の沈黙が落ちた。
ガイナスはゆっくりと頭を抱える。
「理屈になってない」
アルエは首を傾げた。
「でも、当たったら勝ちだよ?」
それは確かに正しい。ガイナスはため息をつき、気持ちを切り替えるように姿勢を整えた。
「……君たち、どこで魔法を学んだ」
「村です」
リーリヤが答える。
アルエが続けた。
「カーボとかササミ相手に練習してた」
ガイナスの思考が止まる。
「……モンスター?」
「うん」
「どのくらいの?」
アルエは少し考えたあと、あまり参考にならない答えを出した。
「強いの」
リーリヤが穏やかに補足する。
「かなり」
ガイナスは天井を見上げた。そして、ゆっくりと頷く。
「なるほど」
静かな声だった。
「環境が狂ってる」
少しの沈黙が流れる。
やがて、ふと思い出したようにガイナスが口を開いた。
「そういえば」
二人を見る。
「最近、学院の中で妙な言葉が流行っている」
リーリヤが首を傾げる。
「言葉?」
ガイナスは真面目な顔で言った。
「筋肉だ」
アルエが露骨に嫌そうな顔をした。
「えー……」
心底うんざりした声だった。
「なんで、そんなマットみたいなこと言ってるの?」
その名前を聞いた瞬間、ガイナスの目が大きく見開かれる。
「マット」
一歩踏み出す。
「その名を知っているのか!?」
アルエはきょとんとしていた。
「知ってるも何も」
あっさり言う。
「マットは私の弟だし」
数秒の沈黙。
そして次の瞬間。
「あはははははははははは!!」
ガイナスが突然笑い出した。演習場の学生たちが驚いて距離を取る。
「そうか!やはりそうなのか!」
指を突きつける。
「筋肉!」
声が高らかに響く。
「筋肉がやはりその強さの秘訣か!」
アルエが即座に否定する。
「全然違うけど?」
しかしガイナスは完全に納得していた。
「いや、そうに違いない!」
拳を握る。
「やはり教授の説は間違いなかったんだな!」
そして、突然踵を返す。
「こうしちゃいられない!」
走り出しながら叫んだ。
「俺も魔法と一緒に筋肉を鍛えなければ!!」
そのまま勢いよく演習場を飛び出していく。
残された静寂の中で、アルエがぽつりと呟いた。
「……行っちゃった」
リーリヤが小さく首を傾げる。
「いいのかな?あれ」
アルエは肩をすくめる。
「分かんない」
それから、少し楽しそうな顔で言った。
「でも上級魔法って面白いね」
リーリヤも頷く。
「いつか使えるようになりたいなぁ」
「じゃあ、今度練習しよう!」
「うん!」
こうして。
学院の天才は、少しだけ道を誤り。二人の魔術師は、さらに高みを目指すのだった。




