第53話 魔術学院という名の実験場 【挿絵付き】
魔法都市の中心部に建つ魔術学院は、古い石造りの建物と新しい研究棟が入り混じる、いかにも学問の街らしい空気を漂わせていた。高い塔の窓からは魔力の灯りが漏れ、庭では学生たちが魔法陣の練習をしている。普通であれば、秩序ある知の殿堂と呼ばれる場所だろう。
ただし。
その秩序は、必ずしも全ての学生に当てはまるわけではない。
研究棟の一角。
実験室の床には焦げ跡が広がり、机の上には解体された魔道具が積み上がっていた。ガラス瓶の中では謎の液体が泡立ち、窓際では未完成の魔法陣が何枚も重ねて描かれている。
「……これ、学院の備品よね?」
アルエが呆れた声で言った。
その視線の先では、リーリヤが魔力計測器を分解している。
「備品ね」
「壊していいの?」
「壊してないわ。構造を理解しているだけ」
カチリ、と小さな音がして、装置の内部が完全に開いた。
リーリヤは中を覗き込み、興味深そうに頷く。
「なるほど。魔力を測るというより、魔力の流れを平均化して数値化しているだけね」
「それ、分解して分かることなの?」
「分かるわよ」
リーリヤはさらりと言う。
「だって単純だもの」
アルエは天井を見上げた。
学院の教授たちが聞いたら卒倒しそうな発言である。
実際、二人が学院に来てから数週間。
すでにいくつかの授業が軽く混乱していた。
理由は単純だ。
リーリヤが質問をすると、教授が答えに詰まるのである。
それも一度や二度ではない。
「魔法理論の授業、覚えてる?」
アルエが言った。
「覚えてるわ」
「“魔力は術式によって安定する”って話」
「ええ」
「そのあと、あなたが」
アルエは少しだけ笑う。
「“安定しているのではなく、逃げ場が無いだけでは?”って聞いたのよね」
リーリヤは肩をすくめた。
「事実でしょう」
その質問の後、教授はしばらく黙り込んだ。
そして次の授業から、その部分の説明が微妙に変わっていた。
アルエは机の端に腰を掛ける。
「ねえ」
「何?」
「ここ、普通の学生には難しい場所よね」
「そうね」
「でもあなた、楽しそう」
リーリヤは分解した装置を軽く組み直しながら答えた。
「当然でしょう」
ぱちり、と装置が元の形に戻る。
「ここは魔法を研究する場所よ」
リーリヤの目が、ほんの少しだけ輝く。
「つまり、実験していい場所」
アルエは苦笑した。
「教授が聞いたら怒るわよ」
「聞かなければ問題ないわ」
その時。
実験室の奥で、描きかけの魔法陣が微かに光った。
アルエが眉を上げる。
「……それ、何の魔法陣?」
リーリヤは振り向かずに答える。
「まだ決めてない」
「決めてない?」
「とりあえず魔力を流してみて、面白い反応が出たら考える」
アルエは数秒黙り。
静かに言った。
「学院が爆発する未来が見えるんだけど」
「大丈夫よ」
リーリヤは魔力を指先に集める。
「爆発したら、次はもっと上手くやる」
そして。
魔力が魔法陣に流れ込んだ。
次の瞬間。
研究棟の窓から、強い光が漏れた。
学院の庭で魔法練習をしていた学生たちが、一斉に顔を上げる。
「……またか」
誰かが呟いた。
最近、研究棟から謎の光が漏れることが増えている。
原因は大体、同じ二人だった。




