第44話 魔法都市サリアン
森を抜けると、視界が一気に開けた。
街道はなだらかな丘を越え、その先へとゆるやかに下っていく。遠くまで続く石畳の道の先に、灰色の街並みが広がっていた。
サリアン。
魔法都市と呼ばれるその街は、遠目にも他の街とは違って見えた。
まず目に入るのは、建物の材質だった。
木造の家はほとんどない。街の大半は石造りで、淡い灰色や白い石を積み上げた建築が整然と並んでいる。塔のように高い建物、半円の屋根を持つ研究棟、広い窓を持つ工房。どれもが機能性と美しさを兼ね備えていた。
しかし、それだけではない。
建物の壁面には、淡く光る紋様が刻まれている。
魔法陣だった。
壁に刻まれた線が細い光を帯び、石の街に不思議な陰影を生み出している。装飾のようにも見えるが、よく見ればそれぞれ形が違う。防御の術式、温度調整の術式、照明の術式。都市全体が魔法によって支えられていることが一目で分かった。
街道を進むにつれ、人の姿も増えていく。
長いローブを纏った魔術師。
工具を抱えた職人。
薬品の入った箱を運ぶ学生らしき若者。
そして何より目立つのは、街の至るところに設置されたランタンだった。
石柱の先端に取り付けられたガラスの球体。
その内部で、青白い光がゆっくりと揺れている。
ロイドがそれを見上げて言った。
「魔力ランタンだな」
アルエが目を輝かせる。
「これ、本物初めて見た!」
ランタンの内部には小さな魔力結晶が浮かび、その周囲を淡い光が包み込んでいる。昼間でもその光はわずかに揺れており、夜になれば街全体を青い光で満たすのだという。
リーリヤが周囲を見回す。
「夜、きっとすごく綺麗なんだろうね」
マットは街を見上げながら頷いた。
石の街は、どこか静かだった。
人は多い。
しかし喧騒は少ない。
市場の声や荷車の音はあるものの、都市全体に流れている空気は落ち着いている。魔法の研究都市という性格が、街の雰囲気そのものを形作っているようだった。
門の前へ近づく。
サリアンの城門は高い石壁に囲まれていた。だが軍事都市のような威圧感はない。むしろ整然としており、門の両側には魔法陣が刻まれている。
警備兵が手を挙げた。
「止まれ。入城目的を」
ロイドが前に出る。
「冒険者だ。学院へ用がある」
兵士の視線が、一行を順番に見ていく。
そして。
カーボで止まった。
巨大なアルファダイアウルフ。
次にササミ。
岩の装甲を持つロックスイーパー。
最後にアミノ。
白い蛇が鎌首をもたげている。
兵士は一瞬だけ黙り。
やがて苦笑した。
「……派手な従魔だな」
ロイドが肩をすくめる。
「よく言われる」
兵士は軽く頷くと、門を指した。
「問題ない。入れ」
石の門をくぐる。
その瞬間、空気が変わった。
街の内部には、さらに濃い魔力の流れがあった。
通りの石畳には細い線が刻まれており、それが街のあちこちへと伸びている。魔力を流す導線のようだった。建物の壁、街灯、工房の窓、至る所に術式が刻まれ、都市全体が一つの巨大な魔法装置のように機能している。
アルエが感嘆の声を漏らす。
「すごい……」
リーリヤも同じように周囲を見回していた。
「本当に、魔法の街なんだね」
道の向こうでは、魔術師らしき人物が空中に小さな光を浮かべていた。別の通りでは、浮遊魔法を使って荷物を運んでいる職人がいる。店先では薬品が泡立ち、ガラス管の中で淡い煙がゆらめいていた。
マットは腕を組みながら街を見渡す。
「面白そうだな」
ロイドは笑う。
「研究都市だからね。魔法関連なら世界でも指折りだよ」
その視線の先に、街の中心が見えていた。
白い塔。
何本もの塔が空へ向かって伸びている。
その中央にある、ひときわ大きな建物。
サリアン魔術学院。
石の都市の中心にそびえるその建物は、まるで街そのものを見守っているようだった。
アルエが小さく息を呑む。
「……あれが学院」
リーリヤが頷いた。
「明日、行くんだよね」
ロイドが肩をすくめる。
「今日はもう遅いからね。学院に顔を出すのは明日にしよう。まずは宿を取ってしっかり休む。休憩も大事な仕事だよ」
一行は大通りを進み、やがて冒険者向けの宿屋へと入った。
石造りの建物の中は温かな光に包まれている。魔力ランタンの淡い青白い光とは違い、室内の灯りは少しだけ橙色を帯びていた。
簡単な食事を終えたあと、アルエとリーリヤは再び外へ出た。
夜のサリアンを見るためだった。
街に出た瞬間、二人は思わず足を止める。
「わあ……」
リーリヤが小さく声を漏らす。
昼間とは、まるで違う街だった。
石柱に設置された魔力ランタンが一斉に光を放ち、街全体を青い光で満たしている。淡い魔力の灯りが石の壁に反射し、通りは静かな光の海のようになっていた。
窓から漏れる光もまた、どこか幻想的だった。研究室の窓では淡い魔法陣が輝き、工房の奥では小さな光球がふわりと浮かんでいる。
夜の都市そのものが、巨大な魔法装置のように静かに呼吸している。
アルエは通りの真ん中でくるりと回った。
「すごい……! こんな街初めて見た!」
リーリヤも笑う。
「昼もすごかったけど、夜はもっと綺麗だね」
二人は子供のようにはしゃぎながら、青い光に包まれた街を歩いていく。
その頃。
宿の裏庭では。
マットが一人、腕立て伏せをしていた。
石畳の地面に手をつき、一定のリズムで身体を上下させる。
息は乱れていない。
汗だけが、ゆっくりと石の上に落ちていく。
昼間見た学院の姿が、頭の中に残っていた。
魔法都市。
魔術学院。
新しい魔法。
強い奴ら。
マットは身体を持ち上げながら、小さく呟く。
「……まだ足りないな」
腕立てを終えると、そのまま腹筋に移る。
休まない。
止まらない。
青い光に包まれた魔法都市の夜。
その片隅で、マットだけが変わらず身体を鍛え続けていた。
明日。
サリアン魔術学院。
新しい戦いが、そこから始まる。




