第33話 三日目の法則
二日後。
二晩をこの岩山で過ごし、三日目。
ここまで目立った成果はなかった――と、一言で片づけるには、あまりにも“何か”が積み重なっていた。
音は、止まない。
姿は、見えない。
痕跡だけが、増えていく。
朝の空気は冷えている。
夜露を吸った石はわずかに湿り、踏みしめるたび、乾いたはずの採掘場に、しっとりとした感触が混じる。東の空から差し込む光が、岩肌の凹凸を一つずつ浮かび上がらせ、影を濃くする。
マットは軽く肩を回した。
眠りは浅くはなかった。だが、完全に休めたとも言い切れない。
夜のあの音。
採掘場の外から聞こえた、低い衝撃音。
あれはまだ、頭のどこかに残っている。
「……三日目か」
マエストロがあくび混じりに言った。
「進展は?」
「ゼロとは言わねえが、成果とも言えねえな」
そう言いながらも、視線は既に採掘場の奥へ向いている。
カーボは少し離れた場所で地面を嗅いでいた。
昨日よりも動きが粗い。
鼻先を走らせては止まり、また別の方向へ向かう。
追えているようで、追えていない。
その苛立ちが、背中の毛の逆立ちに表れていた。
ササミはというと、朝から岩をつついている。
コン、コン。
ドゴン。
砕いた石をそのまま飲み込む。
そのたびに、嘴の縁がわずかに金属光沢を帯びる。
環境に反応している。
そんな風に見えた。
アミノは静かだった。
だが、静かなだけで、気を抜いているわけではない。
マットの肩で身を引き締め、舌だけを細かく出し入れしている。
周囲の“何か”を、ずっと捉え続けている。
「行くか」
マエストロが言う。
マットは頷いた。
採掘場へ入る。
昨日と同じ道。
同じ岩。
同じはずの景色。
だが。
違う。
通路の中央に、石が積まれている。
昨日はなかったはずの位置に。
「……またか」
マットが低く呟く。
マエストロはその石を一つ、足で崩した。
ごろり、と転がる。
そして。
数拍遅れて。
別の場所で。
からり、と音がした。
マットは顔を上げた。
「今の」
「見てるな」
マエストロは即答した。
「こっちの動きに反応してる」
「……試してみるか」
マットはあえて背を向けた。
数歩歩く。
止まる。
振り返らない。
その瞬間。
パチン。
後方で石が弾けた。
マットは振り向く。
何もいない。
だが、確信だけが残る。
「視線の外で動いてる」
マエストロが頷いた。
「正解だな」
カーボが唸る。
今度は、迷いが少し減っていた。
匂いは追えない。
だが、“動くタイミング”は掴める。
低く構え、次の瞬間を待つ。
マットは腕甲を軽く叩いた。
革の感触。
硬さはない。
だが、受けるには十分だ。
その時。
横から。
石が飛んだ。
反射。
腕を上げる。
ガン。
衝撃が走る。
小石のはずだ。
だが、思ったより重い。
「……攻撃してきたな。完全に」
マットが言う。
ササミが即座に反応する。
ドゴン。
岩壁を抉る。
だが、やはり何もいない。
アミノが低く身を縮める。
電撃を放つ寸前で、止める。
位置は分かる。
だが、確信が持てない。
「完全に主導権握られてるな」
マエストロが言った。
「見せない様にしてる」
マットは息を吐いた。
確かに。
これは“隠れている”のではない。
“見せない”ように動いている。
知能。
明確な意思。
そして。
こちらを試しているような動き。
「……面倒だな」
「面白いだろ」
「父さんはね」
探索は続く。
だが、これ以上の進展はない。
音は続く。
位置は分かる。
だが、捕まえられない。
時間だけが過ぎていく。
昼を越え、夕方に差しかかる。
マエストロが足を止めた。
「今日は仕掛ける」
マットが顔を上げる。
「仕掛ける?」
「向こうに動かさせる」
短い説明。
だが、意図は明確だった。
追うのではなく、誘う。
そのために。
「夜だね」
マットが言う。
「夜だ」
マエストロが頷いた。
その日は、いつもより少し早めに採掘場を出た。
同じ場所に野営地を作る。
火を起こす。
だが。
昨日とは違う。
空気が違う。
待つ側の空気。
静かに。
意図的に。
音を拾うために。
カーボは動かない。
耳だけが動く。
ササミも珍しく岩をつつかない。
じっと、暗がりを見ている。
アミノは、マットの肩ではなく、地面に降りていた。
低い位置から、空気を読む。
そして。
夜が深まる。
風が止まる。
火の音だけが残る。
その時。
カーボが反応した。
瞬間。
立ち上がる。
低く唸る。
視線が一点に固定される。
「……来る」
マットが立ち上がる。
ササミが羽を広げる。
アミノが身を縮める。
マエストロは動かない。
ただ、笑った。
「そこだ」
マットが踏み込む。
地面を蹴る。
空気を裂く。
そして。
何もないはずの場所へ。
拳を叩き込んだ。
――確かな手応えがあった。
だが。
次の瞬間。
それは消えた。
衝撃だけを残して。
音が、別の場所で鳴る。
ゴン。
「……いた」
マットが低く呟く。
マエストロが頷いた。
「位置は掴める」
火が揺れる。
闇が深くなる。
見えない何かが、確かにそこにいる。
だがまだ。
姿は見えない。
夜は、続いていく。




