第29話 ギルドの指名依頼
翌朝。
宿の食堂には、まだ朝の光が柔らかく差し込んでいた。
アルエとリーリヤの姿はない。
二人は既に学院へ向かっている。
昨日は一日中、学院の案内だの講義だのに連れ回されたらしく、夜には完全にぐったりしていた。
「今日は大丈夫かね」
マエストロがパンをかじりながら言う。
「慣れるしかないだろ」
マットは肩をすくめた。
「まあ若いしな。すぐ順応するさ」
そう言って席を立つ。
今日はもう一つ用事がある。
マットのギルド正式面会。
昨日の騒動のあと、ゲラングが呼び出していたのだ。
ササミは床をうろうろしている。
アミノは椅子の脚に巻きつき、静かに周囲を観察していた。
「行くぞ」
マエストロが言うと、二匹もついてくる。
そして一行はギルドへ向かった。
朝のギルドはいつも以上に騒がしかった。
酒場ではなく、依頼掲示板の前に人だかりができている。
ざわざわとした空気。
その奥に。
腕を組んで立っている男がいた。
ギルドマスター、ゲラング。
こちらを見ると、ため息をついた。
「おい。そこの馬鹿親子二人」
マットとマエストロは顔を見合わせた。
そして同時に、周囲をきょろきょろ見回す。
「……お前ら二人に決まってるだろ」
ゲラングの額に青筋が浮かぶ。
「何当たり前みたいに他の候補者探してやがる」
マエストロが肩をすくめる。
「馬鹿って言われるほどひどいことした覚えはねえしな」
「まだ言うか」
ゲラングは深く息を吐いた。
「まあいい。賢い俺は昨日一晩考えた」
「コカトリスが異常な進化ルートをたどった」
「しかも分裂進化まで起こした」
「これは普通じゃない」
マエストロが言う。
「その話は昨日聞いたぞ」
「最後まで聞け」
ゲラングは指を突きつけた。
「どうせお前と一緒にトレーニングでもしたせいで妙な進化ルートになったんだろ」
「そんなことは少し考えれば予想がつく」
「というかそれ以外の可能性はもう考えたくない」
マエストロがニヤリと笑う。
「自称賢いギルドマスターが思考を放棄するのは感心しないぞ?」
「お前の息子のせいなんだよ!」
ゲラングが怒鳴った。
周囲の冒険者がくすくす笑う。
ゲラングは咳払いした。
「ともかくだ」
「ギルドとしてもこの現象は非常に興味深い」
「資料としての価値は十分にあると判断した」
マエストロが眉を上げる。
「それで?」
「解剖でもするのか?」
その言葉に。
アミノがびくりと体を震わせた。
マットの足元にすり寄る。
一方。
ササミは他の冒険者の朝食の皿をつついていた。
「おいこら!」
「またパン盗りやがった!」
怒号が飛ぶ。
ササミは気にした様子もなくもぐもぐ食べている。
ゲラングは額を押さえた。
「……そんなもったいないことするか」
「というか蛇の方が鳥肌立ってるのはどういう了見だ」
そして懐から一枚の紙を取り出した。
「お前らには指名依頼としてこれを依頼する」
マットへ差し出す。
依頼書だった。
マットはそれを受け取る。
羊皮紙に整った文字が並んでいる。
――――――――――
依頼内容:特殊進化個体の生態調査
対象個体
ロックスイーパー
(旧種:コカトリス)
調査項目
・生態
・食性
・戦闘能力
・進化条件の推定
備考
当個体は通常のコカトリスとは著しく異なる進化を確認。
ギルド資料として記録する。
依頼人:冒険者ギルド
ランク:D
――――――――――
マットは紙から顔を上げた。
「生態調査?」
「そうだ」
ゲラングが腕を組む。
「進化したモンスターなんてそうそういない」
「しかも分裂進化だ」
「このまま放置するには惜しい」
マエストロが笑う。
「なるほど。研究材料か」
「それもある」
ゲラングはマットを見た。
「それともう一つ」
「こいつが達成できればマット」
「お前は晴れて正式にDランクだ」
酒場が少しざわめく。
マットは眉を上げた。
「もう条件は満たしてるはずだろ」
「村での依頼も数こなしてる」
ゲラングは頷く。
「その通りだ」
「だがギルドとしては一度“都市依頼”をやらせたい」
「それがこの仕事だ」
マエストロが腕を組む。
「なるほどな」
「最初からそのつもりだったか」
ゲラングは鼻を鳴らす。
「当たり前だ」
「新人を放り出すほどギルドは雑じゃねえ」
そして言った。
「どうだ」
「やるか?」
マットは依頼書をもう一度見た。
その横で。
ササミがまたパンを奪っている。
アミノは静かにマットを見上げていた。
マットは笑う。
「まあ」
「俺のモンスターだしな」
「やるしかないだろ」
ゲラングは頷いた。
「よし」
「決まりだ」
そしてぼそりと言う。
「……お前ら」
「本当に何を育ててんだ」
その言葉に。
マエストロは楽しそうに笑った。
「さあな」
「俺も興味が出てきたところだ」




