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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第38話 帰還と頭痛


 採掘場を出て街へ戻る頃には、空はすっかり夕方の色を帯びていた。


 岩山の乾いた風と、街へ近づくにつれて濃くなっていく人の気配が、少しずつ体の緊張をほどいていく。石畳を踏む音。店先から流れてくる香辛料の匂い。どこかで焼かれている肉の匂い。地下の湿った空気の中で張り詰めていた感覚が、ようやく地上の生活の音に押し戻されていくようだった。


 だが、それでも疲労は確かに残っている。


 マットは腕甲に残る細かな傷を見た。水辺での戦いでついたものだ。腕の奥にはまだ重い痺れの名残がある。アミノの電撃をまともに浴びたあの瞬間、筋肉の奥で何かが弾けるような感覚が走ったことは、まだ頭の隅に引っかかっていた。思い出せそうで、思い出せない。だが、あれはただの感電ではなかった気がする。


 その横では、カーボが静かに歩いていた。


 大きくなった。


 以前から大型の狼ではあったが、今はもう明らかに一段階、別の存在感を持っている。金色に変わった瞳は落ち着いていて、周囲へ向ける視線にも無駄がない。ただ大きいだけではなく、群れの先頭に立つものの気配をまとっていた。


 ササミはというと、足取りが妙に軽い。希少金属を飲み込んだ直後だからか、機嫌がいいらしい。時折、嘴を小さく鳴らし、その縁にわずかな銀色の光が走る。


 アミノはいつものようにマットの肩に巻き付き、静かに街の空気を舌で確かめている。


 ロイドだけが元気だった。


「いやあ、最高だったね」


 両手を頭の後ろで組みながら、まったく悪びれずに言う。


「採掘場の異常個体、透明種の大型化、水面反射を利用した擬態、アルファ進化、ミスリル摂取、分裂進化個体の実地観察。すごいな、よく一日のうちにそこまで詰め込めるよね」


「こっちは命がけだったんだけどな」


 マエストロが言うと、ロイドはきょとんとした顔で頷いた。


「うん、だから面白いんだよ」


「やっぱりこいつ、ちょっとおかしいな」


 マットがぼそりと呟く。


 ロイドは否定しなかった。


 そのまま一行はギルドの扉をくぐる。


 夕刻のギルドは賑やかだった。


 酒場の喧騒。依頼帰りの冒険者たちの声。椅子の軋む音。木のジョッキがぶつかる鈍い響き。


 だが。


 その賑わいは、一行が入ってきた瞬間、妙な方向へと曲がった。


 視線が集まる。


 マット。


 マエストロ。


 肩の蛇。


 巨大な鳥。


 そして、大きくなった狼。


「……また何か増えてないか?」


 誰かが呟いた。


「増えたっていうか、でかくなってる」


「狼だよな、あれ」


「いや前からでかかったけど、あんなだったか?」


 ひそひそ声が広がる。


 その中を、ササミが何事もないように歩いていく。


 ふと、足を止めた。


 視線の先には、冒険者の腰に差された短剣。


 ミスリル製らしい、青白い光沢のある刃だった。


 ササミはじっとそれを見つめた。


 ほんの少し、首を傾げる。


 嘴が、かすかに開く。


「おい」


 マットが即座に言った。


「お前、それ食おうとしてないよな?」


 ササミは答えない。


 ただ、ものすごく物欲しそうに短剣を見ている。


 冒険者本人が、一歩引いた。


「いやちょっと待て」


 腰の短剣を押さえる。


「この鳥、完全に俺の武器見てるぞ」


「やめろよ」


 マットがササミの首を抱えるようにして引き剥がす。


「高いんだから!」


 ササミは不満そうにコケ、と鳴いた。


 ロイドはその様子を見て、心底感心したように唸る。


「金属の質まで見てるんだ」


「武器棚の前に連れていったら大変なことになりそうだね」


「絶対やるなよ」


 マエストロが即答した。


 その時、奥の扉が乱暴に開いた。


 ゲラングだった。


 こちらを見る。


 ササミを見る。


 アミノを見る。


 カーボを見る。


 そして、深く息を吐いた。


「……とりあえず入れ」


 ギルドの奥の部屋。


 長机を囲むようにして一行が座る。ゲラングは向かい側で腕を組み、いかにも面倒そうな顔をしていた。


「で?」


 短い問いだった。


 マエストロが肩をすくめる。


「採掘場の原因はファントムゲッコーだった」


「大型個体一体、小型複数。全部片づけた」


 ゲラングは頷く。


「それで終わりならまだいい」


 視線が横へずれる。


 カーボに止まる。


 長い沈黙。


「……その狼はなんで大きくなってる」


「ああ、進化した」


 マットがあっさり答える。


「アルファダイアウルフだって」


 ロイドが補足した。


 ゲラングの表情が固まる。


「は?」


 ロイドは待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「群れを作る狼じゃなくて、群れを率いる狼だね。戦闘配置の再構築、統率、護衛行動、死角反応。進化のきっかけは大型個体との戦闘中、仲間を庇ったことかな。いいね。非常にいい」


「何がいいんだ」


「進化の筋が通ってる」


 ゲラングは両手で顔を覆った。


「頭痛いな……」


 だがロイドは止まらない。


「それだけじゃないよ」


 指を一本立てる。


「ササミさんは鉱石を選り好みし始めてる。普通のロックスイーパーは見つけた鉱石を食べるけど、この子は違う。含有量の高い鉱石を探して、自分の強化を優先してる」


 ササミはその名前を呼ばれて、満足そうに胸を張った。


「しかも今回、ミスリルを摂取してる」


「……何?」


 ゲラングの手が止まった。


「ミスリル」


 ロイドは軽く言う。


「坑道の最奥で見つけた希少金属だよ。たぶん今後、嘴や爪の性質がさらに変わる」


 ゲラングはゆっくりササミを見る。


 ササミは知らん顔で羽を整えていた。


「そしてアミノさん」


 ロイドの視線がマットの肩へ向く。


「ウィッチバイパー系統なのは間違いないけど、ただの電撃個体じゃない。魔力の流し方がかなり特殊だね。あれはもう攻撃魔法というより、探知の道具になってる。電磁探知と振動感知が混じってる」


 アミノは静かに舌を出した。


「つまり?」


 ゲラングが低く聞く。


「まだ伸びる」


 ロイドが笑顔で答える。


 ゲラングは今度こそ机に額を打ちつけた。


 ゴン。


「つまりまだまだ妙な進化をする予定があるってことだな」


「そうとも言うね」


「他人事みたいに言うな!」


 部屋の空気がひとしきり騒がしくなった、その時だった。


 扉がノックされる。


 開く。


 入ってきたのはエルザ、アルエ、リーリヤの三人だった。


「戻ったわよ」


 エルザが言い、部屋の中を見回した瞬間、足を止める。


 視線がカーボへ吸い寄せられる。


「……大きくなってない?」


「なった」


 マットが答えるより先に、リーリヤがぱっと駆け寄った。


「わあ、カーボ大きくなったね~」


 無邪気な声で言いながら首元を撫でる。カーボは少しだけ目を細め、尻尾を床に一度だけ打った。


 アルエもその横で、感心したように息をつく。


「ほんとだ……前よりずっと強そう」


「強いわよ」


 エルザが言った。


「見た瞬間に分かるくらいには」


 そして今度はササミを見る。さらにアミノを見る。最後にロイドを見る。


「……説明して」


 マエストロが顎でロイドを示した。


「専門家がいる」


「僕?」


「お前」


 ロイドはわくわくした顔で立ち上がった。


「喜んで」


 そこからは早かった。


 学院の体験入学を終えたばかりの二人を前に、ロイドはほとんど講義のような調子で話し始めた。


 ササミは自己強化型の採掘個体であること。アミノは電撃と探知を併せ持つ特殊な個体であること。カーボは既にアルファ進化を果たし、パーティの戦術の中心になりつつあること。


 アルエは途中から腕を組み、真面目な顔で聞いていた。


 リーリヤは最初こそ「すごいねえ」と感心していたが、途中から話が専門的になりすぎて少しだけ目が泳ぎ始める。


 エルザは椅子に腰掛け、額を押さえている。


 ゲラングはずっと頭を抱えたままだった。


「つまり」


 ロイドが最後にまとめる。


「この三体、まだ進化の途中ってことだね」


「言い方が最悪だな」


 ゲラングが呻く。


「進化途中の魔物を三体抱えてるってだけで十分嫌なのに、まだ伸びるのかよ……」


 その間にも、ササミは部屋の隅に立てかけられていた槍の穂先をちらちら見ていた。


 銀色の光沢。


 明らかに、狙っている。


「おい」


 マットが低い声を出す。


「今度は何見てる」


 ササミは視線を逸らさない。


 槍。


 短剣。


 壁に掛かった装飾剣。


 全部見ている。


「お前、ギルドの武器棚を餌箱か何かだと思ってないよな?」


 コケ。


 返事はしない。


 だが、やや不服そうだった。


 ロイドがぼそりと呟く。


「完全に金属の質を見てるね」


「黙れ」


 ゲラングが即答した。


 部屋の空気が少しだけ和んだ、その時だった。


 マットは一人、別のことで頭がいっぱいだった。


 あの戦闘。


 ゲッコーを押さえ込んだ時。


 アミノの電撃が自分の体を貫いた瞬間に感じた、あの妙な刺激。


 筋肉が、自分の意志とは別の仕組みで収縮した感覚。


 思い出せそうで、まだ輪郭を結ばない何か。


 試したい。


 今すぐにでも。


 そんなことよりそちらの方が気になって仕方がない。


「おい」


 ゲラングの声が飛ぶ。


 マットは顔を上げた。


「聞いてんのか」


「え、何が?」


 部屋の全員が、微妙な顔をした。


 ゲラングが机を指先で叩く。


「お前らこれからどうするんだって話だ」


 短い沈黙。


 マットは少しだけ首を傾げる。


 そして、ようやく意識をこちらへ戻した。


 だがその目の奥にはまだ、電撃と筋肉のあの感覚が残っていた。



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