第41話 更新される力、旅立つ理由
ロイドが持ってきた封書は、村の空気をほんの少しだけ変えた。
この村はもともと静かな場所だ。朝になれば畑へ向かう者がいて、昼には井戸端で水を汲む音が響き、夕方には薪を割る乾いた音と煮込みの匂いが流れてくる。変化と呼べるものは少なく、季節の巡りと、たまにやってくる行商人くらいのものだった。
だが最近、その穏やかな日常の中にもう一つの風景が溶け込んでいる。
洞窟の奥から響く岩の破砕音。 地面を揺らす衝撃。 時折走る魔法の光。
マットたちの鍛錬である。
最初こそ村人たちは驚いていたが、今ではもう慣れたものだった。今日もまた何かやっているのだろう、と苦笑するだけである。
だが。
ギルドからの正式な通達。
その言葉だけは、やはり村の空気をわずかに変えるだけの重みを持っていた。
その日の夕方。
マットたちはエルザの家に集まっていた。
窓の外にはまだ薄い夕焼けが残っている。赤く染まった光が木枠の隙間から差し込み、卓の上を斜めに照らしていた。
卓には三つのものが置かれている。
ロイドが持ってきた封書。 数枚の通達書。
そして。
一つの水晶。
以前ダンジョンで手に入れた鑑定水晶だ。今ではジムに置かれ、筋トレの成果を数値で確認する便利な道具として使われている。
「さて」
ロイドが手を叩いた。
「まずは通達の説明からいこうか」
声が弾んでいる。
仕事をしているというより、新しいおもちゃを手に入れた子供の顔だった。
「読め」
マエストロが短く言う。
「はいはい」
ロイドは封書を開き、紙を広げた。
「ギルド支部より、マットーニ・スルトリア一行へ」
淡々と読み始める。
「近頃各地で確認されつつある魔物活動の活性化、ならびに一部地域における異常進化個体の発生について、地方支部単独での判断には限界があると認める」
紙を一枚めくる。
「ゆえに当該一行にはDランク冒険者待遇のまま、各地ギルド支部への巡回協力、および現地における依頼遂行と観測情報の収集を命ずる」
そこで顔を上げた。
「要するに」
「旅しながら調査してきてね、ってことね」
エルザが言う。
「簡単に言うとそういうことだね」
ロイドは笑った。
「それともう一つ」
紙をめくる。
「サリアン学院への訪問を推奨」
アルエが眉を上げた。
「学院?」
「従魔契約魔法の研究が進んでるらしい」
ロイドは肩をすくめる。
「君たちの従魔、かなり特殊だからね」
自然と視線が卓の下へ向く。
そこにはカーボが伏せている。
さらに窓枠にはササミ。
そしてマットの肩にはアミノが巻きついていた。
「これって普通じゃないの?」
アルエが言う。
「どうやら違うみたいだね」
マットが笑う。
そのとき。
マエストロの視線が卓の水晶に落ちた。
「……で」
ゆっくり言う。
「通達は分かった」
「だがその前に」
水晶を指で軽く叩く。
「まずは更新しとくか」
ロイドの目が光った。
「いいね!」
「僕こういうの大好き」
「知ってる」
エルザが冷たく返す。
マットは笑いながら椅子から立ち上がった。
「じゃあまず俺からだな」
水晶の前へ立つ。
深く息を吸い、掌をゆっくりと水晶の上へ置いた。
次の瞬間。
水晶の内部に光が走る。
淡い光が幾筋も走り、やがて文字を形作り始めた。
全員が自然と前のめりになる。
そして表示された。
――――――――――
マット
種族:人間 レベル:38
生命力:312 魔力量:88 筋力:385 耐久:395 敏捷:96 器用:38 精神:72
適性 ・回復魔法:EX ・身体強化:A
技能 ・回復魔法 ・自己回復促進 ・筋肉制御 ・電撃適応
称号 ・筋肉狂い ・異常成長体 ・回復する拳
備考 ・電気刺激訓練による神経伝達強化
――――――――――
「うわ」
ロイドが素直に声を上げた。
「数字だけ見ると完全に化け物だね」
ロイドは水晶の表示を食い入るように見つめた。
「筋力と耐久の伸び方が普通じゃない。レベル上昇よりも能力値の上昇率が高い。つまり君の成長はレベル依存じゃなく、訓練依存型だ」
備考欄を指差す。
「電気刺激訓練……神経伝達速度を外部刺激で上げてる。結果として筋出力の効率が跳ね上がる。普通は危険すぎて誰もやらない方法だよ」
「やった結果がこれだ」
「ひどくない?」
「事実でしょ」
アルエが肩をすくめる。
マットは苦笑したが、備考欄の一文に目を止めた。
電撃適応。
やはりあの戦闘の感覚は間違いではなかったらしい。
「次は俺だな」
マットがカーボを呼ぶ。
「来い」
狼は静かに立ち上がった。
以前よりも落ち着いた足取りで水晶へ歩み寄る。
そして前脚をそっと水晶へ置いた。
光が揺れる。
新しい文字が浮かび上がった。
――――――――――
カーボ
種族:アルファダイアウルフ レベル:36
生命力:312 魔力量:64 筋力:241 耐久:228 敏捷:236 器用:112 精神:104
適性 ・統率:A ・感知:A
固有技能 ・群狼統率 ・危険察知 ・迎撃 ・高速突撃
称号 ・群れを率いる牙 ・守護狼
――――――――――
「おお……」
ロイドが息を呑む。
「完全にアルファ個体だ」
ロイドは興奮気味に続けた。
「普通のダイアウルフは群れのリーダーになっても“アルファ種”には進化しない。これは進化条件を満たしたってことだ。たぶん戦闘中の統率行動がトリガーになってる」
カーボを見て頷く。
「この個体、ただの前衛じゃない。戦術ユニットだ」
リーリヤが嬉しそうにカーボを撫でた。
「えらいね」
尻尾が一度、床を叩いた。
「次はササミだな」
マットが言う。
ササミはすでに水晶の近くにいた。
金具をつつこうとしている。
「こら」
マットが捕まえ、水晶へ向ける。
ササミは渋々嘴を水晶へ触れさせた。
光が強く揺らぐ。
――――――――――
ササミ
種族:ロックスイーパー レベル:38
生命力:186 魔力量:132 筋力:176 耐久:231 敏捷:118 器用:94 精神:73
特性 ・鉱石選別 ・金属蓄積 ・希少金属適応
固有技能 ・岩砕き ・魔力金属爪 ・嘴強化 ・採掘加速
称号 ・採掘怪鳥 ・銀嘴
――――――――――
「希少金属適応まで出てる」
ロイドが呆然と言う。
「普通のロックスイーパーじゃないね」
ロイドは表示を指差した。
「見てこれ。“希少金属適応”。普通はもっと上位種に進化したあとに出る特性なんだ。つまりこの個体は採掘特化進化を途中で飛ばしてる」
顎に手を当てる。
「たぶんミスリルを食べた影響だ。金属属性の魔力を体内に取り込んで適応してる。これは……かなり面白い」
ササミは満足そうに鳴いた。
「最後はアミノ」
マットが肩を軽く叩く。
蛇は体を滑らせ、水晶へ尾を触れさせた。
光が静かに広がる。
――――――――――
アミノ
種族:ウィッチバイパー レベル:34
生命力:104 魔力量:226 筋力:36 耐久:94 敏捷:164 器用:138 精神:201
適性 ・電撃魔法:A+ ・感知:A
固有技能 ・電磁探知 ・振動感知 ・雷牙 ・電撃放出
称号 ・蛇尾の魔眼 ・分裂進化個体
――――――――――
「……すごい」
リーリヤが思わず声を漏らした。
そして、ふと水晶を見る。
「私たちも、やる?」
アルエが肩をすくめた。
「せっかくだしね」
リーリヤは少しだけ緊張した様子で水晶の前に立った。
両手でそっと触れる。
水晶が淡く光り、ゆっくりと文字が浮かび上がっていく。
――――――――――
リーリヤ
種族:人間 レベル:22
生命力:98 魔力量:142 筋力:24 耐久:36 敏捷:61 器用:148 精神:116
適性 ・水魔法:A- ・魔法制御:A
固有技能 ・水流制御 ・水刃生成 ・水盾
称号 ・流水の術者
――――――――――
「おお」
ロイドが感心した声を出す。
「器用が高いね。制御型の魔法使いだ」
ロイドは水晶の数値を指で追った。
「水魔法適性A-に対して器用148。これ、魔法制御の適性が非常に高いタイプだ。大規模魔法よりも精密な水操作に向いてる」
少し考える。
「将来的には広域支援型の魔法使いになるかもしれないね」
リーリヤは少し照れたように笑った。
「次、あたしね」
アルエが立ち上がる。
気負いのない様子で水晶に片手を置いた。
光が一瞬強く弾ける。
――――――――――
アルエ
種族:人間 レベル:25
生命力:122 魔力量:164 筋力:34 耐久:48 敏捷:52 器用:96 精神:128
適性 ・火魔法:A ・魔力操作:A-
固有技能 ・ファイアボール ・魔力圧縮 ・火炎刃
称号 ・紅炎の魔法使い見習い
――――――――――
ロイドが小さく唸る。
「火魔法Aに魔力操作A-。これは典型的な攻撃魔法型だ。魔力圧縮の技能があるから、同レベル帯の魔法使いより威力はかなり高いはず」
アルエを見る。
「つまり君は火力担当だね。シンプルだけど一番分かりやすく強いタイプだ」
卓の周りに沈黙が落ちた。
数字は正直だ。
全員が異常な速度で強くなっている。
最初に口を開いたのはマエストロだった。
「……で」
腕を組む。
「ここからだ」
視線が三人へ向く。
「俺たちは村に残る」
エルザが頷く。
「村の守りを空けるわけにはいかない」
アルエが顔を上げた。
「つまり」
「行くのは私たち?」
「そうだ」
三人。
マット。 アルエ。 リーリヤ。
そして従魔たち。
ロイドが手を挙げた。
「同行希望」
「聞いてない」
エルザが即答する。
「でも必要でしょ」
ロイドは悪びれない。
「研究対象が歩いてるんだから」
マエストロが鼻を鳴らす。
「まあ役には立つ」
こうして。
旅が決まった。
村の外へ。
サリアンへ。
そして。
まだ見たことのない世界へ。
マットは自分の拳を握った。
筋肉の奥に。
まだ電気の記憶が残っている。
――あれは、使える。
その確信だけが、静かに熱を持っていた。




