第45話 学院の門
翌朝。
サリアンの街は、すでに静かな活気に満ちていた。
石畳の通りには朝の光が落ち、魔力ランタンの青い灯りはゆっくりと消えていく。代わりに、研究棟の窓からは淡い魔法光が漏れ、早くも術式の実験が始まっていることを知らせていた。
通りには学生らしき若者が増えている。分厚い本を抱えた者、杖を携えた者、ガラス瓶の入った箱を慎重に運ぶ者。どこを見ても魔法に関わる人間ばかりだった。
その流れの先に。
白い塔の群れが見える。
サリアン魔術学院。
街の中心に広がるその敷地は、ひとつの城のように巨大だった。幾重にも連なる石の建物と、空へ向かって伸びる研究塔。中庭には魔法陣が刻まれ、至る所に魔力導線が走っている。
学院の正門には、すでに何人もの学生が出入りしていた。
ロイドが立ち止まり、門を見上げる。
「ここがサリアン魔術学院だ」
アルエは深く息を吸った。
「すごい……」
リーリヤも同じように見上げている。
二人にとって学院という場所は珍しいものではない。ストラスの街で外部特待生として認められている彼女たちは、各地の学院で講義を受ける権利を持っている。
だが。
学院は一つではない。
世界各地に存在し、それぞれが独自の研究を行っている。
冒険者向けの戦闘魔法を研究する学院。
治癒魔法を専門とする学院。
そして、このサリアン。
ここでは多種多様な魔法が研究されているが、その中でも特に有名なのが従魔魔法の研究だった。
マットは門を見ながら腕を組む。
「つまり、ここで従魔の魔法を調べるってわけだな」
ロイドが頷く。
「そういうこと。専門家の話を聞くのが一番早い」
四人は門へ向かって歩いた。
しかし。
門の前で、兵士の視線が止まる。
視線の先にいるのは。
アルエとリーリヤ。
まだ十二歳の少女二人だった。
兵士は眉をひそめる。
「待て」
低い声だった。
「学院関係者か?」
アルエが胸を張る。
「外部特待生です」
その言葉に、兵士の表情が露骨に変わった。
疑いだった。
「……冗談も休み休み言え」
リーリヤが目を丸くする。
「え?」
兵士は腕を組んだ。
「こんな子供が外部特待生だと? 学院を何だと思っている」
アルエの顔がみるみる赤くなる。
「何よ。信じられないって言うの?」
腰のポーチから書類を取り出し、兵士の前に突きつける。
「ちゃんと証明書もあるし!」
兵士はそれをちらりと見ただけで鼻を鳴らした。
「紙切れならいくらでも偽造できる」
アルエの怒りが爆発しかける。
「なっ……!」
しかし。
そこで別の声が割って入った。
「まったく、だから言ったんですよ」
落ち着いた声だった。
ロイドが一歩前に出る。
「予算をケチらず、もっと分かりやすい魔道具にしておけって提言したんですけどね」
兵士が眉をひそめる。
ロイドは穏やかな笑みを浮かべたまま続けた。
「まあ、いいでしょう。鑑定用の水晶でも持ってきてください」
そして軽く肩をすくめる。
「見れば分かりますから」
兵士はしばらくロイドの顔を見つめていたが、やがて小さく舌打ちをした。
「……待ってろ」
門の内側へ引っ込み、ほどなくして戻ってくる。その手には拳ほどの大きさの透明な水晶が握られていた。
鑑定用の水晶。
魔力に反応する簡易の測定具だ。
兵士はそれを門の横の石台の上に置いた。
「順番に触れろ」
アルエが一歩前に出る。
小さく息を整え、水晶に手を置いた。
水晶が淡く光る。
柔らかい青色の光。
兵士が頷く。
「……問題ない」
次にリーリヤ。
同じように手を置く。
水晶が同じ色で光った。
兵士の表情が少しだけ緩む。
「……まあ、学生の魔力だな」
そこで視線がマットへ向いた。
筋肉の塊のような少年。
どう見ても魔術師には見えない。
兵士は眉をひそめた。
「お前もだ」
マットは何も言わず、水晶に手を置いた。
一瞬。
水晶が光る。
先ほどと同じ、淡い青色。
兵士は頷きかけた。
だが。
次の瞬間。
光が一段階、強くなる。
兵士の眉が動く。
「……?」
さらに。
水晶の光がもう一段、強くなった。
透明だった結晶の内部が、白く輝き始める。
兵士の目が丸くなる。
「……は?」
ロイドが肩をすくめた。
「言ったでしょう。見れば分かるって」
兵士は水晶とマットを交互に見る。
どう見ても魔術師ではない。
だが水晶は確かに反応している。
ロイドが軽く補足した。
「その子、回復魔法だけはやたら強いんですよ」
兵士の視線がマットの体に向く。
鍛え上げられた腕。
岩のような肩。
そして、水晶の異常な光。
兵士はしばらく黙り込み。
やがて大きく息を吐いた。
「……通れ」
門を指す。
「学院で問題を起こすなよ」
アルエが勝ち誇ったように胸を張る。
「ほら見なさい!」
リーリヤは苦笑しながら頭を下げた。
四人は門をくぐる。
サリアン魔術学院の敷地へと足を踏み入れた。




